第二十七話 領民救出戦 後編

 四万を超える避難民達は縦に並び、王都への道を進んでいた。その周りを数百の騎馬隊が取り囲む様に辺りを警戒していた。

 騎馬隊を率いるのは、幾戦の戦いを潜り抜けて来た古強者であるアルノー・フォン・メイザー。前世のペスカとシリウスの叔父にあたる人物である。


 アルノーが避難民を縦列に進行させているのは、ある意図が有った。無秩序に歩かせているだけでは管理がし辛いのは勿論の事、伝令がし易い利点が有った。

 無論、弱点もある。長く伸びた列の中央部分は敵の襲撃に際し最も脆く、いざという時に避難するにも難しい。それ故に、アルノーは中央部に厚くする様に兵を配置していた。


 ただ数十のモンスターならば、対処するのも容易かっただろう。それも、大きめ昆虫型であったり、家畜が変化した様なモンスターであれば。


 しかし、進行中に何処からともなく現れたモンスターは、領都を襲撃したそれとは大きさが違った。例えるならば、冬也が森の中で相手にした様な化け物に近い。


 一口で何人をも頬張りそうな化け物が、数十体も現れて避難民達を取り囲み始める。だが、それでもアルノーならば対抗出来たかも知れない。しかし、現れたのはそれだけではなかった。

 上空に一体のドラゴンが現れ、避難民の行く手を阻もうと旋回し始めた。そのドラゴンんが咆哮すると化け物は増殖を始めた。


 増殖を続けるモンスターに対し、騎馬隊は果敢に応戦した。避難民を守りながら戦う事は、困難を強いられる。しかもモンスターは、次々に溢れて来る。必死の応戦も虚しく、戦う手段を持たぬ避難民達から傷つく者が現れる。そして、完全に取り囲まれた頃、上空を旋回していた黒いドラゴンが、モンスターに向かい指示を出した。


「そこまでですヨ、我が子達。こいつらは、糞メスをおびき寄せる餌です。さあ、待ちましょう。そして、目の前で蹂躙してあげるのデス」


 黒いドラゴンの命に従い、モンスターの軍勢は一斉に動きを止める。周囲を取り囲まれて、アルノーの軍は避難民達を動かす事が出来ない状況を作られている。モンスターが動きを止めた為、戦況は一時的な膠着状態となった。されとて圧倒的な危機である事に変わりはない。

 黒いドラゴンの指示で、再びモンスターが動き出せば、自らを盾にし避難民達を逃がす事さえ難しいだろう。


 しかし、アルノーは一つの策を講じていた。モンスターの大群に囲まれる前に、領都へ向けて早馬を送っていたのだ。既に領都からは離れ、甥であるシリウスとは連絡が取れていない。だがシリウスなら必ず、領都奪還に向けて兵を出すはず。そして、モンスターから領都を奪い返すはず。アルノーはそれを信じて待った。 


 だが時が経過するにつれて、兵達の中に焦燥感が募っていく。それは、避難民達にも伝播していく。寧ろ避難民達にとっては、恐怖でしかなかろう。恐怖が蔓延し始める中、上空のドラゴンは口元に笑みすら浮かべ悠々と旋回を続けていた。

 その状況を危惧した一人の将校が、アルノーに声をかけた。


「メイザー卿、如何致しましょう。このままでは全滅です」

「まて! あの化け物の言った言葉が本当なら、もうじきあの子が現れる。あの子が来れば状況は一変する。兵達に伝えよ! 領民は出来るだけ密集させて、我らは障壁を最大で張れ! でないと、我らがあの子の足を引っ張りかねん」


 モンスターは身構えたまま動かない。その間に、縦長に並んだ避難民達を出来るだけ密集させる。そして避難民の四方を騎馬隊で囲み、マナを結集させ障壁の最大展開を行った。

 黒いドラゴンは、ネズミ捕りの餌としか考えていないのだろうか、避難民達の移動や障壁展開に、一瞥もくれず領都の方角を見ていた。


「おや、遅い到着の様ですネ。待ちくたびれましたヨ」


 ふと、黒いドラゴンが呟いた時だった。少女が馬を駆り、砂塵を巻き上げ近付いて来た。

 それは、アルノーが待ち焦がれた存在である。そして少女はアルノーの期待通りに、周囲の緊張を叩き壊さんと雄たけびを上げた。

 

