第四話 森からの脱出 前編
冬也は、とても困り果てていた。ペスカは涙を零しながら、異世界に来たと言い張る。おまけに、旅行の目的地がここだと言われても、納得出来るはずが無い。
謎の森に謎の生物、おまけに魔法と呼ばれる謎の力。残酷な程にリアルな状況を見せられても、冬也は未だに現実を受け止めきれずにいた。
「なぁ、これはお前の仕業か? 目的地がここだって事は、そう言う事だろ?」
「うん、そうだよ!」
さっきまで大泣きしていたのは何処に行ったのか、と思う位に笑顔のペスカを見て冬也は絶句する。お仕置きとばかりに、冬也はペスカのこめかみをグリグリしながら問いかけた。
「ほらペスカ、吐け! 何が目的なんだ?」
「いだい。いだいよ、おにいぢゃん。だから異世界だよ」
「母親に会いに行くってのはどうした?」
「勿論会いに行くよ」
「そいつは森の中に住んでるのか?」
「そんな訳ないよ。普通の街に住んでるよ」
「じゃあ、何で俺たちは森の中にいる?」
「それはほら、冒険的な何かってやつだよ」
「馬鹿じゃねぇのか? あぶねぇ事すんじゃねぇよ!」
「危なくないよ。だって、余裕で倒したじゃない」
ふと、冬也はペスカの言動を思い出す。こんな異常事態にも係わらず、ペスカは動じる様子が無かった。そもそも、旅行先をずっとはぐらかしていた。それは何故だ。
もしかすると、ペスカの言う通りここは異世界で、自分は巻き込まれたのか?
「もしかしてお前、最初から俺を巻き込む気だったのか?」
「だって、異世界だよ異世界。行くのは絶対にお兄ちゃんとだよ」
「もしかして、行先やらをはぐらかしていたのは、当日に俺をびっくりさせる為か?」
「だって、先に言ったら、お兄ちゃんぜ~たい怒るでしょ?」
どうやらペスカは、最初から異世界に来ることを知っていて、且つ自分を黙って連れてこようとしていたらしい。上手く言葉に出来ない悶々とした感情が、冬也の胸に渦巻く。 だが、よく考えろ。こんな危なそうな所に、黙って一人でこんな所に来させるよりは、自分が一緒の方がましだ。
それならば、優先すべきは化け物じみた動物と再び遭遇する前に、森から出る事だろう。冬也が頭を巡らせていると、ペスカから声がかかる。
「早く移動した方が良いと思うよ。強いのが来ても面倒だし」
「強いのって、熊や虎みてぇのがいるのか?」
「そりゃあね。さっきのは弱っちい部類だし」
「随分と詳しいなペスカ。まだ隠してる事が有れば、早く言っとけよ。次はあの倍は痛くするからな」
二人はペスカの提案通りに移動を開始したが、森の騒めきが治まらない。遠くからは何やら変な鳴き声も聞こえてくる。確かにさっさと移動しないと、もっと狂暴な奴が襲って来るかもしれない。
さっきは何とか撃退したが、二度も上手くいくとは限らない。出口のわからない二人は、なるべく声のしない方角へ移動をする事にした。
移動をしながらも、冬也は先の戦いを思い出していた。ペスカが魔法と呼んだ『得体の知れない力』を、なぜ自分がそれを使えたのか。あれもペスカの仕業なのだろうか。考えをまとめようとしても、冬也の脳が追いついていかない。
「魔法は修行の成果だよ。ほら毎晩やってたでしょ?」
「お前はエスパーか! ってあれか? 毎晩お前にやらされた瞑想みたいなやつ?」
「そうそう。私に感謝してよね」
「お前の厨二病が、役に立つ日が来るとはな」
「厨二じゃないし。それより今のうちに、練習しておいた方が良いかもよ」
確かにペスカの言う通りなのだ。いつ襲われるかわからない状態で、対抗策が無いのは命がいくつあっても足りない。冬也がナイフの一つでも持っていれば別だろうが、生憎とそんな準備はしてきていない。
そして冬也は、改めてペスカに魔法とその使用方法について尋ねた。
