聴こえない、俺の世界は side 自由

 放課後の教室。人がまだたくさんいるから、きっとガヤガヤしているんだろうなぁ、と思いながら、窓の外をじっと見つめる。

 俺の席は、ちょうど中庭が見えて、今は紫陽花が、雨水をキラキラさせながら咲いている。

 そのとき、トントン、と肩を叩かれた。

 振り返ると、予想通り姿幸の姿が。

 こんなに話しかけるなオーラを出している俺に構うやつなんて姿幸ぐらいしかいない。

 それで別にいいんだけど。

 だって、話しかけられたって、どうせ何言ってるのかわからない。結局無視をすることになる。

 それなら、相手だって俺だって、関わらないのがお互いのためだと思う。

 先生も、そんな俺に何も言わない。

 成績さえとれていれば、他が余りよくなくても何も言えないんだ。

 姿幸が、アイコンタクトを取ってくる。

 『今日、部活があるから、先帰るな』

 大方そんなところだろうな。

 俺と姿幸は、幼稚園からの幼なじみ。

 お互い、あまり話すタイプではなかったから、目だけの合図で大体言いたいことはわかる。

 俺は、

 『ん、じゃーな』 

 という意味を込めて、視線を送った。

 姿幸は、それを見た後、満足そうに教室を出ていった。

 俺も、そろそろ帰るか。

 そう思って、重い腰を上げた。

 

 俺は、中学3年のとき、突発性難聴で、左耳の聴力を失った。右耳も、もうほとんど聴こえていない。救急車のサイレン音がすぐ真横を通り過ぎたとき、微かに音がするぐらい。

 だけど、他人が、俺のことを話していると、聴こえないのにすぐにわかる。

 今、俺の少し前を歩いているあの女子グループもだ。

 聴こえているときよりも、聴こえなくなった方が気づくって、なんだか変だなと思う。

 俺は、仕方なく、距離を空けて歩く。

 自分のことを、しかも決して良いことを話されているわけではないとわかっているのに、すぐ横を通り過ぎる勇気はなかった。

 すると。

 向かいからやってきた、2人の女子のうち1人が、女子グループに話しかけている。

 あれって、隣の席の……天ヶ瀬さん?

 どうやら、女子グループの話の輪に入っているわけではなさそうだ。

 そう思って、最近できるようになってきた、唇の動きを読む、というやつをやってみた。

 『あま…かたくんは、そ…な人……じゃない…とおもう。す…ぐに……、うわ…さを……信じて…、ひ…どいこと…を言う…、ほうが、おか…し…いよ』

 え……?

 それを聞いた女子グループは、そろって顔を真っ赤にさせて、なにか言い放ってからその場を去っていった。

 俺をかばった……?

 もう1人の女子が、何言ってるのって感じで声をかけている。

 そうだ。女子の世界では、ああいう過激なのに歯向かうと、ひどいことになると俺は知っている。

 たぶん、あのもう1人の女子はそれを心配して言っているのだろう。

 だけど、天ヶ瀬さんは、「あっ、しまった」という感じもなく、ニコリと笑って。

 『いいよ、言えてスッキリしたから』

 って。

 なんで…?

 授業中、ペア活動とかで迷惑かけてるはずなのに。

 愚痴の一つや二つ、あってもいいはずなのに。

 天ヶ瀬、葵色……。

 まだもう1人の女子に怒られている葵色の、苦笑気味の笑顔。

 ……かわい。

 え、なにこれ。

 心臓がドクドクして、顔が熱い。

 よくわからない感情に支配された俺は、慌てて廊下を引き返した。

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