決意した、自由くん
「葵色ちゃん、保留にしてた天方くんへの返事はどうなったの??」
賑わっている食堂で、食い気味に聞いてくる彼桜ちゃん。
「う、えっとね、それが、まだなにも言ってなくて…」
「え!?もうだいぶ経ったよね!?天方くん、待ってるんじゃない…?」
そ、そう、なんだけど…。
自分なりに色々考えても、全然答えが出ないんだ。
とにかく、好きって気持ちが難しすぎる…。
「悩んでるんだったら、話してみなよ。この彼桜先輩が、どーんと聞いてあげる!」
彼桜ちゃん、これまで何人か付き合ってた人いたもんね。
何かわかることがあるかも…?
私はそう思って、これまでの気持ちを整理しながら話し出した。
「なんかね、渚先輩といるときはなんともないのにね、自由くんと一緒にいるときは、すごくドキドキしたり…。あ、あと、自由くん、すごく優しくて、反対してた部員集めも、今じゃ、私より熱心にやってくれてて。そんな姿を見てると、なんかこう、胸がキュッてなって…」
彼桜ちゃんは、私の話に最後まで耳を傾けてくれた。
そして、出てきたのがこの言葉。
「はぁ……、葵色ちゃん、鈍感すぎ」
え……。
彼桜ちゃんは、真剣な顔で続ける。
「これさ、私が言うより、どれだけ時間がかかっても自分で気づいたほうがいいって、さっきまで思ってたけど。でも、さすがにそこまできてて気づかないのは、天方くんが不憫になったから、言っちゃう。
____それさ、もう天方くんのこと、好きなんじゃん?」
好き…、これが?
「うん、どう考えても。他の人にはならないのに、天方くんにだけ心臓が反応するんでしょ?」
うん。
「あ、あと、つい目で追っちゃったりとか」
あ、それめっちゃあるかも…。
「でしょ?ってことで、診断は、恋!」
そっか、これが好きって気持ちで、恋…、なんだ。
「そうと決まれば、さっそく天方くんに返事しなきゃだよ!」
「え、いや、でも、もしかしたら、返事を先延ばしにしてる私に愛想尽かしたかもしれないし…」
「話を聞いてる限り、そんなことは絶対ないと思うよ。天方くん、絶対、葵色ちゃんのこと特別に想ってると思う」
とく、べつ…。
そうだといいな。
「あっ、そういえば、手話同好会って、文化祭でなにかイベントやるんだっけ」
「うん。校内にいる私と、渚先輩と、自由くんを見つけて、手話で何を言っているのかわかったらスタンプがもらえるって感じのものをやろうって」
「それだよ!その文化祭で、告白しちゃおう!」
え、告白!?私から…?
「待ってても始まらないよ。自由くんが誰かに取られてもいいの?塩対応だけど、そこがいいって女の子たち、結構いるよ?」
そ、それはいやだ…。
「でしょ?じゃあ決まり!文化祭、楽しみになってきたー!」
彼桜ちゃんは、目をキラキラさせている。
私も、そろそろ覚悟を決めないと。
あれだけ、その、好きだって言ってくれている自由くんの気持ちが変わってないと信じることにする…!
side 自由
梅雨はもうすっかり明けた7月。
ちはや学園の文化祭の日。
快晴の空の下、生徒、他校の人、保護者など、大勢の人で賑わっている。
手話同好会は今回、葵色とあいつと相談して、イベントを開催することになった。
2人には、俺の耳について他人に打ち明ける機会を作ってくれたことに感謝してる。
俺は今、ドラキュラの仮装をして、校内を歩き回っている。
なんでドラキュラになんかなったかというと、葵色が、絶対にこれを着ろと言ったから。
あの喜んだ表情が見れるなら、いやではない。
葵色とあいつも、仮装をしている。俺たち3人を見つけて、手話の意味がわかったらスタンプがもらえる。3つ集まるとお菓子と交換できる仕組みだ。
ただ…、葵色のあの仮装は、正直言って、誰にも見せたくなかった。
____かわいすぎて。
常春さんが、張り切ってもってきた『不思議の国のアリス』の衣装は、葵色に似合いすぎて、男が放っておくはずがない。
しかも、普段はしないメイクまでするもんだから、もう……、気が気でならない。
俺は、無意識に葵色を探していた。
すると、なにやら男たちが群がっているのを発見。
あれ、絶対葵色だ…。俺は直感する。
すぐさま近寄って行くと、葵色は笑顔で手話のクイズを出していて、さらに虫を惹きつけている。
あー…、やっぱり…。
俺は慌ててその虫どもを追い払うべく、割って入った。
『葵色、スタンプ順調?』
しっかり手話で話しかけることも忘れずに。
葵色は、少しびっくりしたような顔をして、
