やきもちな、自由くん
『俺、今日、朝、姿幸に置いて行かれた』
『あ、確かに今日2人一緒じゃなかったね。何かあったの?』
『いや、俺が遅れただけだから、自業自得なんだけど』
『笑笑 2人って仲良いよね』
手話同好会が発足して、はや2週間が経とうとしている放課後。私と自由くんは、いつも通り、手話で会話をする練習をしていた。
そして、びっくりすることに、自由くんの上達スピードがとっても早い!
もう日常会話は問題なくできて、私の方が置いていかれちゃうかもってレベル。
それに、最近の自由くんは、よく笑うようになった。
私は、それが一番嬉しい。
『葵色?どうかした?』
自由くんの手が、私の視界に入る。
『あっ、ううん、なんでもないよ。それより、手話同好会の部員募集、どうしよっか』
今後のためにも、部員はある程度いた方がいいよね。
『俺は、今のままがいいけど。葵色と2人っきりがいい』
頬杖をつきながら、私の顔を覗き込んでくる自由くんに、私の心臓が早鐘を打つ。
…っ、な、なななない言って…。
表情豊かに、感情が表に出せるようになったのはいいけど、こういう甘いセリフは、心臓に悪いよ…。
『よ、自由くん、現実的に考えて、私たち2人だけじゃできることも限られちゃうんだ。私は最低でもあと1人はほしいんだけど…』
『ふーん、まぁ、そこは部長に任せるけど』
ちょっと不満そうな自由くん。
まあでも、納得してくれたことだし、本格的に部員集め始めよう!
と、意気込んだのはいいものの……。
これが、なかなかうまくいかない。
ポスターをつくって廊下に貼ったり、クラスのみんなに配ったり、といろんなことをやってはみたんだけど…。
「はぁ……」
やっぱり手話って人気ないのかなぁ…。
私は、誰もいない教室で1人、ため息をつく。
「どうしたの?」
突然後ろから声がして、振り返ると……
そこには、いかにも美少年って感じの男の子が立っていた。
さらさらの、金色に近い髪。スッと通った鼻筋。シュッとした二重。
こんな人、学年にいたっけ…?
そう思って、彼の足元に目を落とすと、青色のスリッパを履いている。
この学校では、スリッパの色で学年がわかるようになっている。赤色は一年生、黄色は二年生。そして、青色は三年生。
あ、先輩か。どうりで見覚えがないわけだ。
「俺でよかったら、話聞くよ?あ、俺、
そう言って手を差し出し、にこりと優しく微笑む渚先輩。
私は、その手を取ってしまった。
ぎゅっと握られて、握手する。
「あ、わ、わたしは、1年の天ヶ瀬葵色といいます…」
「ふふ、葵色ちゃんか。それで、葵色ちゃんのさっきのため息はなんだったの?」
「え、っと…」
私は、恐る恐る、今までの部員集めの経緯を渚先輩に話した。
「って、こんなこと話しても、困りますよね…。すみません」
「いや、全然。話してくれてありがとう。うーん、どうしたらいいかなー」
先輩は、なにやら真剣に考えてくれるよう。
関係ないことに巻き込んでしまったかも…。も、申し訳ない…。
数秒後、あっ、という先輩の声で私が顔を上げると、ニコニコ笑った先輩。
「じゃあさ、俺が手話同好会に入るよ」
………え!?
い、いやいやいやいや、さすがにそれは…!
「なんで?葵色ちゃんは、部員がいなくて困ってるんだよね?」
う、いや、そうなんですけど…っ。
「せ、先輩、3年生ですし、受験とか色々忙しいと思いますし…」
「いや、全く?」
え!?即答!?
「俺、もう大学決まってるんだよね」
ええ!?
まだ6月ですけど…。
「あんまりわかんないかもだけど、実は俺、ハーフで。父親がヨーロッパの方で、母親が日本人」
ハーフ…。確かにそう言われれば、目元がそうっぽいかも…?
どっちにしろ整った顔であることに変わりはないです。
「それで、向こうの大学に行くって決めてて、あっちは9月始まりだからさ、もう入試も終わってる」
今さらっと言ったけど、海外の大学ってことは当然言葉がペラペラじゃなきゃダメだよね…。
すごい。
私なんか、英語も上手く話せないのに。
「だから、まぁ8月いっぱいまでだと思うけど、葵色ちゃんの力になれると思うんだよね。どう?」
先輩は、考える私の顔を覗き込んでくる。
ち、近い…。海外に慣れてるとこんな感じなのかな…?
