第二十三話 領都奪還戦 前編

 領都に向け先行していた領軍は、リュートから十キロ先の平原地帯で、モンスターから襲撃を受けた。大小様々のモンスターは、数万は下らない。そんな大群に対し、領軍の数は高々二千程度であった。


 真っ向から立ち向かっても勝ち目は有るまい。しかし、それが撤退の理由にはならない。ここでモンスターの侵攻を抑えなければ、領都だけではなく前線基地であるリュートも危うくなる。


 それは正に命を懸けた戦いであろう。死を恐れない兵が、戦力になるとでもいうのか? 否、生きたいという強い意思こそが、勝利へ導く鍵となろう。

 兵士達は気を吐く。そして大群に向かって攻勢を開始した。


 モンスターの軍団は、昼夜休むことなく攻勢をしかけてくる。魔法や弓で抵抗しつつも勢いを止める事は出来ず、領軍はリュートの数キロ先まで後退させられる。

 既に戦線離脱者を多く出し、残された兵達も疲労が激しい。あわや瓦解寸前のところで、後方から怒声が上がった。


「引け! 皆の者引け~!」


 兵達が振り向くと、軍馬に乗ったシリウスに十数体の軍馬と軍用馬車が向かって来ていた。


「引け! 撤退だ! 引け~!」


 シリウスの号令に、領軍が撤退を行う。撤退の開始を確認したペスカは、すかさず魔法の詠唱を行った。


「焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」


 一瞬、平原の中央部が輝いた。次の瞬間大爆発が起こり、モンスターの大群を吹き飛ばした。何かにしがみつかないと吹き飛ばされそうな、強烈な爆風が領軍にも届く。爆風が収まり辺りを見回すと、モンスターの大群は跡形も無く消し飛ばされていた。


「状況は?」

「戦線は壊滅的被害を受け、戦える兵は僅かしか残っておりません」

「貴様らはリュートまで撤退し、治療を優先せよ。我らはシュメールへ先行する」

「了解致しました」


 シリウスが領軍の隊長に声をかけると、ペスカ一向は再び領都シュメールへ向け進軍を開始する。しかし道中では、数度に渡ってモンスター大群が襲来する。その都度、ペスカが大魔法で掃討するも、進軍速度が遅れるのは必至であった。

 

「姉上、何か作為的な気がしますな」

「足止めだね。完全に後手に回ったよ」

「申し訳ありません。姉上」

「仕方無いよ。どのみち、リュート周辺のモンスター対策は必要だったし」

「まさか、シュメールが落とされるとは思わず」

「反省するのは、シュメールを解放した後だよ。さて反撃と行こ~か!」


 今も領都シュメールには、多数の領民が取り残されている。その領民達は命の危機に晒され続けているのだ。これは時間との戦いでもある。

 しかし、焦って判断を鈍らせる訳にはいかない。ペスカはシリウスを落ち着かせる様にし、前を向く。

 

「報告! 右方からモンスターの大群が接近してきます」

「姉上! 頼みます!」

「任せて! 焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」

「報告! 左方からもモンスターが!」

「燃え盛れ、焼き尽くせ、煌めく暁の焔。ヴァーンヘイル!」

「報告! 前方からモンスターが接近!」

「モンスターは私に任せて! 貴方たちは馬車を止めないで!」

「はっ!」


 それからも、モンスターの襲撃は続く。そしてペスカがそれを掃討し、一向は領都シュメールへの道を駆け抜けた。しかし、この状況には別の懸念が生じる。恐らく狙いは行軍速度を落とす事だけではないはずだ。


 リュートを出てからペスカは大魔法を連発している。如何にペスカが偉大な魔法使いであったとしても、マナは著しく消耗していくはずだ。

 その狙いに気が付いたのは、ペスカの過去を良く知るシリウスではなかった。魔法を覚えたての冬也だから、その危険性に気が付いたのだろう。

 

「ペスカ。お前さ、そんなに魔法を使って持つのか?」

「何? お兄ちゃんってば心配してくれるの?」

「当たり前だろ!」

「大丈夫。私は生まれ変わってから、マナの総量が上がってるんだもん」

「それにしたってよ。本番はこれからだろ?」

「今はこうするしかないって、お兄ちゃんもわかってるでしょ? 時間が無いんだし」

「あぁ。俺じゃあ、あの大群を一気に倒すなんて無理だ」

「心配しないで。力は充分残しておくからさ」

「悪いな、ペスカ」

「ほら、シュメールが見えてくるよ。活躍を期待してるからね」

「任せろ、ペスカ」


 ペスカの活躍で一向はシュメールに辿り着く。そして簡単な打合せを行った。

 ペスカと冬也の二人が正門から突入し、モンスターを引き付けて戦う。その間、シリウスと部下達が工場へ潜入し、住民達の安否を確保する。

 更にシリウス組は、後詰めの領軍を待ち住民の避難を行う。ペスカ組は、そのままモンスターの殲滅を行う。実に単純な作戦だが、割ける人員が少ない中で行えるのはこの位だろう。