『あ、うん、だいぶたくさんの人に押したよ!自由くんは…?』
きっと心配しているのは、スタンプのことじゃなく、耳のことを言えたか、だろう。
『うーん、まあまあ』
俺はそう言って、答えを濁しておいた。
実は、まだ誰にも言えていない。
打ち明けるのが本当の目的だとは言え、向こうから聞いてくれないと、どう切り出せばいいのかわからない。
すると、男たちが騒ぎ出した。
「え、ぜんっぜんなんて言ってるかわかんねー。これ、難易度高くね?」
「もしかして、クイズじゃないとか?まさかほんとに耳、聴こえてねーんじゃねーの?」
群がっている男たちからどっと笑いが起こる。
葵色は、心配そうに俺をみる。
___大丈夫、こう言われるかもしれないことは、承知の上だ。
「そのまさかだけど、なにか?」
「え?」
やつらは一瞬にして静まり返る。
「耳、聴こえてないけど、どうかした?」
そして少し狼狽始めた。
「マジで聴こえてないのかよ」
「なんか、声がそうっぽいな」
「てか、この人、天方自由じゃね…?」
「え、あ、マジじゃん!」
「やば、天方って耳聴こえてねーんだ」
「かわいそう」
ヒソヒソやっても口が見えてたらわかる。
こいつらはそれを知らないんだろう。
また、1人が口を開こうとしたそのとき。
葵色が、俺の服をぎゅっと握った。
俺はびっくりして葵色を見る。
「あの、それぐらいにしてもらえませんか。自由くんは、手話同好会の部員がいなくて困ってた私を助けてくれた人です。人をバカにして笑うあなたたちのほうがかわいそう」
ちょ、葵色……。
葵色って、言うときはずばっと言うから…。
「は?なに説教してんの?」
「意味不明。ちょっと来いよ」
男たちが、葵色の服を掴もうとする。
そんなこと、させるわけない。
俺は、バシッとそいつの手を弾く。
すぐさま葵色の腕を引いて走り出した。
後ろから追いかけてくる気配がする。
俺はさらにスピードを上げた。
でも葵色、そろそろ限界そうだな…。
俺は廊下を右に曲がる。
そして、さっと階段の後ろに、葵色を入れて、自分も隠れる。
男たちの、足音が遠ざかって行く。
よかった、無事撒けたみたいだ。
「あ、あの……、自由くん、手…」
え、あ…。
「ごめん」
さっと手を離す。
心臓がやたらと速いのは、走ったからだけじゃない。
『葵色、言い過ぎ。ああいうやつらは、ほっとけばいい』
すると葵色は、真剣な眼差しで、俺を見上げる。
『だって、自由くん、すごく傷ついた顔してたんだよ…?せっかく勇気を出したのに、あんな言い方、私が許せなかったんだ』
…っ。
はぁ……、葵色ってどこまで…。
『優しい、葵色は。ほんとに、俺がどれだけ救われたか、知らないでしょ』
葵色は、あはは、と笑う。
『自由くんだって、私がどれだけ自由くんに助けられたか、知らないでしょ?』
お互い様だよ、と葵色はまた笑う。
俺は、思わず、その小さな体を自分の腕の中にすっぽりと収めた。
「ありがとう、葵色」
俺は葵色の耳元で、心からそう言った。
ぎゅっと、抱きしめられる感覚がする。
え……?
「こちらこそ」
何を言ったのかは、わからなかった。
だけど、なんとなく、わかったような気がした。
俺は、少し体を離して、葵色の顔を見る。
『好き』
なんどそう思って、なんどそう伝えたかわからないほど、溢れ出る言葉。
すると、葵色は、耳まで真っ赤になって。
『私も______________
自由くんのことが、好き』
その手から紡がれた言葉を、俺は見間違えたかと思った。
『ほんと…?』
こくりとうなずく、葵色。
『俺の好きは、恋愛で、の意味だけど』
一応の確認。
それを見た葵色は、むすっとした表情になって、
『私もそうだよ。自由くんに、その…、恋、してます…』
……っ、なにそれ。
今のは反則…。
お互いに、真っ赤になって、目が合った途端、2人ともふっと吹き出して、笑い合った。
『葵色______________』
一番初めに教わった手話で、一番の気持ちを伝える。
『______好きです。俺と、付き合ってくれますか?』
葵色は、涙で目を赤くしながら、
こくりと頷いた。
『もちろんです!』
泣きながら、葵色は一番の笑みを俺にくれる。
俺は、そっと顔を近づけて。
葵色は、きゅっと目をつぶる。
夕日が差し込む階段裏。
俺は葵色の唇にそっと、キスをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます