第二十六話 領民救出戦 前編
避難民と後続部隊の両方が襲撃された。ペスカ達に届いた知らせに場内は騒然とした。完全に裏をかかれた。確かにドルクは言っていた「わざわざ逃がした」のだと。それは一つの結果を示している。脱出した領民達を根絶やしにし、こちらに大ダメージを与える事だ。
どれだけ陰湿なのだろう。背中が薄寒くなるのを感じ、冬也とシリウスは声を大にした。
「くそ、どうすんだ」
「落ち着いてお兄ちゃん」
「しかし姉上。どう対応しましよう?」
明らかに冬也とシリウスは浮足立っている。そんな中、ペスカだけは冷静だった。二十年前の悪夢を一番知る者だからこそ、わかる事も有る。
これで終わりじゃない。ドルクはまだ手札を隠している。
「避難民の救出は、私だけで行くよ」
「馬鹿言うんじゃねぇ」
「そうです姉上! これは明らかにおとりです、私も同行いたします」
「二人共、冷静になって! こんな簡単に終わるなら、二十年前の事は悪夢なんて言われずに済んだんだよ」
「だけど、お前ひとりで行く必要が何処に有るんだよ!」
「義兄殿の仰る通りです」
ドルクというよりも、奴が信仰している『神ロメリア』がといった方がいい。彼の神は冷淡で残忍で悪質だ。だからこそ、二十年前は多くの死者を出した。そうやって世に混乱を巻き起こす事で、愉悦しているのだ。
だからこそ、より正確に先を予測する必要がある。それが奴等の企みを挫く唯一の手なのだ。そしてペスカは淡々と指示を出し始めた。
「シリウスは、領都に残って指揮をする事。連れてきた部下達は、領都の安全確認を継続。領主なんだから、堂々と指示だけしてなさい」
「わかりました。すると、領軍の方は?」
「俺が合流して領都まで連れてくる! ペスカを一人にするのは心配だけど、割ける人員が居ないならしょうがねぇよ」
「うわぁ~。かっこいいお兄ちゃん! でも、心配だから便利道具をあげるね。工場長、準備して」
恐らくシリウスもようやく気がついたのだろう。敵が何をしかけてくるのか。間違いなく本命は領民側だ。しかし、これから合流すべく侵攻してくる領軍も、ただではすむまい。
勿論、領都を放置する訳にもいかない。再びモンスターの大群が襲ってくる可能性だって充分にあるのだ。
工場長と共に、冬也が工場の奥へと向かった所を確認し、シリウスは問いかける。
「良いのですか姉上? 義兄殿を一人で行かせて」
「お兄ちゃんなら大丈夫」
「義兄殿が無事に済む保障など、何処にも有りませんよ」
「シリウスは見てなかったから知らないだろうけど、お兄ちゃんは強いんだから」
「義兄殿の強さは報告で聞いております」
「だったら信用してあげて。それに助っ人も容易してあるし」
「それならば。ですが姉上。予想なされた通り、ドルクの本体は避難側にいると思われますが」
「狙いが私なら堂々と乗り込んで、叩き潰さないとね」
「まあ、護衛隊には叔父上がいらっしゃいますし、姉上の到着まで、持ち堪えてくれるでしょうが」
「そう言う事。私は直ぐに出るよ。お兄ちゃんに魔工兵器の説明してあげてね」
「わかりました。お気をつけて」
慌ただしく走り出し、軍馬に乗り走り去るペスカを見つめシリウスは呟いた。
「領民を頼みます。それと、義兄殿のお叱りを受けるのは、お任せ致しますよ姉上」
やがて、準備を終えた冬也と工場長が奥から戻って来る。
背後には、複数人で四輪の大型荷車を運んでいた。荷車には、全面と左右を覆う様に、頑丈な装甲で作られており、左右に二門の突撃砲が搭載されていた。荷車の全面には、鉄製の棒が付きだし、一人用の座席と操縦席が申し訳程度に設置されていた。そして、冬也は片手サイズの砲筒を二挺、肩に担いでいた。
