第三十二話 出発準備と領都復興 後編

 目的の物を見せて満足したペスカは、一通り砲塔を動かしたりと、操作テストと言う名の遊びを楽しむ。冬也も一応は、男の子である。戦車の中に入れる事、そしてSFモドキのハイテクを体感出来る事で、知らずと興奮していた。


 二人は昼食も忘れ戦車で遊び、気が付いた頃には日が落ちかけていた。流石に領主宅に戻らないと、心配をする者がいるだろう。二人は、帰りすがらに街の復旧状況を確認し、領主宅へと戻る。

 ただ領主宅が視認出来る距離まで近づくと、門の前に見た事の無い馬車が一台止まっているのが確認出来た。二人は疑問に感じながら屋敷に入ると、執事に案内されて執務室に通される。


 そして執務室内にはシリウスの他に、美形の青年が立っていた。冬也と然程変わらぬ長身で、スラッとしながらもしっかりと筋肉がついている体形をしている。長剣を腰に携えた所と、儀礼服を着ている事から青年は騎士なのがわかる。

 冬也とさほど変わらぬ年齢だろうか。だが、冬也と明らかに違うのは、その整った所作であろう。騎士は白い歯を輝かせながら、爽やかな笑顔でペスカに話しかけた。

 

「もしやあなたが、ペスカ・メイザー様でしょうか? 王都より迎えに参りました。シグルドと申します。近衛隊の隊長を務めております」

「いえ、まったくの人違いです。何より私の姓は、メイザーではありません」


 怪訝な顔つきでシグルドを見つめ、ペスカは問いに答える。それは冬也も同じであった。


 何故、このタイミングで王都の兵がやってくる? もう少し対応が早ければ、領都がこんな惨状にならなくても済んだのでは? 


 当然の疑問であろう。冬也はシグルドを警戒する様に、やや睨みを利かせる。それに対し、シグルドは泰然とした面持ちを崩す事は無かった。


「シグルドさんとか言ったな。悪いが俺の質問に答えちゃくれねぇか?」

「貴方は?」

「東郷冬也だ」

「トウゴウ? トウゴウ殿でよろしいですか?」

「いや、東郷は二人だ。冬也でいい」


 冬也はシグルドを見据えたまま、ペスカの肩を引き寄せた。そして、シグルドは笑みを浮かべて、恭しく頭を下げた。

 どちらが礼儀正しいかなど、言わずもがなだろう。しかし、シグルドは冬也の態度を咎める事なく笑みを浮かべたままである。そんなシグルドに対して、追い打ちをかける様に質問を投げる。


「何で今更なんだ? あんた、ここに来るまでに街の様子を見たんだろ?」


 シリウスが最も感じていた義憤に近い感情だろう。そして、恐らくシリウスはその感情を呑み込んだに違いない。シリウスが口を挟まないのがその証拠だ。

 冬也とて理解はしている。かつて英雄と呼ばれたペスカをして、この惨状は防げなかったのだ。他の人間が易々と防げるものではあるまい。


 そんな感情を近衛隊の隊長にぶつけても、仕方がないのはわかっている。しかし、問わずにはいられない。それが前線で戦った者の感情で有り、住民も同様な感情を示すだろう。

 

 領都に入ってから領主宅までの間に、住民達から石を投げられても仕方がない。小奇麗な恰好で、騒乱の後にのこのこやって来たのだ。自分達は着の身着のままでろくに体も洗えないどころか、生活出来る場所さえままならないのだから。


 シグルドにとっては辛い糾弾であろう。それでもシグルドは、泰然とした態度は崩す事は無かった。そして、深々と頭を下げる。


「それについては、我々の力不足としか言いようが有りません」

「それで納得しろと?」

「いえ。だからこそ、ペスカ様のお力をお借りしたいのです」

「都合が良すぎねぇか? 俺の妹を好き勝手に利用すんじゃねぇよ」

「承知しております。お怒りもごもっともです。ですが、今は呑み込んで頂けないでしょうか?」

「納得して着いて来いと? 出来ると思うか? 何に利用されるかわかったもんじゃねぇってのによ」

「我々の敵は同じです。力を合わせて、この危機的状況を打破したいと考えての事です」


 近衛隊の隊長という事は、本人が勝手に動いた訳では無い。間違いなく命令されて来たのだろう。だから、強引にでも使命を遂行する事は出来たはず。しかし、シグルドはそうはしない。対話によって解決を図ろうと模索している。寧ろ、ここまで言われて嫌な顔を一つ浮かべないこの男は、かなりの人格者でも有るのだろう。