私はちょっと距離をとりつつ、
「え、えっと、それはもちろん助かるんですけど…」
なんというか、やっぱり自由くんとも相談しないと、
「じゃ、決まりってことで!よろしく、葵色ちゃん。俺ちょっとこの後予定あるから、もう行くねー」
え、え、え、ちょっと待って……
「せ、せんぱいー!」
その声が、走っていった渚先輩に聞こえるはずもなく。
こうして、私は、念願の部員(?)を手に入れたのだった。
『3年の部員?しかも男って…』
翌日、放課後。
手話同好会の部室にて、自由くんはちょっと怒り気味。
『勝手に決めちゃってごめん。やっぱりちゃんと話し合ってからの方がよかったよね…』
『そういうこと言ってるんじゃなくて、俺は…』
自由くんが、いつもより強めの手話で、何かを続けようとした、そのとき。
ガラッとドアが開いて、入ってきたのは…。
「昨日ぶり、葵色ちゃん。と…、へー、葵色ちゃんだけじゃなかったんだ、部員」
今日も今日とて、キラキラしたオーラを放つ、渚先輩だ。
そして……、なんでこんな険悪な雰囲気になってるんだろう…?
渚先輩と自由くんの間に、バチバチした何かが見える…。
2人ってもしかして知り合いで、仲悪い…?
私は、とりあえずこの空気をどうにかしようと、口を開く。
「あ、あの、すみません、言ってなかったですよね。こちら、私と同学年の天方自由くんです」
紹介された自由くんは、渚先輩を睨みつけたまま目を離さない。
対する渚先輩は、パッと自由くんから目を離して、私に笑顔を向ける。
「天方、ね。葵色ちゃんは、天方と仲良いの?」
え?
あ、えっと…。
仲が良いってどういうことだろ。確かに部員ではあるけど…。
どう答えようか迷っていると。
私は、急にレモンの香りに包まれた。
背中に体温が伝わる。
バクンと心臓が跳ねて、どくどくと速くなる。
え、よ、自由、くん…!?!?
なにして…。
「めちゃくちゃ、仲良いけど、なにか?」
その自由くんの爆弾発言に、私の心臓はもっと速くなって。
な、なんで…。治って、私の心臓…!
「ふーーん、なるほどね。じゃあライバルなわけだ」
「は?あんた、まさか…」
聞いたことがないくらい低い、自由くんの声が部室に響く。
心なしか、いつもより言葉も強いような…。
やっぱり、仲悪いんだ、この2人…。なんでかはわからないけど。
「ま、この話はここまでにしようか。それよりもさ、間違ってたら申し訳ないんだけど______天方って、耳、聴こえてない?」
渚先輩の問いかけに、自由くんは眉ひとつ動かさずに答えた。
「___だからなに。文句ある?」
「いや。初めて会ったなと思っただけ」
あ……。
私、なんでこんなことにも気づかなかったんだろう。
部員が必要ってことしか、考えてなかった。
手話同好会とはいえ、部員同士で会話することなんて日常茶飯事になるだろう。
私となら手話で話せるからまだしも、他の、手話が使えない部員とは、どうしても声が必要になる。
そうなれば、声を聞いて、自由くんの耳について気づく人もいるだろう。
自由くんは、耳のことを知られるのを嫌がってる。
なのに、私は……、それを、どうして……。
その後の活動は、あまり進まなかった。
渚先輩には、とりあえず指文字を少し教えて、その表を渡し、活動日時を伝えて、今日の活動は終了になった。
その間、自由くんは、一言も話さず、表情も全く変えなかった。
私は、自由くんに、謝りたかった。謝っても許してもらえないかもしれないけど、それでも話したかった。
渚先輩と別れた後、私は懸命に走って、自由くんの後を追った。
この前、帰りにカギを拾った道と同じところを帰っているはず…!