「おいペスカ! 何だこれ。説明しろ」
「義兄殿、姉上はもう出立されました」
「あいつ勝手に行きやがって。何してやがる」
「姉上なら心配有りますまい。義兄殿も姉上の強さは、ご存知でしょう?」
「そう言う問題じゃねぇ~んだよ。あんたも弟ならわかるだろ!」
「お気持ちはお察ししますが。義兄殿、今は役割を果たしましょう」
苛立つ冬也を落ち着ける様に、冷静にシリウスは言い含める。しかし、冬也の口撃は収まらなかった。初めて見る魔工兵器に対して、多大な違和感を感じての事だろう。
「それでシリウスさん、これは何です?」
「姉上の設計された、戦闘用の荷車ですよ。通常は、操縦者と砲撃手二名で使用するんですが、義兄殿のマナ量なら問題無く全て操作出来るでしょう」
「問題大有りだよ! それになんだこのバズーカ!」
「それも、姉上の作で魔力砲です。車両に搭載した物の簡易版とお考え下さい。マナを充填し発射するだけの、簡単な仕様になってます。マナ量次第では連射も可能です」
「馬鹿じゃねぇのか? 何処の超技術だよ!」
荒れる冬也を宥めつつ、シリウスは淡々と荷車の操作方法を説明する。時間が無いのは冬也も充分理解をしている。冬也は、難しい顔で操作を学んでいた。
「義兄殿。説明は以上ですが、ご理解頂けましたか?」
「マナをぶち込んで、走らせて撃つってんで良いか?」
「そのご理解で充分です」
「どうせ、こっちにも何かしら出てくるんだろ? だからペスカはこんなの俺に持たせたんだよな?」
「ご推察通りで間違いないでしょう。是非、奴等の思惑ごと蹴散らしてください」
「おうよ! 任せとけ!」
シリウスは、ペスカの言っていた脳筋の意味が、少しわかった様で苦笑をする。頭は決して悪くは無いのだろう。しかし、思考が単純でわかりやすい。往々にしてこんな思考で挑んだ方が、戦況を打破する事も有る。
そして、シリウスは心の中で呟いた。『義兄殿、お頼み申し上げる』と。
「領軍は、領都から数キロ先まで来た所で襲撃をされた様で、急げば数分で到着でしょう」
「急いで救援に向かったら、ペスカの援護だ。後は任せたぜ、シリウスさん」
「緊急連絡は、運転席前の魔工通信をお使い下さい。お気をつけて」
冬也は荷車を操作し、猛烈な勢いで工場を飛び出した。激しく揺れる荷車を、冬也は力任せで制御する。
飛び出して行った妹と襲撃を受けた避難民や領軍、起こっている惨状を想像し冬也の心は酷くぐらついていた。
直ぐに片付けて助けに行く。絶対に間に合わせて見せる。ペスカを危険な目に合わせたりしねぇ。
焦燥に駆り立てられる冬也が、暫く荷車を走らせると、前方の空に黒い怪物が三体、飛んでいるのが見えた。
怪物は、口から炎を吐き出し領軍を攻撃している。領軍は、魔法障壁を張り炎を耐え続づけていた。そして防戦一方の領軍は、疲弊が見て取れるほど明らかだった。
冬也は思わず叫ぶ。
「一体じゃねぇのかよ!」
一先ず冬也は、荷車の突撃砲にマナを充填し、怪物にめがけて発射する。突撃砲は、光の筋を作り三体の怪物の内、一体の鼻先を掠めた。発射の衝撃で揺れる荷車をどうにか制御し、冬也は怪物に向け走行を続ける。
「うぉ。レールガンかよ! しかも、反動がすげぇ。一旦止まって狙いを定めねぇと、命中なんかしねぇぞ」
そもそもこの荷車は、操縦者と砲撃手二名で使用する事を前提に作られている。冬也一人で操縦と砲撃を行おうとする事に無理があるのだ。
