第三十三話 出発前夜

 出発の準備をする中、ペスカの表情はやや硬い面持ちになっていた。


 なにせつい先程まで、戦車の中で盛り上がっていたのだ。領都が壊滅している今、不謹慎かもしれない。しかし、冬也の中にもこれから冒険が始まるのだと、すこしワクワクする様な感覚が芽生えていた。


 ペスカとて、ただ冒険を楽しむだけなら、あんな途方もない兵器を造るはずがない。しかも短期間でだ。どれだけ大変だったか計り知れない。色々な想いを抱えて、それでも前に進もうとしている。


 戦いに赴く覚悟なら当に出来ている。だが、それとこれとは違う。王都で何が待ち構えているのかわからない。それはモンスターを倒す事より、よっぽど質が悪い事かもしれない。それがわかっていて尚、その思惑に乗ろうと言うのだ。


「なぁペスカ。本当に良かったのか?」

「良いも悪いもないよ。どうせこうなる事はわかってたんだしさ」

「あぁ? どういう事だ?」

「あのね、私はこれでも前世では英雄だったの。知名度が高いの。このままあいつと王都に行ったら、拉致されて晒し物になっちゃうよ」

「それがわかってて、お前は王都へ行くって?」

「仕方がないよ。私達にも目的って物が有るしね」


 困り顔の冬也を気遣ったのか、少し丁寧に説明を始めた。


「お兄ちゃん。何で私がこの世界に来た事を、王様が知ってると思う?」

「そりゃ、シリウスさんの報告だろ? クラウスさんも報告してるかもしれねぇし」

「両方正解! 加えてフィアーナ様が、神託を下したかもしれないね」

「それがどうしたんだよ?」

「わからない? クラウスの報告が有った時に、私を呼びつけてもおかしくないんだよ。それが今になって呼びつけたんだよ。しかも近衛騎士団のお迎え付きなんて、不自然に感じない?」