 そして、領都奪還作戦が開始された。


 正門を抜けると目に飛び込んでくるのは、街を埋めつくす程のモンスター達であろう。その影に隠れる様にして、朽ちた建物のが目に映る。


「おぉ~これは凄いね」

「これだけの数を前にすると流石に恐いな」

「お兄ちゃん。なるべく、建物を壊さない様にね」

「それは俺の台詞だ。油断すんなよ、ペスカ」

「お兄ちゃんもね」


 クラウスに「剣の心得」を問われた時に、冬也はそれを否定しなかった。しかし、冬也が身に着けた技は、居合道を発展させた人を制する剣だ。洋刀では勝手が違う。

 ただ、大群を目の当たりにした冬也は、己の拳だけでは不十分だと判断したのだろう。そしてクラウスから貰ったブレードソードを抜く。


「お兄ちゃんが武器なんて珍しいね。しかもそれって家の家宝じゃ」

「あぁ、こういうのも使いこなしておかねぇとな」

「武器を持ったから弱くなったって言わないでね」

「当然だ、見てろ」


 そう言うと、冬也は全身にマナを漲らせる。それは、冬也の筋力を大きく膨らませていく。そして次の瞬間、冬也はモンスターに接近してブレードソードを振り抜いていた。

 あっという間の出来事だった。冬也の近くにいたモンスター十匹が胴を真っ二つにされる。


「まぁ、上出来だな。刀身が長い分だけ、いっぱい斬れたか」


 恐らく冬也にとってこれまでの戦闘が、特にマンティコアとの戦闘が自信に変わっていたのだろう。

 地球にいた頃は考えもしなかった魔法という力で、肉体を強化する事に成功した。即ち冬也の戦闘能力を飛躍的に高めている。普段なら思いもしない動きが出来る。それこそが、未だ魔法が未熟な冬也を戦力たらしめる結果となった。


「やるね。でも私も負けないよ。弾けろ、エアーエクスプロージョン!」


 冬也に負けじと、ペスカは圧縮した空気を爆発させ、後方にいるモンスターを大量に破壊する。


 結果的に、二人が正門から乗り込んだのは正解だった。ペスカと冬也はモンスターを駆逐し始める。異変に気付いたモンスター達は、直ぐにペスカ達に群がり始める。

 そして、冬也の武器は剣だけではない、元々は徒手空拳が得意なのだ。右手の剣でモンスターの首を刎ね、左の拳で頭を破壊し、器用に蹴りを繰り出し胴を両断する。それは無骨で荒々しいダンスの様であった。

 そしてペスカはと言うと小規模な魔法を使い、これ以上は建物を壊さぬ様に器用にモンスターを破壊していく。


「切り裂け、ジャック・ザ・リッパー!」

「弾けろ、エアーエクスプロージョン!」

 

 街中のモンスター達が集まってきているのでないかと錯覚する程、次々と二人に襲い掛かる。だが、二人の攻撃は止まなかった。モンスターの死骸が量産されていく。

 領都を占領したモンスターの軍勢を、瞬く間に掃討する勢いで、二人の進撃は続いた。そして、モンスターの攻勢に勢いが失われ始めた頃、一際強い突風が吹き荒れた。


「まサカ、罠にカカッテくれるとは行幸のイタリ。あぁ、マッテましたよペスカ。オアイシタカッタ」


 不気味な声を放ち、突風と共に現れたそれは、真っ黒な翼を生やし宙を飛んでいた。翼をはためかせ、ゆっくりと地に降り立つ。十メートルは越える引き締まった真っ黒な身体に、鋭い爪とキバ。ただ異形なのは、顔は人間そのもの。アンバランスなモンスターは、漆黒のドラゴンと人間を掛け合わせた様な姿していた。


 漆黒のドラゴンは、ペスカを見下ろす様すると口を大きく開く。その大きく割かれた口で、挑発するように喋り出した。


「おぉカミよ、ナゼ宿敵がこうもチイサク弱弱しくナッテしまったのか」

「なんだあれ、ペスカ知ってんのか?」

「嫌だな。あんなキモいの知らないよ」

「ワタシの事を忘れてはコマルのだよ。唯一ワタシがらいばるとして認めたペスカ君。それに私の作った可愛い子供達をこんなに苛めて。困るじゃないかネ」


 化け物に変形し歪んだ顔立ちだが、少し残った人間の顔に、ペスカは既視感を覚えた。

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