第二章 揺れる王国

第三十一話 出発準備と領都復興 前編

 王都へ出発すると意気込んだペスカであったが、マナ不足により数日の療養が必要だった。冬也も同様に、連戦による疲れと荷車運転のマナ消費により、マナの回復を待たねばならなかった。


 王都から緊急搬送された支援物資が到着し、数日の領民達の食糧は確保出来たものの、建物の復旧は時間を要する為、テント暮らしを余儀なくされていた。

 メルフィーとセムスはマーレに戻らず配給班に交じり働いており、配給の食糧の味が大幅に上がったと領民達から喜ばれていた。

 唯一無事だった魔工兵器工場は職員達が総出で建物復旧に当たる為、一次閉鎖となりペスカが籠り切りで兵器の改良に取り組んでいた。


 大出力で一撃必殺とも言える威力を誇る大砲の数々が有る。しかし、大出力だからこその欠点も有る。即ち、籠めるマナも相当量が必要な事だ。いわゆる、コストパフォーマンス悪すぎる。


 冬也に持たせた大砲の数々や、自走式の荷車の様な簡易戦車は、そもそもペスカの設計時点で一人で動かせるようには出来ていない。

 冬也が一人で簡易戦車を動かせたのは、マナの保有量が一般の兵士と比べて多いからに他ならない。

 一概に数字で表せるものではないが、一般の兵士が保有するマナ総量が百だとするならば、大砲や簡易戦車を動かすには数千は必要になる。そして冬也やペスカのマナ総量は万を超えるとすれば、比較としてはわかりやすいかもしれない。

 

 故に、一定数の人数がマナを籠めなけば発射できない大砲になっていた。これが、戦略的に配置されているのなら、話が違っただろう。

 今回は完全に隙を突かれた様な襲撃となっており、大砲等の高出力兵器を配備する余裕が無かった。それが領都が壊滅した原因の一つであろう。


 だからこそ、一人でも簡単な運用が出来る武器が必要であった。特に、今後の戦いを見据えるならば猶更だ。


 しかし、その改良は前世のペスカには出来なかった。しかし、現代科学を研究し続けたペスカなら、それを可能にするだろう。皆が領都復興へ汗を流す中、ペスカはひたすら兵器と対峙していた。

 そんな中で冬也は、体術の稽古や剣と魔法の修行に明け暮れ、ペスカに休めと注意されていた。


 そしてこの数日、朝晩しか冬也と顔を合わさない状態に、ペスカは焦れていた。やる事は幾らでも有る。しかし、集中し続けられる時間などごくわずかであろう。

 しかも、数日もろくに休んでいない。少しでも息抜きもしなければ、良い仕事は出来まい。故にペスカは、冬也にある提案を行った。


「お兄ちゃん。明日はデートしよう」

「はぁ? 何言ってんだ? お前、工場に入り浸って、忙しそうにしてんだろ?」

「いいんだよ。たまには休養も必要なんだよ」

「ったく仕方ねぇな。俺達は客分扱いで免除されてっけど、みんなが復旧作業してんだぞ! あんまりウロウロして、ひんしゅくを買わねぇようにしろよ!」

「わかってるよ。そういうのは、釈迦に説法って言うんだよ!」


 しぶしぶ承諾した冬也は、翌朝ペスカに連れられリュートの街を散策していた。久しぶりの休日のせいか、ペスカは冬也の腕にしがみつき、飛び跳ねる様に歩いていた。


「こうやって見ると、ここ数日で随分と復旧してきたな」

「そうだね。皆で頑張ってるからね。それに資材も各地から届き始めたって言ってたし」

「シリウスさんは、忙しそうだな。昨日見た時はゲッソリしてたぞ」

「エルラフィア王国で、今一番忙しい貴族かもね」

「そんな時にお前は何を企んでるんだ?」

「違うよ。ちょっと役立つビックリドッキリメカを開発しているんだよ」

「頼むから変な合体とかはさせるなよ」


 他愛も無い話をしながら住宅街を抜け辿り着いたのは、モンスターの死骸を集めて焼却している区域だった。腐乱した死骸はただでさえ悪臭がきつい。その上、燃やした煙は更に臭いが酷かった。


「いや、これさ。街中でやる事じゃねぇだろ」

「仕方ないよ。領都の外でこんな事をしたら、それこそモンスターが集まってきちゃう」

「所でさ。モンスターと言えばさ」

「ファンタジーで定番のゴブリンやスライムの事?」

「そう、それ!」

「いるよ、別の大陸にね」

「別の大陸?」

「その話は追々説明してあげる。それより、何でオークやコカトリスが多いかって事でしょ?」

「この間は、マナ増加剤がどうのって言ってたろ?」


 冬也の疑問は尤もだ。しかし、モンスター化には一定の法則が有る。先ず、瘴気に冒された植物を動物が食べる。そして、体内で一定量の瘴気が蓄積されていくと、モンスターに変異してしまう。故に、森で暮らしている動物や昆虫、果てや家畜等がモンスター化し易い。マナ増加剤は、これを人工的に起こす事が出来る。言わば簡易版と言っても過言では無かろう。


