【ビューザ】【第7章:社会的認知の網】

 ビューザとダンが次に足を踏み入れたのは、巨大な蜘蛛の巣のような構造物が広がる空間だった。無数の糸が複雑に絡み合い、その接点には様々な映像や音声が浮かんでいる。


「わあ…」


 ビューザは圧倒されて立ち尽くした。


「ここは…まるで巨大なSNSみたい」


 ダンはクスッと笑った。


「面白い例えだね。でも、ここは社会的認知の網なんだ」


「社会的認知?」


 ビューザは興味深そうに眉を上げた。


「そう」


 ダンは頷いた。


「ここでは、他者理解、印象形成、帰属過程が複雑に絡み合って、社会的現実を構築しているんだ」


 ビューザは目を輝かせた。


「すごいわ! でも、どうしてこんな蜘蛛の巣みたいな形なの?」


「それはね」


 ダンはニヤリと笑った。


「人間関係も、一度絡まると抜け出すのが難しいからさ」


「もう、ダンったら!」


 ビューザは軽く肘でダンをつついた。しかし、その仕草には親しみが込められていた。


「でも、確かにそうね。人間関係って複雑だもの」


 二人が網の中を歩き始めると、周囲の映像が動き出した。


「あら、これは…」


 ビューザは驚いて立ち止まった。目の前には、彼女自身が映し出されていた。


「ほう、面白いね」


 ダンが言った。


「これは君が他人からどう見られているかを表している映像だよ」


 ビューザは映像をじっと見つめた。そこには、自信に満ちた研究者としての自分、優しい友人としての自分、そして…少し不器用だけど熱心な学生としての自分が映っていた。


「これが…私?」


 ビューザは困惑した様子で言った。


「私、こんなに多面的に見られているの?」


 ダンは優しく微笑んだ。


「そうだよ。人は皆、多面的な存在なんだ。でも、それぞれの人が、それぞれの文脈で君を理解している」


「へえ…」


 ビューザは深く考え込んだ。


「じゃあ、本当の私って何なのかしら?」


「それこそが、この旅の目的の一つかもしれないね」


 ダンは意味深に言った。


 突然、二人の前に新しい糸が現れた。


「これは?」


 ビューザが尋ねると、ダンは少し照れたような表情を見せた。


「これは…僕らの関係を表す糸かもしれない」


 ビューザは顔を赤らめた。


「私たちの…関係?」


「そう」


 ダンは真剣な表情で言った。


「見てごらん。この糸は他の糸よりも輝いているだろう?」


 確かに、その糸は他の糸とは違う、特別な輝きを放っていた。


「これって…どういう意味なのかしら?」


 ビューザは少し戸惑いながら尋ねた。


 ダンは優しく彼女の手を取った。


「それは、君が決めることだよ。社会的認知は、相互作用によって形成されるものだからね」


 ビューザは心臓が高鳴るのを感じた。しかし、同時に科学者としての冷静さも失わなかった。


「でも、ダン。これって客観的な現象なの? それとも、私たちの主観が作り出したものなの?」


 ダンは嬉しそうに笑った。


「さすがだね、ビューザ。その問いこそ、社会心理学の核心に迫るものだよ」


 彼は周囲を指さした。


「ここにあるすべての関係性、すべての認知は、客観と主観の絶妙なバランスの上に成り立っているんだ」


「まるで、シュレーディンガーの猫ね」


 ビューザが言うと、ダンは驚いた表情を見せた。


「物理学にも詳しいんだ?」


「まあね」


 ビューザは少し得意げに言った。


「量子力学と心理学、意外と共通点があるのよ」


「そうだね」


 ダンは感心したように頷いた。


「観測者の存在が結果に影響を与える。まさに社会的認知の本質だ」


 二人は網の中をさらに進んでいった。途中、様々な人間関係のパターンや、社会的影響のメカニズムを目の当たりにした。


「ねえダン」


 しばらく歩いた後、ビューザが言った。


「私たち、この網の中でどんな位置にいるのかしら?」


 ダンは意味深な笑みを浮かべた。


「それは、君次第だよ。この網は常に変化している。私たちの関係性も、君の選択次第で変わっていくんだ」


 ビューザは深く考え込んだ。彼女の中で、科学者としての冷静さと、一人の女性としての感情が交錯していた。


「分かったわ」


 彼女は決意を込めて言った。


「私、この関係性をもっと探求してみたいの。科学的にも、個人的にも」


 ダンは優しく彼女の手を握った。


「その選択を尊重するよ、ビューザ。一緒に探求していこう」


 二人は手を取り合ったまま、社会的認知の網の中を歩き続けた。その姿は、まるで新しい関係性を紡ぎ出しているかのようだった。


「さあ、次の冒険に行こうか」


 ダンが言うと、ビューザは頷いた。彼女の目には、これまでにない決意の色が宿っていた。


 二人は、新たな発見と、深まる絆を胸に、次なる不思議の世界へと歩みを進めた。

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