第三話 最初のバトル 後編
「魔法って言うのが存在するの。詳しくは後でちゃんと説明するから、取り合えずお兄ちゃんは使える所までやってみて」
そりゃあ、此処が本当に異世界と言うなら、魔法くらいは存在しても良いだろう。しかし、やれと言われて直ぐに実践出来るものでも有るまい。
その魔法とやらが実際に出来るのならば、今までだって何らかの形で出来たはずなのだ。十年と少しの人生の中で、命の危機に晒された事は指の数だけじゃ足りない。そんな状況下に有っても、そんな奇跡のような力は発動する事が無かった。
「先ずは集中して! 火の玉をイメージするの」
「火の玉? 何言ってんだペスカ!」
「良いから、言う事聞いて。私を信じて! 火の玉を具体的にイメージするの」
ペスカの意図が、冬也にはさっぱり理解出来ない。だが冬也はペスカに言われた通り、頭の中で炎の塊をイメージする。ガスコンロの火、燃え盛るたき火、果てや火山から噴き出るマグマ。イメージを膨らませるだけなら、多くの要素が現実には存在する。
それが実際に見たか、映像だけ見たのかは重要ではない。火の玉というのが今現在、具体的に実在する事をはっきりと認識するのが重要なのだ。
そして不思議な事に、イメージを膨らませる度に、自分の体に不思議な力が流ているのを感じた。
「イメージ出来た? そしたら手のひらに有る火の玉を投げるみたいにして」
冬也は、頭で中でイメージした炎の塊を、ボールを投げる様に意識して腕を振るう。すると自分の中に流れる力が集まり、炎の塊が具現化される。
「なんか出た! なんか出たよペスカ」
「それが魔法だよお兄ちゃん。やっぱりやれば出来るじゃない」
「魔法ってお前」
「集中してもう一回やってみよ。それと魔法を放つ時は、名前を叫ぶと上手くいくよ。頑張れお兄ちゃん」
何回か火の玉を飛ばしている時だった。不意に冬也はそれを止め、ペスカに視線を送る。
「どうやら騒ぎすぎた様だな」
「うん。囲まれてるね」
冬也と同様にペスカも気が付いていた。二人を囲う繁みには多くの生物らしき気配がする。恐らく火の玉を連発した音と、先に冬也がウサギの角を折った音に反応したのだろう。
二人を囲む生物らしきもの達からは、獲物を見る様な鋭い視線を感じる。
戦うか、逃げるか。周囲を囲まれた中、しかも相手が何物なのかわからない。そんな状況で逃げ切れるとは思えない。かと言って戦って確実に勝てるとも思えない。
そんな中、ペスカは意外なほどにあっけらかんとしていた。
「さぁお兄ちゃん! いってみよ~」
「何をだよ!」
「火の玉を連射して、奴らを殲滅するのだ~」
「おい! って」
会話を続ける暇は無かった。草むらから続け様に何かが飛び出してくる。それが角ウサギだけなら、さして緊張はすまい。
出てきたのは異様にカラフルな蛇やら、小学生低学年の男子位の大きさは有る蜘蛛やら、足が異様い巨大な空飛ぶ昆虫やらだ。
それが生物なのか虫なのかは、この際どうでもいい。それが自分達を狙って今にも食らわんと大きな顎を広げている事だ。
「くそっ、やるしかねぇか」
その数が一匹や二匹なら、冬也は軽々と対処してみせただろう。だが、その数は十匹では留まらない。
そして冬也はペスカを背に隠す様にして、覚えたての火の玉を見慣れない生物に向かって放つ。
一つ目の火は掠りもせず、空を舞って木に直撃した。二つ目の火は、かろうじて蜘蛛っぽい何かに掠り、その体を燃やし尽くした。三つ目の火はカラフルな蛇に直撃し、その体を黒こげにした。
少しずつ命中精度が上がっていく。すると、襲ってくるもの達は警戒を強め、冬也から少し距離を取り始めた。その瞬間である、冬也はペスカに対し言い放つ。
「ペスカ! 逃げるぞ!」
その言葉と共に、冬也はペスカの手を引き走りだそうとする。実に賢明な判断だ。しかし、ペスカはそれに応えようとしなかった。
「いやいや。角ウサギ程度の小動物相手に逃げるなんて、お兄ちゃんらしくないよ」
ペスカの言葉は、冬也を驚愕させたに違いない。冬也が幼少期より何度もアマゾンの奥地から生還したのは、偏に慎重であったから。
危険を冒してまで戦うのは愚の骨頂だ。それでは命が幾ら有っても足りない。それなのにペスカは逃げようとしないどころか、その場から動こうとさえしない。
おかしい。カラフルな蛇は毒を持っているに違いない。蜘蛛や飛んで来る変な虫も、同様に毒を持っているだろう。万が一にも噛みつかれたら、そこで人生は終了だ。
それに、木々が味方とは限らない。何せ花弁は牙の様なのだ。襲われてもおかしくない。今は正に四面楚歌そのものなのだ。安全である保障など何処にもない。
ましてや、自分が放つ火の玉も安全ではなかろう。木々に燃え移り森林火災になれば、一巻の終わりだ。
それなのに何故ペスカは……。
魔法とやらに全幅の信頼を置いているのか?