ペスカが言うには、魔法はイメージだそうだ。イメージした物を具現化するのが魔法で、イメージが具体的であれば、より強い魔法になる。その際、具現化のキーワードとなる呪文を唱えると、魔法は発動しやすい。
また、魔法はマナと言われるエネルギーを消費して使う物であり、マナは常に体内を循環していて、誰もが持っている物である。
「つまりね。完璧にイメージ出来れば、何でも出来るって事だよ」
「じゃあ、拳銃とかも出せるのか?」
「内部構造まで、しっかりとイメージ出来ればね」
「んで、何で知ってんだそんな事?」
「そりゃあ、ここは私が元々住んでいた世界だしね」
「意味わかんねぇよ、ペスカ」
ため息をついて冬也はペスカを見やる。冬也の視線を感じ、ペスカは少し動揺した様に見える。それを察したのか、ひとまず冬也はペスカを追求する事は止めた。
そしてペスカに教えられた通りに、魔法の練習しながらも森の探索を続けた。森を探索し始めて数刻後、生物が次々と襲って来る様になった。
胴から裂ける様にして二つの頭を持つ蛇や、冬也よりも大きい体の蜘蛛や、サイズこそ小さいが無数にまとまって襲ってくる虫など。それぞれが等しく、二人を餌と認識しているのは明らかだった。
「来たよお兄ちゃん」
「わかったペスカ。いけっ炎弾!」
冬也は炎の塊を蛇に投げつける様にイメージをして、魔法を放つ。冬也の手から放たれた炎の塊は、勢い良く双頭の蛇に向かう。双頭の蛇は体を曲げながら、炎の塊を避ける。
「くそっ、外したか。もう一度だ、炎弾」
次に冬也が放った魔法は、かなり小さく空中で掻き消える。
「お兄ちゃん、もう少し体の中で、マナを膨らませるんだよ。マナが足り無いから、威力が低いの」
冬也はペスカに言われた事を反芻する様に、体内に流れる力をコントロールする様に意識する。再び放つ炎の塊は、掻き消えた時の数倍は大きく、双頭の蛇を丸ごと呑み込む様にぶつかる。やがて炎の塊は、蛇を燃やし尽くした。
「やったね、お兄ちゃん。凄いね」
冬也は、マナを高める訓練の成果を実感していた。実際に冬也が放った魔法は、火だけではない。風であれば鋭い刃を、水であれば強烈な放水をイメージして魔法を繰り出した。
風の刃は頑丈そうな蜘蛛の糸を切り裂き、水の魔法は蜘蛛の体を吹き飛ばす。中には、気配を見せず突然現れ、冬也が先手を取れない生物もいた。
しかし冬也は鍛え上げられたその身体能力で、繰り出される攻撃をいなして反撃を行った。引っ切り無しに生物から襲われる、冬也の魔法は戦闘を行う度に精度を上げていった。
最初の戦いこそ動揺があったものの、練習のおかげか魔法の扱いに慣れ始め、戦闘に余裕が生まれ始めていた。
地球では有り得ないサイズの昆虫や、獰猛な牙を生やした動物の出現に、流石の冬也もここが異世界なんだと、納得せざるを得なかった。
父親に格闘技を仕込まれた冬也は、戦いの場において立ち回れる、ある程度の実力が有った。しかし、それはあくまでも人を相手にした場合であって、仮に地球上であったとしても、肉食動物と渡り合うものでは無い。生死をかけた戦いの連続は、冬也に過度の緊張を強いる。そして肉体と精神を激しく消耗させていった。
襲い来る生物に対し、振るうのは己の拳だけでは無い。未知の力とも言える魔法は、冬也の少年心をくすぐるものでもあった。戦いに慣れ、魔法に慣れる頃には、小型の生物は楽々倒せるほどに、冬也は成長していた。
しかし、時に余裕は人に油断を生む。戦いにおいて、僅かな油断こそが命を取りかねない。そしてその時は、刻々と迫っていた。
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