第三十四話 近衛隊長の強さ

 その後、シリウス達に見送られペスカ達は戦車に乗り込み出発をする。直ぐ後ろにシグルド率いる部隊が追随する。しかし、門をくぐり街を出た直後である。ペスカは戦車のスピードを上げ、シグルド達を引き離しにかかった。戦車は、七十から八十キロ位は出ているだろう。猛スピードで走る戦車に、シグルド達の姿はみるみる小さくなっていく。


「止めろペスカ。シグルドさんより、馬が潰れちまう」

「お兄ちゃんは、黙ってて。私は、峠最速の女!」

「なんでそんなに嫌がるんだよ。シグルドさん、良い人そうじゃないか」


 冬也の問いに、ペスカは渋々と口を開いた。


「昨日も言ったでしょ! 忘れちゃったの? 問題は、あのイケメンじゃ無いんだよ。いい、お兄ちゃん。私は生前、この国で救国の英雄みたいな扱いをされていたんだよ」

「マーレに銅像が立つくらいだしな」

「ならわかるでしょ? そんな私が、あのイケメンと王都に入ったらどうなるか位」

「いや、大騒ぎになんてならねぇよ。そもそも、あの銅像とお前、全然にてねぇし」

「はぁ? なに言ってのって、まさかお兄ちゃん……」


 冬也が言いきる前に、ペスカの言葉で遮られる。

 

「お兄ちゃんは、言ってはならない事を、口にしたのだ! 成長期の乳と、成熟した乳を比べた罪! 特と知るがいい!」

「おっぱいじゃ無くて、顔だよ顔! おっぱいなんて見てね~よ!」

「はぁ? 私の平凡乳には興味なしか乳魔王! 勝負してやる! かかって来い!」


 冬也に向け、さぁと胸を突き出すペスカ。脳天に鉄拳をお見舞し、冬也はペスカを黙らせた。


 やがて日が暮れる。そして野営が出来そうな場所を探して、ペスカは車を停める。シグルド達が到着したのは、それから暫く経っての事だった。


「ペスカ様の仰る事は、正しいと思います」

「そっか。なら」

「ただそれは、難しいと思います」


 冬也の言葉を遮る様に、シグルドは言い放つ。


「戦車が目立つからか? それともパレードが必要なのか?」

「まぁその乗り物は、かなり目立ちますが。必要なのは、未曾有の危機に陥ろうとしている王国に、救国の英雄が戻った。それを民衆に知らしめる事なのです」


 ほらやっぱりと言わんばかりに、ペスカは口を尖らせる。しかし冬也は、諦めずに説得を続けた。


「理解は出来るけど、俺は嫌がるペスカに無理強いをさせたくないぞ」

「まぁお待ちください。私が言ったのは、あくまでも建前です。ちゃんと、準備をしてあります。ご安心下さい」


 シグルドの言葉に、ペスカはニヤリと口角を吊り上げる。


「お主も悪よのぅ。シグルド殿」

「いえいえ、ペスカ様も中々のもので」

「どうして、そんな返し知ってんだよ、シグルドさん!」

「冬也殿、私の事はシグルドと呼び捨てにして下さい」

「じゃぁ俺の事も冬也と呼び捨てに。ってそう言う事じゃねぇ~!」


 ペスカとシグルドの企みは、夜遅くまで続くのであった。


 明くる朝、冬也が目を覚ますとシグルドは既に目を覚ましており、隊士達と剣の素振りをしていた。それを見た冬也は、隊士達に混じって体を動かし始めた。

 いつもの様に型の稽古から剣の素振りへと移行していく中、シグルドは冬也の動きを真剣な面持ちで観察していた。そして、ゆっくりと口を開く。


「君は少し独特な戦い方をするんだね。でも、かなり強い」

「サンキューな。でも、いきなりどうした?」

「なぁ冬也。私と模擬試合をしてみないか?」

「はぁ? なんでそうなる?」

「先程も言ったが君はかなり強い。それも実戦で鍛えられている。正直、部下達に見習わせたい」

「だから試合ってか?」

「そうだ。それは君の為にもなるはずだ」


 それは冬也が一番理解していた事だろう。シグルドは褒めてくれたが、自分より強いとは一言も言っていない。それに素振りを見れば、その強さがどれ程のものかも見えてくる。

 出会った瞬間に「こいつ強い」と思うのは、ただの妄想だ。格上か格下かの様な大雑把な気配なら感じ取る事は出来よう。しかし、強さというものは数値化出来はしない。実際に目の当たりにしない限りは見えてこないものも有る。


