なんだか甘い、天方くん

 次の日の放課後。

 私は天方くんと一緒に職員室にきていた。

 顧問のおばあちゃん先生が、快く同好会書類を持ってきてくれて、スムーズに事が進んだ。

 それにしても……、やっぱりこうなるよね…。

 私に集まる視線、視線、視線。

 なんであんなのが天方くんの隣に?と言いたげな目。目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだ。

 うう、自分から誘ったとはいえ、先が思いやられる……。

 そう思っているうちに、部室として借りることになった空き教室の前に着いた。

 私はもらったばかりの鍵を差し込んで、ガラッとドアを開ける。

 うっ、ほこり臭いっ。

 「ゴホッ、ゴホッ。これ……掃除から始めないとだね」

 まっていたホコリがようやく落ち着いて見えてきた、白い机や棚を一瞥して、私はチラリと天方くんを見上げる。

 目があった天方くんと、同時に肩をすくめた。


 「うう、ホコリ臭い……」

 ただいま、私と天方くんは、それぞれ掃き掃除と窓拭き中。

 天方くん、背高いなぁ…。

 上の方の窓も軽々と拭いている天方くんの背中。 

 なんだか、寂しそう…?

 気のせいだといいけど……でも……、。

 私の視線に気づいたのか、天方くんがこちらを振り返る。

 どうしたの?って顔だ。

 「ううん、なんでもない。さっ、早く終わらせよー」

 私は気を取り直して掃き掃除を再開する。

 すると……。

 ふわっとレモンっぽい匂いがして、温かい体温を背中に感じた。

 えっ、今私……天方くんに抱きつかれてる!?!?

 「あ、天方くん…!?どうし…、」

 ……っ。

 ふっと首に天方くんの息がかかって、私はビクッと固まってしまう。 

 「……ありがとう。今日は」

 天方くんは相変わらず私に後ろから抱きついたまま、そんなことを言い出した。

 えっ……と、鍵のことかな?

 私は、天方くんの方を振り返る。

 って…、ち、ちかい!!

 天方くん、まつ毛長いなぁ……じゃなくて!

 「かぎ、のこと?」

 私は、ドギマギしながらもなんとか声を絞り出した。

 天方くんは、なぜかふっと嬉しそうに笑って。

 「あー、うん、それもあるけど」

 「けど…?」

 そのほかに、私なにか感謝されるようなことしたっけ?

 考えてみるけど、思いつかない。

 そんな様子の私を見て、天方くんは、またとびきり優しい笑みを私に向ける。

 って、だから、この近さでその笑顔は、心臓がもたないよ…!

 「葵色が覚えてないなら、いい」

 うっ、プラス名前呼び!?

 イケメンの破壊力って、恐ろしい……。

 「それよりさ……、葵色、気づいてるよね。俺が____耳、聴こえてないって」

 私は、その言葉にハッとする。

 もしかして、気分悪くさせちゃった…?

 「ご、ごめんなさい……、余計なこと……」

 「違う。そうじゃない。逆」

 逆……?

 「すごいってこと。褒めてる。それと、結構嬉しかった」

 天方くんは、またふわっと笑う。

 えっ…?

 「幼馴染の___姿幸以外、誰も気づいてないのに。あんなに、近づくなオーラ出しまくってる俺を見捨てないで、ちゃんと見ててくれたことが、嬉しい」

 ……っ〜。もう、キャパオーバー。笑顔が、普段見ない笑顔を、ここでいっぱい見せるのは反則だよ…。

 だけど、だけれども!

 私は、天方くんに伝えないといけないことがある気がする。

 「近づくなオーラ……か。確かに、それは薄々…というか、結構気づいてた…かも。だけど…、それ以上に、私には寂しそう…というか、悲しそうなオーラも纏ってるように見えたんだ。天方くん、ずっと、窓の外を見てて。何を悩んでるのかなぁって」

 天方くんは、ハッとしたような表情になる。

 そこまで言って、私は急に恥ずかしくなってきてしまった。

 「あっ、いや、ごめんね、急にこんなこと言って。だけど……、その、悩んでることがあるなら、話してくれたら嬉しいなぁって。冷たい目で突き放す人もいるかもしれないけど、全員が全員、そんな人ばっかりじゃないよ。私だって、天方くんの痛みを、全部わかってあげられるわけじゃないけど……、話だけなら、聞けると思うから……って、わっ!?!?」

 あ、天方くん!?

 私がいい終わる前に、また抱きついてきた天方くん。しかも、今度は正面から。

 「ねぇ、葵色」

 「ひゃ、ひゃいっ!」

 耳のそばで名前を呼ばれて、私は思いっきり舌を噛んでしまう。

 そんな私に、天方くんはクスリと笑って、私の目を見て。

 「手話で、好きってどうやるの」

 えっ、いきなり手話の話…!?