こんなまやかしみたいなものに?
冗談じゃない!
だが、こんな事を考えていても、事態は一向に進展しない。
そう、今やるべき事ははっきりとしている。冬也は、再び周囲に向けて魔法を放つ。一匹、また一匹と丸焦げにしていく。冬也は無我夢中であった。死を伴う緊張の中、慣れない魔法での戦いを強いられたのだ。さもありなん。
そうして半数程が姿を消した時だ、襲ってくるもの達は冬也に背を向けて逃げて行った。そして冬也は深いため息を着いて地面にへたり込む。
「お疲れ~、お兄ちゃん。やっぱりやる子だね、お兄ちゃんは」
「あぁ、ありがとうペスカ。怪我は無いか?」
「お兄ちゃんが守ってくれたし大丈夫」
冬也はペスカに危険が及ばなかった事に安堵していた。だがここは見知らぬ森、自分達を襲って来る脅威がこれで終わりとは限らない。やや怠さが残る体を奮い起こす様に、冬也は立ち上がった。
だがこの事態は、やっぱりおかしい。日本では見た事も無い植物、見た事も無い生物達、自らが放った炎の塊。現実で有る事は間違いないが、何か妙な事が起きている。それはいったい何だ。ペスカは何を隠してる。冬也の中で疑問が膨れ上がり、ペスカに問いかける。
「わかったペスカ。これ昨日の夜にやったゲームだろ。お前に付き合わされたVRゲーム。良く出来てるな~。兄ちゃん引っ掛かっちゃたよ、ビックリ大成功だな」
「お兄ちゃん、馬鹿なの? 一緒に玄関から外に出たでしょ!」
「いい加減にしないと、兄ちゃんだって怒るぞ。夕飯はお前の嫌いな、ネバネバ尽くしにするからな」
「ネバネバ嫌いはお兄ちゃんも一緒じゃない。馬鹿なの?」
「じゃあ何なんだよこの状況! お前なにか知ってんだろ?」
冬也は思わず怒鳴り散らしていた。ペスカと暮らし始めて十年間、叱る事はあっても、ここまで激しく怒鳴った事は無い。激しい口調で問い詰められ、ペスカは瞳に涙をいっぱい浮かべ俯く。
やがてペスカの瞳から、大粒の涙がポロポロと零れだした。
「ばか~! お兄ちゃんのばか~! そんなに怒鳴る事ないじゃない! 嫌い~! お兄ちゃん嫌い~!」
「ご、ごめんペスカ。兄ちゃんが悪かったごめん」
ペスカが泣き止み機嫌が収まるまで、あれやこれや色んな手で、冬也は宥めすかす。ペスカが落ち着くのを見計らうと、今度は優しく話しかける。
「なぁペスカ。知ってる事があったら、兄ちゃんに教えてくれないか?」
「ぐすっ。良いよ。ぐすっ。何が聞きたいの?」
「ここは何処だ?」
「異世界。ぐすっ」
「それじゃ話になんね~よ。そう言えば旅行、駄目になっちゃったな」
「大丈夫。ぐすっ。目的地ここだから」
「はぁ? 何言ってんだお前」
「だから、目的地はここって言ったの」
冬也は、やはりペスカの言葉の意味を、理解が出来なかった。これは唯の始まりに過ぎない事を、冬也は知らない。そしてペスカでさえも、待ち受ける困難を想像しきれていない。
やがて二人は、世界を揺るがす大波乱に巻き込まれていく。これは、兄妹の冒険の始まりに過ぎなかった。
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