走って、走って、走る。
すると、また、あの角を曲がろうとしている自由くんの背中が見えた。
「自由くん、待って…!」
自由くんは、歩くのが速い。
私が走っても、少しずつしか追いつかない。
それでも走って、やっとのことで、自由くんのリュックを掴んだ。
はぁ、はぁ、はぁ…。
やっと、追いついた…。
自由くんが振り返る。
「どうしたの」
私は、ガバッと頭を下げて、口元が見えるように顔をあげてから、
「ごめん…!私が、自由くんがどう思うかも考えず、もっと部員集めよう、なんて言っちゃって…。そんなことしたら、自由くんの、耳のこと、知っちゃう人が出てくるのに…。現に、渚先輩にも知られちゃって…」
もう、どう謝っていいか、わからない。
私は俯いてしまう。
自由くんは、絶対、傷ついているはずだから。
もう、なんで、私は……、
そのとき、ポンっと頭に手が乗せられた。
「葵色」
自由くんの、優しい声が聞こえて、私は恐る恐る顔を上げる。
「葵色、なんか勘違いしてる」
え…?
勘違い…?
「俺は、別に耳のことをあいつに知られたのは気にしてない。遅かれ早かれ、誰かにはバレるって覚悟してた。それに、葵色と話して、そろそろ人に言ってもいいかなって思い始めてたし」
え、そ、そうだったんだ…。
じゃあ、なんで、あんなに怒って…。
私が困惑していると、頭上から、くすくすと笑い声がして、私は自由くんを見上げる。
「葵色って、鈍感」
え!?
ど、どんかん…?
褒め言葉じゃないよね…。
自由くんは、やっと笑い終わったかと思うと、
「あれはさ、その………、嫉妬してた、から…」
ちょっと頬を赤くして、恥ずかしそうにそっぽを向きながらそう言った。
自由くん、こんな表情もするんだ…。
というか、嫉妬…?それって……。
「あの、渚先輩、とかいうやつに。なんで下の名前で呼んでるわけ?いつの間にそんなに仲良くなったの?」
かと思ったら、今度は少しむすっとしながら愚痴をこぼすみたいに言う自由くん。
そんな彼に、私の心臓がまた少し速くなるのを自覚する。
と同時に、少し笑ってしまった。
「なんで笑ってるの」
「いや、あの、私たち、お互いに勘違いしてたんだなーって」
ポカンとする自由くんを、近くの公園のベンチに引っ張ってきて、私たちは腰を下ろす。
私は一呼吸おいてから、
「あのね、渚先輩の“渚”って、名前じゃなくて、苗字なんだ。下の名前は“五百”。渚五百先輩、だよ」
それを聞いた自由くんは、再び、ポカン。
そして数秒後、ため息をつきながら頭を抱えた。
「何それ、ややこしすぎる……。普通、“渚”って聞いたら名前だと思うから。はぁ……」
あはは、まぁ、確かに…。
「というか、男の時点でアウト」
「何も相談しないで決めちゃったのは、本当にごめん」
「いや、俺ももっと危機感持っとくんだった。葵色、かわいいし」
ん…?なんか、話が噛み合ってない…。
「ふふ、やっぱり葵色は鈍感」
なっ!
私、そんなに鈍感じゃないもん…。
けど、よかった…。お互いの勘違いがなくなって。
「あとさ。___さっきも言ったけど俺、耳のこと隠すのやめようと思う。近いうちに、クラスの人たちに言いたい」
そう、なんだ。
けど…。
「自由くん、無理、してない?」
残念だけど、誰もがみんな、ありのままの自由くんを受け入れてくれる人たちばかりではないだろう。
きっと、何か言われたりすることもある。
だけど、自由くんは、完全に吹っ切れている様子で私に微笑んで。
「ん、大丈夫。葵色がいるから」
っ、だから、そういうのさらっと言うのやめて…。
自由くんは真っ赤になっている私を見て、また少し笑っている。
もう……。
「それで、葵色に協力してほしい。なんというか、終礼とかで話すのは、堅くなりそうだから嫌。だから、手話同好会でなにかイベントみたいなのやって、そこでさりげなく伝えてみたいんだけど……」
「やるよ、協力するよ、全面協力!私にできることならなんでも言って!」
どんとこいだよ!
自由くんは、全面協力って… 、と呟きながらなにやらツボにはまってしまったよう。
そして、笑い涙を拭いながら、
「俺、やっぱり______葵色が好き、大好き」
やさしく、レモンの香りに包まれた私。
その腕の中で、心臓がドンドコドンドコ鳴り響く。
この音が、日に日に大きくなっているように思えるのは、気のせい……、かな。
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