第三十話 ペスカの決意

 目を覚ますと、冬也はペスカを寝かせたベッドサイドに、倒れこむ様な体勢になっていた。何だか変な女の夢を見たと思う冬也であるが、直ぐにその事を頭の片隅に追いやり、ベッドから離れた。

 冬也がカーテンを開けると、眩い光が部屋へと差し込む。そして体をゆっくりと伸ばし、深呼吸をする。暫く体を動かしていると、ペスカがモゾモゾとし初め目を覚ました。


「お兄ちゃん? おに~ちゃ~ん」


 ペスカがベッドから勢いよく飛び出し、冬也にしがみつく。冬也は優しくペスカを抱きしめ、頭を撫でた。


「どうした? まだ落ち着かないか?」

「ありがと、もう大丈夫だよ。お兄ちゃん」


 冬也の問いにペスカは首を振り答える。悲痛な面持ちで泣いていた昨日と比べ、幾分か笑顔が戻ったペスカを見て、冬也は少し破顔した。

 一晩休んでスッキリするなら、抱えているのは大した問題ではない。しかし人は、それほど単純には出来ていない。

 忸怩たる思いが、ペスカの心を掻き乱しているはずだ。しかし、ペスカなりに整理をつけたのだろう。強がっているのは、手に取る様にわかる。それはまごう事無く、ペスカの強さなのだ。冬也は、ペスカを誇らしく思うと共に、抱きしめる力を少し強めた。


 一方、冬也に頭を撫でられ、ペスカは顔に喜色を浮かべる。そして心に少し余裕が出来たのか、お腹がくぅ~と可愛らしい音を鳴らした。


「腹減ったなペスカ。何か食えるか聞いてみるか」


 流石に恥ずかしかったのか、ペスカは少し顔を赤らめなが首を縦に振る。そして冬也と共に部屋を出た。


「なんか今日のお前可愛いな。おしとやかな感じだし」

「にゃに言ってのお兄ちゃん。鈍感! すけこまし!」

「お前は、そうやって騒いでる位が丁度良いよ」


 そう言って、ペスカの頭を優しく撫でる冬也。ペスカは少し顔を綻ばせた。


 領主宅は、人が慌ただしく出入りしており、喧騒としていた。その中で、一際大声で激を飛ばす人物がいる。シリウスは目に隈を作り、大声で兵達に指示を飛ばしていた。シリウスを見つけたペスカは、精一杯明るく声をかける。


「やっほ~シリウス。って、凄くやつれてるね」

「姉上、お目覚めになられましたか。少しお元気になられた様で、なによりです」

「シリウスさんは、かなり疲れてますね」

「義兄殿、あれから領都の復興に追われてましてな。そうだ! 叔父上もおられる事だし、丁度いい。食事をしながら詳細をお聞きしてもよろしいですか?」


 そうしてペスカと冬也がシリウスに連れられ食堂へ入ると、既にシリウスの叔父アルノーが座っていた。冬也はアルノーを紹介され、軽い挨拶を交わすと食事が運ばれてくる。一同は、パンとスープだけの軽い食事を手早く平らげる。食事が終わり一同が落ち着いた頃、ペスカが重い口を開き、説明を始めた。


 二十年前の悪夢は、邪神ロメリアに操られたドルクが起こした事件である。今回の出来事も、邪神ロメリアにより蘇らされた、ドルクが起こした出来事であった。

 また前世では病弱であったペスカが、丈夫な肉体を手に入れる為に転生したのは女神フィアーナの計らいであった。

 全ての元凶は邪神ロメリアであり、自分はそれに対処する為に再びこの世界へ来た。だが、自分は邪神ロメリアに手も足も出なかった。


 全容を話した後、ペスカは俯いた。そして、震える声で呟いた。


「ごめんね。みんなの敵、討てなかったよ」


 食堂内が沈黙する。誰もがかける言葉を見いだせなかった。


 先代のメイザー伯を初め、兄妹達は犠牲となって死んだ。ペスカの実父や実母、兄弟達も犠牲になった。

 仮に戦いの中で死んだとして、それが栄誉となるなら良いと考える兵士もいるだろう。しかし、戦う術もなく死んでいった者はどうなる? 残された者は? 果てや、戦いの中に身を置きながらも、守りたい人を守れずに生き長らえた者は?