ただ砲撃が鼻先を掠めた事で、怪物達の注意が一斉に冬也へ向いた。三体の怪物は、冬也へ向かい飛行し始める。悠長に荷車を止めて、狙いを定めている余裕は無い。
その時の冬也は、実に冷静だったと言えよう。
「かかって来いよ糞野郎! てめぇらの相手は俺だ!」
自分に注意を引き付ける事で、疲弊した領軍に態勢を立て直す余裕を与える。既に自分へ向かっている敵に対し、逃げる事をせずに冬也は挑発した。直ぐに互いの距離は詰まる。そして怪物が喋り始める。
「また、君ですか小僧。君では役不足なんですがネ」
「てめぇらも全部ドルクって奴か? 何なんだてめぇは?」
「それを話すと思うのかネ」
「ったくめんどくせぇ奴らだなぁ、おい! 取り合えず、てめぇらは右からドルクA、B、Cだ!」
ドルクは三体で冬也を囲み一斉に、炎を吐き出す。冬也は荷車の速度を上げ、すんでの所で炎を回避する。
「そう言えば、早さだけは一人前でしたネ。これ以上糞メスに付け入る隙を与える訳には、いきませんネ」
炎を回避した冬也は、一先ずドルクAに狙いを絞る。そしてドルクAの背後とへ荷車を動かすと、急停止し突撃砲を発射する。
ドルクAに向かい真っすぐ飛んでいく砲撃は、ドルクBの炎で相殺される。止まっている荷車を狙い、ドルクCが炎を放つ。冬也は荷車を動かして避けるが、その先にはドルクAが回り込んでおり炎を放つ。冬也は荷車を操り、ぎりぎりで避ける。
三体で連携し巧みに攻撃を仕掛けて来るドルク達に対し、冬也は回避しながらも反撃のチャンスを狙う。
上空を支配されている地形的不利、三対一という数的不利からか、中々冬也は反撃を行えずにいた。暫くして、領軍が態勢を立て直し、魔法や弓で冬也を援護する。だが、領軍の攻撃はドルク達には通じていなかった。
反撃の糸口が見つからず、回避し続ける冬也はじりじりと押され始める。
「今度こそ貴様を殺して、糞メスの前に晒してやろう。あぁ、楽しみだネ」
ドルクAがいやらしい笑みを浮かべた時の事であった。後方で突然砂塵が巻き上がる。砂塵はやがて竜巻となり、ドルクAを巻き込む。巻き込まれたドルクAは傷だらけになり、崩れ落ちる様に墜落した。
「何です? 何なんです? 一体何なんデス?」
「何が起きたというデス?」
ドルクBとCは、上空からキョロキョロと周囲を探索する。そして見つけたのは、実験材料にした、かつての部下の姿であった。冬也と同じような荷車に乗り、猛スピードで近づいて来る。そして、冬也と合流する。
「お待たせ致しました。お客様、危ない所でしたね」
「メルフィーさん? 何でここに?」
「ペスカ様から、指令を頂いておりました。休店準備等で遅れました事、お詫び申し上げます」
その時ドルク達は理解をした。実験の末に死んだと思っていた部下が生きていた。そして事も有ろうか、元上司である自分に対して攻撃を仕掛けた。
一体が倒された事は、それ程の痛手ではない。しかし全ては、忌々しい小娘の仕業である。
「おのれ、ペスカ~! また邪魔をするのか~!」
怒りに満ちたドルクBが叫んだ瞬間である。ドルクBは、押しつぶされる様に地面へと叩きつけられる。
「俺もいる事を忘れんなよ! メルフィー片付けるぞ!」
「はいセムス。お客様、ここは我らに任せ暫しお休み下さい」
セムスとメルフィーは荷車から降り、ドルクBに向かい走り出した。地面へ叩きつけられたドルクBは、起き上がると炎を吐き出す。セムスは容易く炎を躱し、ドルクBに鉄拳を叩き込み上方に浮き上がらせる。続いてセムスは素早く幾つもの鉄拳を繰り出し、ドルクBを打ちのめす。