「確かにな」

「メイザー領の壊滅っていうニュースは、各地に流れているはず。そんな時に、救国の英雄が登場する。それが、奴らのシナリオなんだよ」

「あぁ、そういう事か。すげぇめんどくせぇな」


 過去の英雄が再誕したというシナリオに、ペスカは乗る気が無かった。何故なら、人心をまとめ上げるのは、国王の仕事である。

 国が危機的状況に置かれているのは間違いあるまい。しかし、現状は領地の一つが壊滅しただけである。

 何も今直ぐに国が滅ぶ事は無い。国中の民がモンスターの犠牲になったりはしない。果てや、大陸の危機に至った訳では無い。

 この状況で一足飛びに、国王ではなく英雄が人心をまとめる事は、芳しいとは言えない。不謹慎と受け取られても、それが事実だろう。ただこれ自体は、理由の一端に過ぎない。


 ペスカが懸念しているのは、邪神ロメリアの事である。


 人々が希望に満ち溢れた所に、絶望を与える存在である。ならば不必要に、邪神ロメリアが喜ぶ状況を作りだす必要はあるまい。

 もっとも、人々が危機感を抱き始めてる今、更に危機に陥れようと考えるのも、邪神ロメリアなのだが。

 いずれにせよ、邪神ロメリアの思惑を計りかねている現状で、不用意な行動は避けたい。だが、そんなペスカの懸念は、冬也によって一蹴される事になる。


「結局は、なるようにしかならねぇしな。それにシグルドって奴は、話のわかる男だと思うぞ。あいつに相談してみるってのはどうだ?」

「いやいや、あのイケメンに? お兄ちゃんってば本気で言ってる?」

「だって、お前。まともにあいつの目を見てなかったろ?」

「そりゃ、そうだよ。キラーンってしてる男に、碌なのはいないんだよ。翔一君みたいにさ」

「馬鹿、翔一にだって良い所はあるんだぞ!」

「無いよ、あんな金魚のフン! とにかく、私は爽やかイケメンには、興味がないの!」


 頭の良いペスカが、今後どうなるかを予想してない訳がない。自分では計り知れない事さえも、想定して行動するのがペスカなのだ。

 そのペスカが様々な思惑を理解した上で行動を起こそうとしている。これ以上は何も出来る事は無い。

 やれる事を挙げるならば、戦いの際に多くの敵を屠る事、いざとなった時にペスカの盾になってやる事くらいなのだから。そう判断した冬也は、準備の手伝いだけを行った。


「まぁ、王様だろうが何だろうが、四の五の言うならぶっ飛ばせば良いだけだしな」

「いいね。でもぶっ飛ばしたら、お兄ちゃんが逮捕されちゃう」

「そしたら、その辺の連中毎ぶっ飛ばせばいい」

「みんながお兄ちゃんみたいに単純だったら、世の中は喧嘩大会だね」

「そんな事をしなくて済むと良いけどな」

「それは行ってみないとわかんないよね」


 やがて日が暮れる。夕食と入浴を済ませた後に、ペスカは兵器の最終点検をする為に工場へ行き、やる事が無くなった冬也は早々に床へ着いた。入念に鍵をかけて。


「甘いね、甘々だね。甘ちゃん選手権優勝だね。ペスカちゃんにかかれば鍵の一つや二つは、ペットボトルキャップを開ける位に簡単なのだよ」


 何故、いつも兄の部屋へ簡単に侵入出来るのか。それは、ペスカが魔法の権威である事に他ならない。そしてペスカは、いつもの様にスルリと鍵を開けて、冬也のベッドに潜り込んだ。


 そして翌朝、目を覚ました冬也は、当たり前の様に自分の横で寝るペスカの頬を摘まんだ。うみゃっと変な声を上げ、ペスカがベッドから飛び上がる。

 ペスカが目を覚ました所で、二人はメイド達が用意した服に着替え、食堂に向かい硬いパンを貪った。


 朝食の後は兵器工場へと向かい、戦車を領主宅の庭へ止めると、食糧等の荷物を積み込んだ。

 見慣れぬ巨大な乗り物に、執事やメイド達は一瞬だけ驚いた表情を浮かべた。しかし、直ぐポーカーフェイスに戻し、荷物の運び込みを率先する所は、流石と言った所だろう。

 丁度、荷物の積み込みが終わる頃に、シグルドと数名の兵達が顔を出した。

 

「おはようございますペスカ様。お供させて頂きます」


 朝に相応しい爽やかな笑顔で、シグルドがペスカに話しかける。しかし、ペスカはシグルドに向かい言い放った。


「何人たりとも、俺の後ろは走らせね~」

「ペスカ。全く意味がわかんねぇ」

「お手柔らかにお願いします。ペスカ様」


 シグルドは、爽やかな笑顔を崩さずに微笑んで答えた。ただ、冬也だけは怪訝な面持ちになっていた。


「シグルドさん、あんた」

「シグルドでかまいませんよ」

「なら、俺も冬也でいい。口調も丁寧じゃなくていい」

「それで冬也、何か言いたげだね」

「お前さ、何で馬で来たの? ペスカの作った変な車に乗って来なかったのかよ」

「あれは、マナの消費が激しいからね。いざって時にマナが空では、戦い以前の話だしね」

「言われてるぞ、ペスカ」

「うっさい! その辺も改良したもん!」

「それより冬也。馬で来た事は間違いだったかい?」

「当然だ、見ろ! 馬じゃ、俺達に追いつけやしねぇよ」


 流石の近衛隊長も予想だにしなかったのだろう。そこに何か大きな鉄の塊が有る位にしか、考えてもいなかったのだろう。当然、シリウスが馬か馬車を容易して、自分達と並走するとでも考えていたのだろう。


 その思惑はペスカによって軽々と打ち砕かれる。そして、爽やかな笑顔が初めて崩れる事になるとは、思いもよらない出来事であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る