第二十四話 領都奪還戦 中編
「あんた、まさかドルク? 死んだはずでしょ!」
「まさか、アレでシンダとでも。ワタシは敬虔なるロメリア様のシント。ニクタイが滅びた所でナンダというのだ」
違う、ドルクは間違いなく死んでいた。それが奴の言う通り肉体的な死というなら、それは本当なのだ。マナは空っぽになり、魂はそこには無かった。
まさか、本当に生き返った? ならばなぜ体はドラゴンそのものなのか? それとも自分と同様に神が何らかの方法でドルクを再生させたのか?
いや、まて。もしそれが狡猾で残忍なロメリアの仕業なら、決して考えられなくもない。
ペスカは僅かな時間で考えを巡らせる。明確な答えが出た訳じゃない。しかし、少しずつ事の真相に近付いていた。
「二十年マエ、誰がキミとアソンデあげたと思うンダイ?」
「そんな。あの時の事もあんたの仕業だって言うの?」
「ワタシはロメリア様から教えてイタダイテたんだよ。死したキミが再びコノチをオトズレル事をね」
確かにドルクの言う通りなら、一連の騒ぎに説明がつく。何故、自分達がこの世界にやって来たのと同時期にモンスターが活性化し始めたのか。何故ロメリア教徒は再びマナ増加剤を製造し始めたのか。何故、自分達がマーレにいる間に領都が陥落したのか。何故、領都に向かう道中であんなにもモンスターが攻勢を仕掛けてきたのか。
全ては、この男に嵌められたのだ。それだけではない。ドルクの口ぶりから察するに、二十年前の悪夢もこの男の策謀に違いは有るまい。
死んだ。そう見せかけてロメリアから新たな体を貰い教徒達を指揮していたなら、それも説明がつく。
「何もかも、あんたの手のひらの上だったって事?」
「ソウダよ、ペスカ君。君に再び会った時の為に、用意したプレゼントが有るのダヨ。受け取ってくれたマエ」
ドルクが指を鳴らすと、ペスカの足下に魔方陣が浮き上がる。それはペスカが記憶している限り、最も自分達を窮地に追い込む手段であった。ペスカは珍しく目を剥き、冬也に向け叫んだ。
「やばい。お兄ちゃん逃げて!」
「遅いネ。遅いヨ。君の魔法は封じたよ。魔方陣からも出られない。さぁ! そこの小僧を潰した後、ゆっくり君を弄り尽くしてあげルヨ」
「てめぇ。今なんつった。人の妹に手を出して、ただで済むと思ってんじゃね~ぞ!」
「お兄ちゃん!」
焦るペスカを横目に冬也は一瞬で、ドルクの背後に回り剣で切り裂く。しかし、身体は硬く刃が通らない。
何故、ペスカだけが封じられて、冬也は自由に動けたのか。それはドルクが冬也を取るに足らない存在だと思っていたからに相違あるまい。
「なまくらで傷つけられると思わない事だネ」
ドルクは、振り向き様に翼で冬也を薙ぎ払うと、鋭い爪で切り裂こうと腕を振るう。冬也は爪を避け魔法を放とうとするが、ドルクが距離を詰め再び爪を振るう。
「早さで勝てると思わない事だネ」
ドルクの爪から鋭い風の刃が飛んでいく。だが、冬也は持ち前の俊敏さで、風の刃を避けた。
「避けきれると思わない事だネ」
次々と幾つもの風の刃が襲い掛かり、冬也は避けきれずに身体が切り裂かれる。そして冬也から血がしたたり落ち始め、痛みに顔を顰めた。勝機と思ったのか、ドルクは再び同じ攻撃態勢に入った。
「そろそろ、終わりだネ」
ドルクが圧倒的に優勢に見えた。しかし、ドルクは見誤っていた。決して冬也は侮ってはいけない相手だ。
冬也が同じ攻撃を何度も食らうはずがない。ドルクが腕を振るおうとした瞬間、再び冬也はドルクの背後に回り剣を振り下ろした。
「なまくらでは、ぐぁぁっ、何故だぁ」
先程は通らなかった刃が、今度はドルクの肩口を切り裂いた。
「ペスカが言ってたんだよ。魔法はイメージって。だからイメージしたんだよ。この剣は何でも斬る事が出来るってな」
冬也の剣にマナの膜が張られている。ドルクが風の刃を飛ばすが、冬也は剣を使い切り払う。爪を立てようとしても、冬也は剣で斬り飛ばす。
「何がぁ起きたぁぁ! こんな雑魚にぃ~」
苛立ったドルクが次々と攻撃を仕掛けるが、その全てを冬也は剣で斬り飛ばした。ドルクの怒りがピークに達し、今までに無い膨大なマナが身体から噴き出した。
「始めから、こうしていればよかったんだネ。跡形も消し飛ばしてやる」
ドルクから、マナの奔流がほとばしり形を作り出していく。その時、後ろから硝子を割ったような音がした。
