【ビューザ】【第8章:発達の螺旋】
ビューザとダンが次に足を踏み入れたのは、巨大な螺旋階段が空中に浮かぶ不思議な空間だった。螺旋は上下に無限に伸び、各段階には様々な象徴や映像が刻まれていた。
「わあ……」
ビューザは息を呑んだ。
「これは……人生の階段?」
ダンはくすっと笑った。
「惜しいね。これは発達の螺旋なんだ」
「発達の螺旋?」
ビューザは首を傾げた。
「そう」
ダンは頷いた。
「ここでは、ピアジェの認知発達段階、エリクソンの心理社会的発達段階、コールバーグの道徳性発達段階が、一つの壮大な螺旋構造を形成しているんだ」
ビューザは目を輝かせた。
「すごいわ! でも、どうして螺旋なの? 階段じゃダメなの?」
ダンはニヤリと笑った。
「だって、人生って直線的じゃないだろ? 時には後戻りしたり、同じところをぐるぐる回ったりするしね」
「まあ、ダンったら」
ビューザは笑いながら言った。
「でも、確かにそうね。私の研究生活も、まるで螺旋みたい」
「ほう、それは面白い例えだね」
ダンは興味深そうに言った。
「どんな風に螺旋なんだい?」
ビューザは少し照れくさそうに説明を始めた。
「そうねえ……最初は基礎知識を学んで上昇するんだけど、新しい課題に直面すると一時的に下降する。でも、それを乗り越えるとまた上昇して、前より高いレベルに到達する。そんな感じかしら」
「素晴らしい洞察だ」
ダンは感心したように言った。
「それこそが、この発達の螺旋が示していることなんだよ」
二人は螺旋を登り始めた。途中、様々な発達段階を象徴する映像が浮かび上がった。
「あら、これは……」
ビューザは驚いて立ち止まった。目の前には、彼女自身の幼少期の姿が映し出されていた。
「ほう、面白いね」
ダンが言った。
「これは君の個人的な発達の軌跡を表しているようだ」
ビューザは映像をじっと見つめた。そこには、彼女が初めて科学の本を手に取った瞬間、大学で心理学を学び始めた時の興奮、そして初めての研究論文を発表した時の達成感が映し出されていた。
「私の人生……こんな風に見えるのね」
ビューザは感慨深げに言った。
「でも、ダン。これを見ると、私の人生って予定調和的に進んでいるように見えるわ。実際はもっと混沌としていたはずなのに」
ダンは優しく微笑んだ。
「そうだね。でも、振り返ってみると、全てが意味を持っていたように見えるものさ。これこそが'後付けの洞察'というやつだね」
「なるほど……」
ビューザは深く考え込んだ。
「じゃあ、私たちの出会いも、この発達の螺旋の一部なのかしら?」
ダンは少し驚いたような、でも嬉しそうな表情を見せた。
「そうかもしれないね。僕たちの関係も、この螺旋に新たな軌跡を描いているのかも」
ビューザは顔を赤らめた。
「ねえダン、私たちの関係……これからどうなっていくのかしら」
ダンは真剣な表情で答えた。
「それは、君次第だよ。発達理論が教えてくれるのは、我々には常に選択の自由があるということさ」
「選択の自由……」
ビューザは言葉を反芻した。
「でも、正しい選択ってあるのかしら?」
ダンはクスッと笑った。
「もし人生に'正解'があったら、こんなに面白くないだろうね。大事なのは、自分の選択に責任を持つことさ」
「まるでサルトルみたいなこと言うのね」
ビューザが言うと、ダンは驚いた表情を見せた。
「へえ、実存主義にも詳しいんだ」
「まあね」
ビューザは少し得意げに言った。
「心理学には哲学の知識も必要でしょ」
「そうだね」
ダンは感心したように頷いた。
「心と存在の問題は、常に密接に結びついているからね」
二人は螺旋をさらに上っていった。途中、人類の集団的な発達の歴史や、未来の可能性を示唆する映像も目にした。
「ねえダン」
しばらく歩いた後、ビューザが言った。
「この螺旋、頂点はあるの?」
ダンは意味深な笑みを浮かべた。
「さあ、どうだろう。それこそが人類の永遠の課題かもしれないね。でも、頂点を目指す過程そのものに意味があるんじゃないかな」
ビューザは深く頷いた。彼女の中で、科学者としての探究心と、一人の人間としての成長への願いが、美しく調和していた。
「分かったわ」
彼女は決意を込めて言った。
「私、この発達の螺旋を上り続けるわ。そして、その過程で新しい発見をしていきたい」
ダンは優しく彼女の手を握った。
「その決意、素晴らしいよ。一緒に上っていこう」
二人は手を取り合ったまま、発達の螺旋をさらに上っていった。その姿は、まるで人類の発達そのものを体現しているかのようだった。
「さて、次はどんな冒険が待っているかな」
ダンが言うと、ビューザは期待に胸を膨らませて頷いた。
彼らの前には、まだ見ぬ心理学の領域が広がっていた。そして、その探索の過程で、二人の関係もまた、新たな段階へと発展していくのだった。
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