第二話 最初のバトル 前編
光が消えても、冬也は暫く身動き一つ取れずにいた。それも仕方有るまい。なにせ玄関の扉を開けたら、見知らぬ光景が広がっていたのだから。
それが一瞬の出来事で、直ぐに見慣れた風景に戻ったのなら、白昼夢か何かだと思うだけだ。しかし、一向に見知らぬ風景は目の前から消えてくれない。
こんな時、普通の人ならばどういった行動を取るのだろう。ドッキリだと思い、隠しカメラを探すのだろうか。それとも慌ててスマホを取り出して、電波が通じるか確認するのだろうか。はたまた、「やったぜ異世界! これからチート能力でやりたい放題だぜ!」と意気揚々に探索を始めるのだろうか。
恐らくどれも違う。人はそんなに上手く頭を切り替えられない。異質な状況に、直ぐさま対応する事は叶わない。只々呆然とし、現実逃避をするだけだ。
何せ目の前に映るのは、見慣れた住宅街では無い。鬱蒼とした森の中だ。勿論、自宅が辺鄙な場所に有るわけではない。一応は東京都で、閑静な住宅街に存在する普通の家だ。自宅を出たら森の中なんて、あり得る訳がない。
何度も瞬きしても、目の前の風景は変わらない。そのあり得ない事態は、冬也のキャパシティーを超えていた。
もしかして現在のVR技術なら、この有りえない現実も可能にするのだろうか。まさか流石にそんな大げさな事を誰がする?
もし、これが悪戯なら? 例えばペスカが自分に気が付かれずに、VRゴーグルを嵌めたとか。それも有りえない。それなら冬也は気が付くはずだ。
それとも、これも夢なのか?
茫然としながらも脳の一部は危険を察知し、異常な程に回転を始める。しかし、一向に脳の処理は現実を把握しきれずにいた。
「・・・ちゃん、・・いちゃん、・にいちゃんってば」
五分位は経っていただろうか。棒立ちの冬也の耳に声が届く。声が聞こえると共に、段々と冬也の意識がはっきりとしてくる。
「お~い! おに~ちゃん~! おにいちゃんや~い。聞こえてますか~?」
「あ、あ、あぁ! ペスカか? ちゃんと居るのか?」
「居るよお兄ちゃん。さっきからず~と呼んでるのに」
冬也は未だ身に降りかかった異常事態を、整理しきれていなかった。ペスカの呼びかけには答えていたが、心は現実を拒否していた。
いかに知識が乏しかろうと、誰しもがイチョウや楓の木くらいは見た事が有ろう。だが、そんなありふれた木々は何処にも見当たらない。
光がほとんど差し込まない森の中には、見た事の無い毒々しい色の実を付けた木々が生えている。周囲を飾る花々は、まるで牙でも生えているかの様に花弁を開いている。
まさが本当に夢なのか?
でも、この生暖かく頬を撫でる風が、夢だとは思えない。
現実か?
現実に、こんな事が起こってたまるか!
すこしずつ冬也は現実に引き戻されていく。そして、覚醒した冬也の脳裏を過るのは、ペスカの安否であった。
明るい声は聞こえていた、だから安全だろう。しかし、この異常事態の中で何が起こっているかわからない。
冬也はいったん落ち着こうと、深呼吸をする。そして無事を確認する為に、ペスカの方へと顔を向けた。それでも動揺しているのか、冬也の声はやや上ずっていた。
「ぺ、ペスカ! 痛い所無いか? 苦しいところは? 頭とか大丈夫か?」
「平気だよ。ってゆうか平気じゃないの、お兄ちゃんでしょ? 何度呼んでも無視するし」
冬也はその時、先の出来事を思い出す。玄関を開けたら光が差した。そうだ、玄関はどうした?