 誰もが悔恨の念を噛みしめて、この二十年を耐えて来たのだ。容易にかける言葉など、有ろうはずがない。

 誰もが言葉を失い沈黙が包む空間で、冬也だけが立ち上がり声を張り上げた。ペスカが隠していた事情を全て呑み込んだ上で。


「どうやらこの世界は、神様が地上にちょっかいをかける世界なんだな。くそったれだぜ、まったくよぉ。そうだろ? 神話に出て来る神様なんて、自分勝手な奴ばっかりだ。そんなのが、好き勝手に地上を操るなんて、くそったれ以外の何物でもねぇよ! 神様が起こした事件なら、神様同士で決着つけやがれ!」


 恐らく、誰もが恐れて口に出来ない言葉だろう。それを、冬也は堂々と言い放った。そして冬也の言葉は続く。何故なら、納得など出来るはずが無いのだ。ペスカを辛い目に合わせた世界も、その元凶になった神も、そして辛い宿命を与えた神も。


「なぁペスカ。お前、もう家に帰れ! そのフィなんとかって神様に頼めば、日本に帰れんだろ? なんなら、俺が話しをつけてやる! そんで、家で大人しくしてろ! 俺がそのロメ何とかって奴をぶっ飛ばしてやる!」

「何言ってんの? お兄ちゃん言ってる意味、ちゃんとわかってる?」


 冬也の言葉に、ペスカは椅子から飛び上がる様にして声を上げた。


「だって、そうだろ。お前の魔法が通じない相手に、誰が勝てるって言うんだ!」

「だったら、お兄ちゃんは余計無理でしょ!」

 

 ペスカは、冬也の言葉に面喰いつつも反論する。両者の言い合いは、ヒートアップしていく。


「お前が出来ないなら俺がやる。俺はお前の兄ちゃんだ。俺に任せて、お前は帰ってゲームでもしてろ」

「馬鹿な事言わないでお兄ちゃん。お兄ちゃんが勝てる訳無いよ!」

「誰が勝てないって決めた! 俺はお前と違う。必ず勝つ!」

「お兄ちゃんだけじゃ無理! 私も、私もあいつを倒す!」


 ついにペスカは、有らん限りの怒声を張り上げた。冬也を巻き込んだのはペスカだ。そんな事は重々承知である。だからこそペスカは、冬也の言葉に首を縦に振る訳にはいかない。


 それは自分の使命以前の問題なのだ。冬也を危険に晒す位なら、自分が戦う!


 その想いは冬也も同じだろう。傷ついて泣くペスカを初めて見たのだ。そのまま、放置する訳にはいかない。

 負けた悔しさは、戦いの中でしか晴らせない。涙を流して俯いて過去だけに囚われてはいけない。戦って勝ち取らなければならない。そうしなければ、心の中ではいつまでも決着がつかずに、モヤモヤとしたものが残り続けるのだ。


 そもそも地上の命運を、一人に押し付ける事が間違いなのだ。そんな事が強要されるなら、破壊してでも止めてやる。だが、ペスカ自身が全うすべきだと判断するなら、全力でサポートをする。


 言い争いの中で、冬也はペスカの答えを待った。そしてペスカは答えを出した。


 冬也と言い争う中で、迷いが晴れたのだろう。悔しさを全て糧にして、自分がやるべき事、自分が立ち向かうべき相手をしっかり見定める。

 そして、今度こそ倒れない不屈の精神でやり遂げようと、心が定まったのだろう。意思の籠った瞳で、しっかりと冬也を見つめる。それは英雄の姿であった。


「あぁそうだ。一緒に倒そう。ペスカ。いつも俺がついてる。俺がお前の盾になる。安心して構えてろ」


 冬也の優しく語りかける言葉に、ペスカの胸は熱くなり感極まって涙が溢れた。そして、冬也の言葉に触発された者は、ペスカ一人ではなかった。


「我々も及ばずながら、お手伝い致します」

「うん。みんなの力も借りるよ! 全員で糞ロメリアを倒そう!」

「おう!」


 シリウスが言うと、アルノーが大きく頷く。そしてペスカは声を張り上げ、一同を鼓舞する。それに一同が賛同する様に立ち上がる。そして、血を沸き立たせる様に大きな声で、雄叫びを上げた。


 熱気が食堂を包んでいく。そして一同は座り直し、今後の方針を検討する事にした。


 冷静になればわかる事であるのだ。女神フィアーナは、「ペスカ一人で邪神ロメリアに立ち向かえ」などと言っていない。

 当たり前の事である。二十年前の戦いでは、大陸中の国々が力を結集して事にあたった。本来は、そう有るべきだろう。

 そして検討の結果、シリウスとアルノーはメイザー領の復興を優先しつつ、情報取集を行う。ペスカと冬也は、王に謁見し各国との連携を図る為、王都へ向かう事が決まった。


 当座の目標は定まった。そして熱気冷めやらぬ一方、冬也は首を傾げていた。


「フィなんとかって、どっかで聞いた気がするんだよなぁ」

「何ぼけっとしてるの? 行くよお兄ちゃん。次は王都だ!」


 頭に過る疑問を再び片隅に追いやり、張り切って拳を上げるペスカを、嬉しそうに見つめる冬也であった。

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