 問題なのは、目の前の男ではない。この男はこちらに理解を示そうとしている。厄介なのは、これを命令して来た側の目論見だ。

 倒すべき目標が一緒なら手を取る事も可能であろう。しかし、それを信じても良いのか? いや、例え立派な政治家とて、真っ当な手段だけで政治が行える訳ではない。

 ただでさえ、何から手を付けていいのかわからない程に、色々な状況が交差しているのだ。協力してくれるなら結構、それ以外なら問答無用だ。


 冬也が糾弾している中、ペスカはずっとシグルドから顔を背けていた。そして、あからさまに深い溜息をつくと、冬也に近づき耳打ちをした。


「私、何でも出来そうなイケメンって、好きじゃないんだよね。お兄ちゃんみたいに、ちょっとおバカでも、頑張り屋さんなタイプが好き。むしろお兄ちゃんが大好き」

「おい! 空気読め! 意味わかんねぇ~よ、ペスカ」


 冬也は弱った様に息を吐く。耳打ちと言っても、わざとシグルドへ聞こえる様に声を張り上げているのだ。

 しかし、張り詰めた空気がペスカの一言で緩んだのは間違いない。そしてペスカは、シグルドへ顔を向けると徐に口を開いた。


「どっちみち王都には行くし、そっちはそっちで勝手にすれば良いじゃない」

「ありがとうございます。その様にさせて頂きます」

「勝手に着いてくるなら、許してあげない事も無いんだからね。フン!」

「そんなツンデレはいらねぇよ。って、お前がそう言うなら仕方ねぇか」

 

 冬也とシグルドでは、いつまでも話の決着はつかない。そう考えたペスカなりの妥協案で有ったのだろう。そしてシグルドは恭しく首を垂れる。

 しかし、全ての疑問が解消された訳ではない。少なくとも、救援物資が届いた後に到着した事は説明してもらわないと、怒りは収まらない。


「ただよぉ。シリウスさんは援軍を要請してたんだろ? それも到着せずに、後からのこのこってのはどういう事だ? あぁ?」

「それについては、私から説明しましょう」

「シリウスさん?」

「義兄殿。援軍は来なかったのではなく、来られなかったんです」

「はぁ? どういう事だよ!」


 冬也の恫喝とも言える言葉に、これまで口を噤んで来たシリウスが答えた。シグルドから報告を受けたのだろう。シリウスは冬也に領都襲撃の際に有った出来事を語って聞かせる。


 これも、ロメリアの策略だったのだろう。援軍を要請した際には、メイザー領を囲む様にモンスターが発生していた。それに対処しなければ、援軍は領内にすら入れない。

 しかも、領都の襲撃程ではないが、各領や王都でも小規模なモンスターの発生は確認された。このまま、自領もメイザー領と同様の襲撃を受ける可能性だってある。そうなると、自領と援軍の兵を分けている余裕すらない。

 何が起きるかわからない状況で、自領の民を守らんとするのは当然の事だろう。守備に兵を回すのも合点がいく。 


 ロメリアが姿を消したのとほぼ同時に、モンスターの発生は鳴りを潜めた。それで救援物資を送れる様にもなり、シグルドの様な王都からの使者も来られる様になった。


「くそっ! そんな事になってたのかよ」

「まぁ、ロメリアがやりそうな事だよね」

「でもよ、ペスカ。何かおかしくねぇか?」

「何が?」

「何がって、モンスターは動物とかが変形した奴等だろ? 俺達だって、かなりの数を倒したんだぜ」

「うん、そうだね」

「モンスターってのは、無限に沸くのか?」

「そうだよ」

「そしたら動物や昆虫が絶滅して、生態系が崩れるだろ?」

「そうはならないんだよ、大地母神って神様がいるからね」

「フィなんとかってのか?」

「詳しい事は道すがら説明してあげる。それより出発の準備だよ、お兄ちゃん」


 話は終わりとばかりに、ペスカは冬也の腕を引っ張り執務室を後にする。そして、備蓄してある糧食を数日分ほど集める等、出発の準備に取り組むのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る