その鉄拳は、ドラゴンの強靭な鱗で出来たドルクBの身体に幾つも陥没を作る。鉄拳が止んだ時には、ドルクBの身体は原型を留めない程に歪み崩れていた。
一方、飛行し炎を吐き続けるドルクCに対し、メルフィーは竜巻をぶつけ対抗する。炎と共にドルクCを巻き込み膨れ上がる竜巻の中は、乱気流となり風の力でドルクのCの身体を刻み、錐揉みさせながらを地面に叩きつけた。
「これで終わりだ、ドルク!」
「せめてもの、救いだとお思い下さい。ドルク」
「終わらぬヨ! 貴様らを連れて神も下へ!」
倒れ伏したドルク達に向かい、領軍が止めを刺そうと駆け寄ろうとする。しかしこの状況は何度も冬也が経験している。危機を察した冬也は大声で制止した。
「止まれ! 自爆するぞ!」
冬也の掛け声と前後する様に、ドルク三体の身体が輝き爆発した。砂煙を上げ周囲の視界が一時的に悪くなる。爆発が収まり砂塵が消えると、兵士の一人が冬也の下へ走り寄って来た。
「冬也様、危ない所ありがとうございました」
「いや、あんたらは無事か?」
「なんとか。しかしこれ以上の戦闘は、厳しい状態です」
冬也は、魔工通信を使いシリウスに連絡を取り、全軍領都へ集合とのシリウスからの伝言を兵達に伝え、冬也はメルフィー達に向き合い頭を下げた。
「ありがとう。助かったよ」
「礼には及びません。ご無事で何よりです」
「ところで、あいつはドルクって奴なのか?」
「正確には分身体でしょうね」
「まあ、分身体でも殴る事が出来たんで、少しはスッキリしましたよ」
「何なんだあいつは?」
「それは道中お話します。荷車で来られたのでしょう? ペスカ様の下へ急ぎましょう」
「あぁ。何から何までお見通しな感じで気持ち悪いな」
「ここまでは、ペスカ様の読み勝ちでしょう。さぁ、急ぎましょう。ここはお任せしますよ、セムス」
「任せておけ。ペスカ様と冬也様を頼んだぞ」
乗って来た荷車をセムスに任せると、メルフィーは冬也の荷車に乗る。そしてセムスに領軍を任せ、二人はペスカの下へ出発する。冬也の心はペスカを思い逸る。視線は真っすぐ北へと向いていた。
「いや、幾つも分身を作れるなんて、反則だろ!」
冬也とメルフィーは、互いの情報交換しつつ荷車を走らせていた。
「分身であれば制限があります。何より体を分けるのですから、力は分散します」
「分身をすればするほど、弱くなるって事か?」
「そうですね。しかし頭の切れるドルクが何故そんな事を。昔のドルクからは考えられませんが」
「どういう事だ?」
メルフィーは、過去の話しを掻い摘んで冬也に聞かせた。
かつてメルフィーとセムスは、ドルクの研究助手だった。ドルクは優秀な魔法工学の研究者で、元々の研究は人間がマナを効率的に扱える様にする事だった。動物実験でモンスターが出来た時も、実験の中止を最初に決めたのはドルクだった。しかし、いつの日からドルクは、人が変わったかの様に実験を繰り返した。そしてメルフィーとセムスは囚われ、実験の被害者になり姿をモンスターに変えられた。
「それをペスカは?」
「当然ご存知です。ペスカ様とドルクは、研究所内で良いライバルだったんですよ」
「何でそんな人が、こんな騒ぎを起こしたんだ?」
「ドルクの昔を知る我々に取っては、不可思議なんですよ。良いも悪いも真っ直ぐな人でしたから。こんな姑息な手を使う人物では無かったですし」
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