冬也に気を引かれて、ドルクはペスカを疎かにしていた。それは完全な油断だった。一番厄介な相手を野放しにしていたのだ。その隙にペスカは策を講じていた。それは自分の拘束を破り、封じられたマナを取り戻す事だ。
「お待たせ、お兄ちゃん。後は任せて」
ペスカはそう言うと、ドルクへ向かい手を翳す。
「弾けろ、エクスプロージョン!」
ペスカの魔法は、ドルクから涌き出たマナの奔流ごと本体を吹き飛ばした。吹き飛ばされた体は、血塗れで蹲り身体を痙攣させていた。
「な、何故だぁ。貴様、何故魔方陣を破壊出来た」
「時間をかけ過ぎなんだよ。あんたは、お兄ちゃんを舐めてたんだよ」
「忌々しい。忌々しいペスカぁ~」
「喋れるようだし、色々教えて貰おうか。ドルク」
「話すと思うカネ。あぁ、神よ! 今貴方の元へ! 消し飛べ!」
ドルクが呟くと体が光出す。そしてペスカを巻き込む様に爆発する。しかしペスカは、瞬時に魔法で壁を作りだし難なく爆風を防いだ。
「こいつも自爆。つくづくロメリアの奴らって」
「もしかして、あれが親玉か?」
「違うと思うよ。何と無くだけど」
「ドルクって言ってたろ? 薬はあいつが作ってたのか?」
「ちょっと違うかな。ドルクにしては弱すぎだし。その前にちょいっと」
ペスカの手から穏やかな光が溢れ、冬也を包み込む。体の傷はみるみる内に消えていった。
「癒しの魔法をかけたけど、お兄ちゃんは無理しないで、ゆっくりしてて」
「ちょっと待て、ペスカ」
ペスカに駆け寄ろうとする冬也は、ふらつき倒れる。
「ほら~。もう限界なんだってば。掃討戦はお任せよ」
「待てよ! ペスカ!」
ペスカは冬也の制止を無視して、残りのモンスターを駆逐すべく、駆け出して行った。
領都シュメールは、未だ安全には程遠かった。一時の緩和状態が嘘の様に、モンスターは続々と溢れて来る。
何か意図が有ったのか、漆黒のドラゴンの影響で別の場所へと追いやられていたのか、理由は定かではない。ただ、漆黒のドラゴンが消滅した直後に、モンスターは湧き出て来た。
そしてペスカは、モンスターを自分に引き付ける様に、立ち回っていた。それは休む冬也に対し、向かってくるモンスターがいない事からも、明らかであろう。
ペスカが戦い慣れている事は、充分に理解させられた。間違いなく冬也より、戦力になっているのだ。しかし、どれだけ強かろうと、多勢に無勢である。ペスカのマナにも限界はある。道中では大魔法を連発していたのだから。
ペスカの行動は、傷ついた冬也を休ませる為に他なるまい。冬也の傷は魔法で塞がっている。しかし流れた血は戻らない。
戦場においても、兄の体を優先する妹。体を張って妹を守ろうとした兄。だが戦闘は続いている。まだ救われていない命が有る。
何の為に、この戦場へ足を踏み入れた。何の為に厳しい修行を重ねて来た。痛みは、戦わない理由にならない。
兵士であれば、自分の身を第一に考える場面も有るだろう。しかし自分は違う。こんな時に、ペスカを守れなくて何になる。
「全部、俺が守ってやる。ペスカ、今いくからな!」
冬也は動かない体を、無理やりにでも動かし立ち上がる。そして、遠くに見えるモンスターの群れへと突っ込んでいった。
思う様に体は動かない。多くの血を失っているのだ、当然の事だろう。しかし、冬也の体は記憶している。日々繰り返して来た型、相手の呼吸に対応する技。異世界に来てから魔法を覚え、実戦を重ねてきた。そしてドラゴン戦では、新たなマナの利用方法を模索し、体現してみせた。
追い詰められた時に真価を発揮するならば、冬也にとってそれが今なのだろう。流れ出すアドレナリンが痛みを消していく。そして、冬也の体にマナが漲っていく。拳、足、そして剣にまでもマナが行き渡る。
冬也の正拳はモンスターの胴を繰り抜いた。そして蹴りは、モンスターの頭部を破壊した。剣は易々とモンスターを両断する。魔法とは、物理的現象を起こす事だけには収まらない。
冬也はマナを利用して、身体を強化する戦い方でモンスター達を駆逐していく。
「お兄ちゃん、まだ休んでなきゃ」
「お前にばかり、危ない目に会わせらんね~だろ」
「ん~。お兄ちゃん。後でぎゅっしてあげる」
「いいから、前見ろ!」
ペスカも冬也に応える様に、強大な魔法を放ち、モンスターの数を減らしていく。どれだけ数を集めても、モンスター程度では二人を倒す事は出来ない。そう思わせる程に、二人は次々とモンスターを駆逐していった。
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