「そうするとよ。それを食べる人間もモンスター化するって事じゃね?」

「そうならない様に、瘴気を取り除いてから調理するんだよ」

「何だよ。すげぇじゃねぇか!」

「その調理法も、私が考えたんだよ! だから、オークを普通に食べられるの」

「天才か?」

「もっと褒めていいよ」


 食事の話をしていると、二人の腹がグウと音を立てる。「そう言えば朝から何も食べてなかったな」等と話しをしながら歩いていると、広場に人だかりが出来ているのが見えた。

 よく見ると、配給を待つ者達が長い行列を作っている。通常の配給でもそこまでの列は作らないだろう。なにせ配給自体は、各広場で行っているのだから。


「なんでここだけ、こんな行列なんだ?」

「メルフィー達が、配給食を作っているんだよ。美味しいんだって」


 二人が行列に近づくと、メルフィーから声を掛けられる。


「あらペスカ様、いらっしゃいませ。召し上がって行かれますか?」


 メルフィーから差し出された器には、芋のスープが盛られており、一口すすると冬也は目を見張った。


「うめ~! 領主の家で出て来るのより旨いぞ」

「お兄ちゃん。腕だよ。腕」

「何で、お前が自慢気なんだよ」


 得意げに腕を曲げるペスカに、冬也が嘆息して呟く。そんな二人のやり取りにメルフィーは、顔を綻ばせた。


「メルフィーもセムスもありがとね」

「ペスカ様のご命令なら、何処へでも」

「助かるけど、お店は?」

「まだ不十分ですが、弟子が育って来ております。今回は緊急故、閉店して参りましたが、ゆくゆくは弟子に留守を任せようかと」

「きっと手を貸してもらう事になるから、準備はしといてね」

「畏まりました、ペスカ様」

「ペスカ様、いつでもお声をおかけ下さい。メルフィーと共に駆け付けます」


 ペスカは、メルフィー達に礼を言うと、冬也と腕を組み広場を去る。次に二人が向かったのは、工場区域だった。工場区域には、幾つもの工場が半壊しており、健在なのは頑丈に造られている兵器工場だけだった。


「せっかくだから見せてあげるよ」


 ペスカが自慢げに胸を張り、冬也を魔工兵器工場に連れて行く。工場内に入ると、中央には大きな何かが鎮座している。それは、映画等でよく見かける乗り物であった。


 迷彩色に塗られた車体には、分厚い鉄板で装甲が施されている。駆動部にはキャタピラがついている。更に車体上部には、三百六十度回転する砲塔部が取り付けてあり、主砲と機銃が搭載されていた。

 一言でまとめると戦車である。しかも、かなり大型の。


「お前。何て物を造ってんだよ!」

「現代科学の英知だね」


 ペスカが冬也を連れ戦車に乗り込むと、内部の説明を始めた

 コックピットの中には、計器類等がほとんど無い。そして全方面にスクリーンが張られ、車外に設置したカメラの映像を大型スクリーンで見る事が出来た。

 勿論、前方と左右や後方の風景を、全てスクリーンへと投影出来る。そしてスクリーン前には、戦車内とは思えない程にゆったりした、ソファの様な操縦席が設置されていた。


 砲塔部に取り付けられた主砲は、魔攻砲と呼ばれるマナを利用する魔工兵器の一種で、サブ兵器の機銃も同様に、魔工兵器の一種である。そして主砲には操作席と専用モニターが設置されていた。

 モニターには、敵の位置や数、距離等の詳細が映る様になっている。何よりも、『実物よりゲームに近い簡易的な操作性』となっているのが肝だろう。敵に焦点を合わせ、カーソルを引くだけで魔攻砲が発射され命中補正も行う、初心者でも扱える設計になっていた。


 そしてこの戦車が大型なのは、戦闘用に造られただけではない所だろう。前方の操縦席側と仕切られる様になっている後方部には、寝台や簡易キッチンに簡易トイレまで備え付けられていた。 


「現代科学越えてるだろ!」

「SFの勝利だね」

「なんでキャンピングカー仕様にした! すげぇ違和感だよ!」

「だって野宿は嫌でしょ?」


 ため息を着く冬也に向かい、ペスカは勝ち誇った様な顔で言い放った。


「なんと、時速百キロを実現致しました! そして、消費マナは従来の百分の一以下です。お得ですね~」


 ペスカが頑張る時は、冬也の予想より斜め上を行く。ペスカとの長年の暮らしで体感してきた冬也だったが、今回は気が遠くなる程に驚いていた。

 工場の職員は領都の復旧にあたっており、皆出払っている。ペスカの作業を補助した者はいないはずである。しかも、領都奪還から僅かな日数しか経っていない。この短期間にしかもたった一人で、こんな兵器を造り出した。これが、驚かずにはいられようか。

 冬也を驚かせたペスカは、満面の笑みを浮かべていた。


「これに乗って、お兄ちゃんと王都までドライブだよ!」

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