 「えっと……、こう、だよ」

 私は、右手を自分の顎の下に持ってきて、そこからスッとすぼませながら下げる動作をする。

 天方くんは、それを見て、満足そうな笑みを浮かべた後。

 ゆっくり自分を指さして、そしてそのまま私に手を向けて____その後、その手を顎の下からゆっくり引いた。

 ………っ、え…?

 い、今のって…、私の見間違いでなければ……。

 あ、天方くんが、私のことを……す、好きってこと…!?

 「えっ、あ、えっ!?」

 「心の声、漏れてるよ」

 「え!?うそ…」

 恥ずかしすぎる……。

 「うそじゃないよ」

 天方くんが、真剣な目を私に向ける。

 「俺は____葵色が好き」

 その目が、冗談ではないと教えてくれる。

 ほ、ほんと…、なんだ…。

 いや、まだ全然信じられない。

 それに、私……、天方くんと、今日話したばっかりだし…、それに、れ、恋愛対象としては見てないっていうか…。

 そんな私の戸惑いが顔に出ていたのか察してくれたのか、天方くんは教室では見たことのない優しい笑顔で口を開いた。

 「まだ返事はいいよ。葵色が、まだ俺を男として見てないことはわかってるし。その代わり」

 突然、天方くんの目が、キケンなものに変わる。

 「____覚悟してなよ」

 ずいっと顔を寄せてきた天方くん。

 「あ、天方くん、ち、ちちち近いです……!」

 ずいーっと出した私の手をひょいと掴んで何事もなかったかのように迫ってくる彼。

 「……より」

 …へ?

 「自由よりって呼んで」

 「…え!?」

 い、いやいや、あの天方くんを、名前呼び!?

 「そ、そそそそれはちょっと……」

 「なんで。いいから早く」

 ええ……。

 でも、天方くんの捨てられた子犬のような目を見て、私は結局口を開いてしまう。 

 「………よ…」

 「よ…?」

 「…より、くん」

 「ん。よくできました」

 嬉しそうに笑うその笑顔を見ていたら、まあいっかって思えてしまうから不思議だ。

 その後、天方…じゃなくて、自由くんと掃除を再開して。

 ピカピカになった教室を2人で眺めて、ハイタッチをしたことは、私の一生に宝物だ。


 「ええ!?告白された!?あの天方くんに!?!?」

 「ちょっ、声が大きいよ、彼桜ちゃん」

 翌朝、8:00。

 まだ人が私たちしかいない教室に、彼桜ちゃんの声が響き渡った。

 よ、よかった…、誰もいなくて。

 「えっ、で、なんて返事したの!?」

 彼桜ちゃんは、目をキラキラさせて聞いてくる。

 そ、そうだった……、彼桜ちゃん、人の恋愛話には結構興味ある子だった…。

 「え、っとね、とりあえず、保留にしてもらった。ほら、自由くんとは、席は隣だけど、話したのは昨日の今日だし……」

 「まぁ、確かにそうだね。天方くんは、葵色ちゃんのこと、前から知ってたのかなぁ。それとも、一目惚れ!?」

 キャーっと勝手に1人で盛り上がってる彼桜ちゃん。

 戻ってきてー…。

 「あ、うわさをすればだよ」

 「えっ」

 教室のドアがガラッと開いて…、いつもの2人組、雨峯くんと_____自由くんが。

 今日も今日とて、女の子たちは黄色い悲鳴をあげ、自由くんは華麗にそれを無視。

 だけど。

 私と目が合った途端_____ふわっと笑う自由くん。

 女の子たちは、ぎゃーっと悲鳴をあげ、その場に倒れ込む子も。

 隣にいる彼桜ちゃんまでも、ぽっと頬を赤くしている。

 _____え、え!?

 今、私に微笑んだの!?

 い、いやいや、流石にないよね…と思い直して、私は下を向く。

 しかし……、自由くんは、そんなに甘くなかった。

 「ねえ、なんで無視するの」

 耳元で響く、低音ボイス。

 ビクッとして顔を上げると、目に飛び込んでくる、自由くんのドアップ。

 「へ!?」

 バクンと心臓が高鳴って、どんどこどんどこ踊り出す。

 い、いや治って!!私の心臓!

 よ、自由くんがいる、それだけだから!

 「え、っと、私に向かって微笑んだんじゃないと思ったから……」

 「なにそれ。俺が、葵色以外のことで表情変えると思う?」

 ええ!?

 そっちの方がなにそれだよ…!

 そんなこと、あるわけないじゃん。

 「あはは、信じてないな、その顔は。まあいいや、これからゆっくりわからせるから」 

 とびきりの笑顔を残し、隣の席に座る自由くん。

 覚悟って…、そういうことだったんですか!?

 私は今更ながらにその意味に気づいたのであった。

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