 わかっている、シグルドは自分より遥かに格上だ。こいつとの勝負なら、学ぶべき事も多い。シグルドの言っている事は間違いない。

 

「それなら手合わせを頼もうか。でも、やるなら本気で来い! そうじゃなきゃ意味がねぇ」

「自信が有るのかい? それとも過信ってやつかな? どちらにせよ、君がその気なら私に本気を出させてみるといい」


 これはシグルドが冬也を見て感じていた事だ。「勿体無い」と。


 彼はもっと戦えるはずだ。彼は本領は未だ見えてすらいない。確かに動きは悪くない、威力も有りそうだ。しかし、マナの使い方が致命的に悪い。初心者としか言いようがない。

 要するにチグハグなのだ。だから、簡単にわかってしまう。今戦えば自分が勝つと。だが、それでは面白くない。こんな凄い男が目の前に現れたのだ、血が滾るというものだ。


 故にこう考えた、「先ずは一段階、引き上げてやる」と。


 だからこそ、シグルドは冬也を煽った。それに冬也は乗った。そうして、模擬試合は始まった。


 両者共に、体中へマナを巡らせる。体から湯気でも出ているかの様に、マナが体内から溢れ出そうとしている。戦いの準備は整った。そして、先に仕掛けたのは冬也であった。


 相手は格上だ。先手を取ってこちらが戦い易い様にしなければ、後はやられる一方だ。


 その考えは概ね正しいだろう。格上を相手に後の先を気取るなど、悪手もいいところだ。


 冬也は姿勢を低くして、一気にシグルドとの間合いを縮める。そして、足払いをする様に右足を繰り出す。それに対してシグルドは軽く後方へジャンプして避けた。

 冬也の攻撃はそれでは終わらない。避けられた右足で体を支える様にして体を回転させ、今度は左の足で頭を目掛けて蹴りを繰り出した。しかし、それもシグルドは簡単に往なした。


 次々と冬也の攻撃は続く。蹴りが避けられるなら、剣を薙ぎ払う様に振るう。それも避けられるなら、剣を突く様にして攻撃をする。それでも駄目なら、スピードを上げる。真正面からではなく死角に入り込んで、最も早い速度で剣を突く。


 蹴りは避けられ、拳は躱され、剣は弾き飛ばされる。何度繰り返しても、冬也はシグルドに攻撃を当てる事さえ出来ずにいた。


「君の本気はそんなものかい? まだ私は攻めてさえいないのに」

「うるせぇよ。こっからだ」


 冬也はシグルドと間合いを取ると、八相の構えを取る。長期戦を見越しての事か、それとも一気に攻めるのか、それは冬也しかわからない。そして「何か仕掛けてくる」と読んだのか、シグルドは警戒を強めた。


 冬也の選択は攻撃一択であった。八相の構えから示現流でいう所の『蜻蛉の構え』に移行する。そして一気に距離を詰めると、これまでの攻撃で最も早く剣を振り下ろした。


 それは一撃必殺、二の太刀要らずとも言われる剛の剣だ。どうせ防がれるなら、相手の剣ごと叩き壊す。そんな勢いで振られた剣が、シグルドに襲い掛かる。

 流石に剣で受けるのは不味いと思ったのか、シグルドは後方に下がり冬也との間合いを取ろうとする。しかし、それを許す冬也ではない。そして勢いよく剣を振り抜いた。


 その直後であった。目の前にいたはずのシグルドは姿を消していた。そして、冬也は首元に剣を突きつけられていた。


「シグルド。あんたつえ~な」

「これでも、近衛を率いてる立場なんでね。見た所、君はマナの扱いには慣れてない様だ。本来の戦い方で、マナを使いこなせる様になれば、君はもっと強くなる」


 試合が終わり互いに握手を交わし、それで終いになるはずだった。しかし、その試合を見ていた者達からすれば、体が疼いて仕方なかったのであろう。我先にと隊士達は冬也に試合を申し込む。

 

 そうなると、冬也にも火が付く。隊士達を全て倒すと、再びシグルドに再戦を申し込む。そして彼等の稽古が終わりを告げたのは、緊張の糸が切れた冬也が『からくり人形』の様に、倒れ伏した後だった。

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