第二十九話 戦い後に残るもの

 泣き止まないペスカを抱きしめ、冬也は辺りの確認をメルフィーに頼む。モンスターの気配は消えうせているのを確認すると、メルフィーは馬を荷車に括り付ける。そして冬也は、ペスカと一緒に荷車に乗り込む。行きとは違い運転をメルフィーに任せ、冬也はペスカを抱きしめ続けていた。


 おおよその事情は、以前にペスカとシルビアから説明を受けた。ドルクの事情はメルフィーから説明を受けた。しかし、ペスカがどんな想いで事に臨んだか、その真意までは冬也に知る由はない。

 なにせ、ペスカはどんな辛い事が有っても、冬也の前では笑顔を見せるのだ。無論、本気で冬也に叱られた時は別であるが。そのペスカが悔し気に涙を流す。そんな姿は冬也も初めて見る。


 あの場所で何が有ったのかはわからない。だが、どれだけ悔しい想いをしたのか、容易に察する事が出来る。冬也もまた歯がゆい想いに駆られながら、嗚咽するペスカの背中を優しく撫で、慰める事しか出来ずにいた。終ぞペスカは、領都に辿り着くまで泣き止む事は無かった。


「ペスカ、領都に着いたぞ。少し休もう」

「そうですわ、ペスカ様。お休みになりましょう」


 領都に辿り着き荷車から降ろされても、ペスカは冬也にしがみつき泣きじゃくっていた。冬也達が着いた頃には、四万の避難民も既に戻っており、領都は雑然としていた。

 冬也がキョロキョロと周囲を見渡している時だった、セムスから声がかかった。


「おぉ、お戻りでしたか」

「セムス、早く案内を!」

「わかっているメルフィー。さぁ冬也殿、ペスカ様をこちらへ」

「セムスさん、助かる」


 セムスさんが声をかけてくれたって事は、ペスカが休める場所が有るって事だよな。よかった、こいつに今必要なのは休息だ。俺でもわかる、ペスカのマナはすっからかんだ。少しでも心と体を元に戻さねぇと。


 冬也は少し安堵していた。正直な所、自分だけなら横になる所さえあれば、何処でも寝られる自信がある。しかし、せめてペスカはまともな所で休ませてやりたい。そう思っていたからだ。

 

「シリウス様が、仮設の拠点を領軍に作らせております。それと、シリウス様の本邸は被害が少なかった様で、今はそこが仮の作戦基地になっております」

「じゃあ、ペスカはそこに?」

「えぇ」


 冬也はペスカを抱き抱えたまま、セムスの後に続いた。その道中で、セムスは現状を語って聞かせた。


 ほとんどの建物は損壊が激しく、とても元の生活が送れる状況ではない。瓦礫があちらこちらに散らばり、休める所を探す事さえ困難である。

 それだけではない。領都の至る所に昆虫型や動物型のモンスターの死骸が溢れ、異臭を放っているのだ。ただでさえ住民は疲労している。早急に片付けなければ、悪臭による害は勿論の事、疫病の原因ともなり得る。

 

 そんな状況の中、領軍は領都に点在する広場の瓦礫を片付けて、仮設テントと配給所を設置していた。


 疲労困憊の意味では、住民と兵士の隔ては無い。要救護人を優先に治療が進められる中、多少でも体を動かせる者は、シリウス指揮の下で領都の復興作業に取り組み始める。

 男達は力仕事、女達は配給の手伝いと、交替に休みを取りながら、住民と兵士が手を取り合いながら働いていた。


 だが問題は、ほぼ壊滅状態の領都だけではない。領内の収穫物はモンスターによって食い荒らされおり、圧倒的な食力不足に直面していた。


「オークの死骸も有りますが、如何せん腐乱が激しく」

「背に腹は代えられないとは言うけどよ、流石に病気になったら駄目だよな」


 既にメイザー領崩壊の危機と言っても過言ではない状況で、シリウスは奔走していた。当然、国王への現状報告は領主としての第一優先義務だろう。そして、近隣の領主達にも情報の共有をするべきである。それと共に、支援を願い出る必要もある。

 シリウスは、各地に早馬を飛ばす。そして領軍を再編成し、領内各地の視察と援助に向かわせた。


「マーレから、既に支援物資の輸送が始まっています。数日中には届くかと」

「怪我人の治療とかどうしてんだ?」

「従軍医者だけでは、手が足りておりません。各領からの支援を待たないと」

「わりぃな、避難してきてる人達だっているのに」

「流石にそこまで疲労なさったペスカ様を、ベッド以外でというのは……」


 そんな中、ペスカは冬也の腕の中で眠っていた。泣き疲れたせいもあるだろう。そしてペスカは、冬也の手で領主宅に運ばれた。冬也も慣れない連戦で疲労が溜まっている。ペスカをベッドに降ろすと、そのまま一緒に寝てしまった。


 その晩、冬也は夢を見た。


 白い雲の様な道をふわふわと歩くと、目の前に荘厳な神殿が現れる。神殿の中には、光り輝く女性が座っていた。美しく長い金髪とすらりとした体躯、そしてやや童顔でおっとりとほほ笑む女性は、手招きをし冬也を呼ぶ。

 冬也は一言も発する事が出来ず、女性の眼前まで引き寄せられる様に歩く。冬也がの目の前まで歩くと、女性は徐に口を開いた。


「ようやく繋がりました。何度も呼び掛けたのに、感度が弱いんですね」


 繋がった? 感度? どういう事だ? 意味がわかんねぇ、何言ってやがるこいつ。それより誰だよこいつ。 

 

「あなたの声は聞こえてますよ、冬也君」


 自分の名を呼ばれて、冬也は更に混乱深めていた。『おふくろ?』などと妙な事を思い浮かべる位に。ただ、冬也は目の前の女性に、妙な既視感を覚えていた。 


「何故こんな馬鹿に育ってしまったんでしょう。お恨みしますよ、遼太郎さん」


 何故そこで親父の名前が出る? だから誰なんだよ!


 そう考えながらも、相も変わらず言葉を発する事が出来ない。尚も首を傾げる冬也に、呆れた顔の女性は話を続けた。


「私の名は、フィアーナ。女神です。これをあなたに言うのは何度目でしょうか?」


 知らねぇよ馬鹿じゃねぇの。あんたみたいな知り合いはいねぇんだよ。それに、よりにもよって女神だ? 冗談も大概にしろや!


「馬鹿はあなたです! 何度も助言を与えているのに、その都度忘れて。どうせ今回も忘れるんでしょうけど」


 女神フィアーナは深い溜息をついた。その瞳は酷く悲しそうで、それでいて何か心配そうな表情を浮かべていた。そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「良く聞きなさい。あなたの妹を想う心が力になるでしょう。いいですか? あなたの妹を想う心が力になるでしょう」


 ペスカは大事に決まってるだろ。それに、あんなにボロボロになっちまって、可哀想によ。もしあんたが、本当に女神ってんなら俺なんかと話してないで、ペスカを助けてくれても良かったんじゃねぇのかよ。


「わかってますよ。ですが、あの時のあの子には私の力が届かなかったんです」


 どういうことだ? 力が届かなかった? 意味がわかんねぇぞ。


「あの神には、怒りや憎しみの力が通じないんです」


 はぁ? あの神って何だ? 怒りや憎しみってどういう事だ?


「それよりってあ、もう時間? 待って目覚めないで! 久しぶりに会えたのに、ちょっと」

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