冬也が慌てて振り向いても、有るはずの玄関は消えている。その時やっと、冬也は見知らぬ場所に取り残されている事を自覚した。
「なぁペスカ、玄関無くなってねえか? ってかここ何処だ?」
「う~ん。異世界?」
「はぁ? 何言ってんだペスカ! 異世界なんて有るわけ無いだろ!」
「じゃあ、お兄ちゃんは何処だと思うのよ」
「アマゾンなら行ったことが有るし、アフリカの奥地とか?」
「馬鹿だな~、お兄ちゃんは。こんな変な植物が、地球に生えてる訳無いじゃない!」
ペスカが指を指した先には、冬也も見た人食い植物に似た異様な植物。だが、呆れるほど呑気なペスカの態度に、冬也は些か疑問を感じた。
「ペスカお前、なんか冷静だな」
「う~ん。お兄ちゃんが役立たずだしね」
「何か隠してるのか? 怒らないから、全部話してみろ」
「あはは、やだな。お兄ちゃんってば、アハハ」
「話す気はねぇのか? でも、場所がわからないなら帰る事もできねぇんだぞ」
「だから、異世界って言ってるじゃない。信じてないお兄ちゃんが悪いんだよ」
ペスカの言っている事が、冬也には全く理解出来ない。異世界なんて有るはずが無い。もしかすると、冬也が感じていた胸騒ぎめいた予感は、これを示唆していたのか?
薄々とではあるが、冬也はこの場所から容易に帰る事が出来ないと感じていた。
「まあ、此処にいても仕方ないし、取り合えず森を出るか! そうすれば帰る方法も見つかるかも知れないしな」
「そうだね、お兄ちゃん。レッツ異世界!」
「元気だなペスカ。隠し事は今の内に話せよ。そうじゃ無いと、すげぇ痛いお仕置きするからな!」
そうは言っても、どちらに進めば良いのだろう。冬也が周囲を見回していると、不意にペスカを静止させる様に手を伸ばす。
「何かいる」
冬也がそう言った瞬間に、繁みの中からガサガサと音がした。冬也はペスカに目くばせをした後に、気配を消して足音を立てないように繁みに近づいた。
そして冬也はスッと繁みに手を突っ込むと、音の主を捕まえたのか繁みの中から何かを取り出した。
「ウサギ? それにしちゃあ角が生えてるけど」
その容姿は地球に存在している物と似ているが、明らかに違う生物だった。グルゥ~と低い声を上げて、鋭い歯をむき出しにしている。頭部には、刺されば致命傷確定と思える程、尖った角が生えている。
冬也が首根っこを掴んでいる為、襲われる事はなさそうだが、いつでも飛びかかれるとばかりにこちらを睨んでいる。
「いや、流石はお兄ちゃんって感じだけど」
「まぁ、この位は捕まえられねぇと、生きていけなかったしな」
「パパリンのおかげだね」
「おかげとか言うな。それよりこいつ、焼いたら旨そうだな」
「美味しいよ。この辺に生息している小動物だし」
「何にせよ、この角だけは折っとくか」
そう言うと、冬也はもう片方の手で角を握りしめ、力を込めて砕くようにして角を折った。バキッと大きな音が辺りに響き渡る。
「お~、まさか角ウサギの角を、道具も使わずに折る人は初めて見たよ」
「それなりに握力はあるからな」
「因みに何キロ?」
「右が百位で、左は百二十位は有ったかな?」
「もう、一般人じゃないね。元々、野生児そのものだけど」
「まぁでも、無事なら良いじゃないか」
「お兄ちゃん! 甘い! 甘すぎるよ!」
「何がだよ?」
「だってさ、もうわかってるよね。ここは日本でも地球のどこかでも無いんだよ。お兄ちゃんの常識は通用しないんだよ!」
「それで?」
「だから、お兄ちゃんが今までしてた狩りの方法は一旦忘れてね」
「どういう事だよ?」
「だからさ、この異世界にふさわしい戦い方を、私が伝授してあげよう」
「胡散くせぇなぁおい。お前が教えてくれる戦い方ってのはどんなんだよ!」
「ふっ、青臭いガキに教えてやるのは勿体ないが」
「いいから話せ!」
それは売り言葉に買い言葉というべきか、それとも単なる悪ふざけが過ぎたというべきか。いずれにせよ冬也は痺れを切らした様に、ペスカの頭を軽く小突く。
そしてペスカは頭を擦りながら、少し涙を浮かべつつゆっくりと口を開いた。
「魔法って言うのが存在するの。詳しくは後でちゃんと説明するから、取り合えずお兄ちゃんは使える所までやってみて」
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