「うぉ~! ペスカちゃん登場~!」

「くそっ! あの馬鹿娘には慎重という言葉を知らんのか! 障壁を張れ! もっとだ!」


 アルノーは、馬上で膨れ上がるペスカのマナを感じ取ったのだろう。既に幾重にも展開している魔法障壁の上に、更に重ねて展開させる事を命じる。

 対してペスカは、障壁が充分に張られているのを確認すると呪文を唱えた。


「焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」


 ペスカの放った呪文は、光を放ち大きな爆発を起こす。それは、避難民達を取り囲んだモンスター達を尽く消し飛ばす。しかし強烈な爆風は避難民達を襲う。そして騎馬隊が張った障壁も完全に消し飛ばされた。


「馬鹿モン! 少しは手加減しろ! こちらにも被害が出る所だったんだぞ」

「ごめ~ん。叔父様」


 アルノーはペスカに文句を言いつつも、安堵の表情を浮かべていた。モンスターは消え去ったのだ。後はペスカの邪魔にならない様に、住民を避難させればいい。しかし、それで安心するには、まだ早かった。


「茶番はお終いだ~! 糞メス~! 今からでも皆殺しにィ~」

 

 黒いドラゴンが、怒声を上げる。意趣返しとばかりに、先手を取ったペスカが気に食わなかったのだろう。しかも、モンスターは全滅している。


 そして黒いドラゴンが大きく口を開けると、約四万の避難民達を丸ごと覆うかの様な巨大な炎の球を作り出した。そんなものが降り注げば、全滅は確定であろう。

 すかさずペスカは、上空の炎の球に向け魔法を放った。


「胡散霧消だ! こんにゃろ~」


 炎の球は、跡形もなく消え失せる。黒いドラゴンは狼狽の色を隠せずにいたが、直ぐに魔法陣を構築しようと動き出す。街中での戦闘と同じ策を用いろうとしたのだろう。ペスカは動じず、構築されて行く魔法陣を打ち消した。


「同じ手が通じると思ってるの? おバカさんだね」


 ペスカに挑発され、黒いドラゴンの目は怒りに満ちていた。


 本来の力ならば、多大な被害を与えられたはずなのだ。クソ雌の悔しがる顔を見れたはずなのだ。だがクソ雌にはブレスが通じない、マナ封じも通じない。恐らく分身を作り過ぎたのが仇となったのだ。

 

 こんなはずじゃない。こんな結果は望んではいない。何故、神に縋ってでも生にしがみ付いたのか。何故、二十年もクソ雌が再び現れるのを待ったのか。それは奴の歪んだ顔を見る為だ。奴を殺すまでは終わる事は出来ない。

 

 残されたのは、己の身を使った最大威力の攻撃しかあるまい。それを行えば、自分の命も危うい。いや、何が命だ。ここで奴を殺せなければ、このまま生きていても仕方があるまい。


 そして、黒いドラゴンは上空高くへ上昇していく。そして猛スピードで滑空した。ペスカへ体当たりを敢行しようと試みたのだろう。ただ、その攻撃はペスカに見切られていた。


「焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」


 ドラゴンの身体近くで光が瞬くと爆発を起こし、ドラゴンは身体の半分以上を吹き飛ばされ墜落する。地面に叩き落される様に、激しい音を立て墜落したドラゴンは、のたうち回った後、力尽きる様に動かなくなった。


「やったのかペスカ?」

「叔父様、それフラグだよ。それより、叔父様は皆を連れて領都に戻って。話は後でね」

「わかった。詳しい話は後で聞かせてもらう。助かった、ありがとうペスカ」


 領軍が周囲を護衛する様に、避難民達が領都へ戻り始める。やがて、避難民達が全て去った所で、ペスカがゆっくりと倒れたドラゴンに向け話しかけた。


「ねぇ。そろそろ起きたら? 死体で遊んで、何がそんなに楽しいの?」


 ドラゴンは、身体の半分以上も失ったはずにも拘わらず、ゆっくりとその身を持ち上げた。

 

「いいから出てきなよ。それとも仮にも神の一柱が、小娘相手にびびってる訳?」


 ペスカが目じりを険しく釣り上げ、ドラゴンに向けて言い放つ。するとドラゴンの横から、全身を光で覆われ大きな翼を背に生やした少年が姿を現した。そして少年は手を翳し、簡単にドラゴンの死体を消滅させた。

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