救世主、天方くん

 放課後。

 部活のある彼桜ちゃんとバイバイして、私は廊下を歩く。

 彼桜ちゃん、怒ってたなぁ。だけど、心配してくれてるんだよね。

 だけどさ、天方くんがいないところで、あんなひどいこと言うなんて、許せなかったんだもん。

 私は、職員室のドアを叩き、手話同好会の顧問の先生(なってもらう予定)に書類を渡して、部屋を後にする。

 私が、ここ、私立ちはや学園を目指した理由は、手話部があったから。私は小さい頃から手話が好きなんだけど、中学には手話部がなかったから、高校こそはって思ってたんだ。

 だけど……、いざ入学すると、手話部はないと言われて。

 詳しく聞いてみると、なんと、私たちの代と入れ替わりで卒業した3年生の代で廃部になってしまったらしい。

 で、結局、自分で作ることになっちゃたんだ。

 だけど……、人数が足りない。

 部員はまだ私1人。

 同好会を作るにも、最低2人は必要。

 なんとしても、あと1人、見つけないと!

 そう意気込みながら、寮へと向かう道を歩き始める。

 ここ、私立ちはや学園は、全寮制。

 だから、どれだけ近くに住んでいても、絶対寮に入らないといけないんだ。

 だけど、ここの寮、とても綺麗だから、快適だよ。

 そのとき。

 私のだいぶ前を歩いている人が、なにかを落とした。

 あれって……天方くん?

 間違いない、あの雰囲気はそうだ。なんだか、少し寂しそうな。

 天方くんは、角を曲がってしまう。

 あれ、結構音がしたけど、気づいてない…?

 私は、慌てて落とし物へ駆け寄る。

 それは、部屋のカギらしかった。

 え、これがなきゃ天方くん、部屋に入れないじゃん!

 「天方くん!」

 私は、少し前を行く天方くんに、呼びかけながら駆け足で近づいていく。

 だけど……。

 「天方くん、かぎ、落としたよ!」

 やっと追いついて、彼の後ろでそう声をかけても、天方くんは振り返らない。

 「天方くん!」

 私は、トントンっとリュックを叩く。

 すると、天方くんはやっと振り返った。

 彼は、キョトンとした顔で、私を見ている。

 天方くんと目があったの、初めてかも……、って、そんなこと今はよくって、

 「これ、天方くんのだよね?落としたよ」

 私は、はい、と鍵を差し出す。

 天方くんは、あっ、という表情をした後。

 「ありがとう」

 そう言って、ふわっと笑った。

 ドキッ

 天方くん、こんなふうに笑うんだ……。

 心臓がドクドクと動き出す。

 それと同時に、私は気づいた。

 この声質……。

 私、よく知っている。

 いつも、家で聞く声質。

 耳が聴こえない……、弟と同じ声質。

 もしかして………。もしかして、天方くんも耳が聴こえない…?

 そんなわけないか、と思う反面、そう考えると辻褄が合うことだらけだということに気づいていく。

 例えば…、さっき私の声に気づかなかったのも、クラスで誰とも話そうとしないのも。

 だけど……これこそ、根拠がない。

 天方くんに直接聞いたわけでもないし…。

 うーん……。

 そう易々と聞いてはいけない気がする。

 でも、天方くんが困っているなら力になりたい。

 どうしたら……。

 ……あっ!!

 私は、歩き出そうとしていた天方くんの服の袖を引っ張った。

 天方くんは、どうした?って感じで再び私を見る。

 「あの、天方くんって、もう部活入ってたりする……?」

 私は、なるべく口の動きを読みやすいように話すのを心がけながら言った。

 天方くんは、首を横に振る。

 「それじゃあ……、手話同好会入ってくれたりしない、かな…?」

 そう、私が思いついたのは、名付けて『天方くんを手話同好会の部員にしよう大作戦』!

 この作戦なら、私も、天方くんもWinWin!

 「私、手話同好会をつくりたいなって思ってるんだけど、まだ部員が私しかいないんだ。あと1人必要で……」

 どうかな?と、私は天方くんを見る。

 天方くんは、少し考えた後。

 「ん」

 「え、手?」

 私は、天方くんに言われた通り、手を出す。

 すると、彼は私の手のひらに、

 _____い、い、よ

 「え、いいの!?」

 ほんと!?

 天方くんは、ふっと笑いながら、コクリと頷いてくれる。

 「やったー!」 

 これで同好会がつくれる!

 「あの、天方くん、これからよろしく!」

 今度は私から、手を差し出す。

 すると天方くんもスッと手を出してくれて。

 男の子らしいゴツゴツした手と、私は初めて握手をした。

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