【ビューザ】【第6章:動機づけの力学場】

 ビューザとダンが次に足を踏み入れたのは、まるで巨大な遊園地のような空間だった。様々な色とりどりの気球が空中を漂い、複雑な軌道を描いて動き回っている。地上には、迷路やジェットコースター、観覧車など、様々なアトラクションが広がっていた。


「わあ!」


 ビューザは思わず歓声を上げた。


「ここは…遊園地?」


 ダンはクスッと笑った。


「まあ、そう見えるかもね。でも、これは動機づけの力学場なんだ」


「動機づけ?」


 ビューザは首をかしげた。


「そう」


 ダンは頷いた。


「ここでは、マズローの欲求階層説からデシとライアンの自己決定理論まで、すべての動機づけ理論が統合されているんだ」


 ビューザは目を輝かせた。


「すごいわ! でも、どうしてこんな遊園地みたいな形なの?」


 ダンはニヤリと笑った。


「だって、人生も一種の遊園地みたいなものだろ? 楽しいこともあれば怖いこともある。でも、結局はどう楽しむかが大切なんだ」


「まあ、ダンったら」


 ビューザは笑いながら言った。


「でも、そう考えると面白いわね。じゃあ、あの気球は何を表しているの?」


「よく気づいたね」


 ダンは感心したように言った。


「あれは様々な欲求を表しているんだ。見て、色によって高度が違うだろう?」


 ビューザは注意深く観察した。


「本当だわ。赤い気球は低いところを、青い気球は高いところを飛んでいるわ」


「その通り」


 ダンは頷いた。


「赤い気球は生理的欲求、青い気球は自己実現欲求を表しているんだ。マズローの階層説をイメージしてみて」


「なるほど!」


 ビューザは目を輝かせた。


「でも、時々赤い気球が突然上昇したり、青い気球が下降したりしているわ」


「鋭い観察眼だね」


 ダンは嬉しそうに言った。


「それこそが現実の人間心理さ。必ずしも階層通りに欲求が満たされるわけじゃない」


 突然、ビューザの目の前に黄色い気球が現れた。


「あら、これは…」


「君の今の欲求を表しているんだ」


 ダンが説明した。


「どうやら、何か知的好奇心を刺激されているみたいだね」


 ビューザは少し赤面した。


「ま、まあ…そうかもね」


 彼女は急いで話題を変えた。


「ねえ、あのジェットコースターは何なの?」


 ダンは意味深な笑みを浮かべた。


「あれは人生における挑戦を表しているんだ。怖いけど、乗り越えると大きな達成感が得られる」


「へえ…」


 ビューザは考え込んだ。


「私たちの今の旅も、ある意味ジェットコースターみたいね」


「そうだね」


 ダンは優しく微笑んだ。


「怖いこともあるけど、一緒に乗り越えていこう」


 ビューザは心臓が高鳴るのを感じた。


「ね、ねえダン」


 彼女は少し躊躇いながら言った。


「私たちの…関係も、こういう動機づけの影響を受けているのかな?」


 ダンは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに優しい笑顔に戻った。


「鋭いね、ビューザ。確かに、人間関係も様々な動機づけの相互作用で成り立っているんだ」


「じゃあ、私たちは…」


 ビューザが言葉を詰まらせると、ダンが軽く咳払いをした。


「さあ、次は観覧車に乗ってみようか。そこからは全体の様子がよく見えるはずだ」


 ビューザは少し拍子抜けしたが、同時に安堵もした。


「そうね、行きましょう」


 二人が観覧車に乗り込むと、徐々に高度が上がっていった。


「わあ、本当に全部見渡せるわ」


 ビューザは感嘆の声を上げた。


「ねえダン、人間の動機づけってこんなに複雑なのね」


「そうだね」


 ダンは頷いた。


「でも、複雑だからこそ面白いんだ。単純な刺激反応では説明できない、人間らしさがここにあるんだよ」


 ビューザは深く考え込んだ。


「そう考えると、心理学者の仕事って本当に大変ね。こんな複雑なシステムを理解しようとするなんて」


「まあ、心理学者の仕事なんて、カオスを整理整頓しようとするようなものさ」


 ダンが冗談を言うと、ビューザは笑い出した。


「そうね。でも、そのカオスの中に美しさがあるのよ」


「その通りだ」


 ダンは優しく微笑んだ。


「さて、観覧車が頂点に来たようだ。ここからの景色はどう?」


 ビューザは息を呑んだ。


「信じられないくらい美しいわ。全てが繋がっているように見える」


「そう、全ては繋がっているんだ」


 ダンは静かに言った。


「動機づけも、感情も、認知も、全て繋がって人間という存在を作り上げている」


 ビューザはダンの手を握った。


「ありがとう、ダン。こんな素晴らしい景色を見せてくれて」


 ダンは優しく彼女の手を握り返した。


「いいや、これを理解できる君に感謝するよ」


 二人は静かに景色を眺めながら、観覧車がゆっくりと下降していくのを感じていた。ビューザの心の中で、科学的興味と人間的感情が美しいハーモニーを奏でていた。


 観覧車を降りた後、ダンが言った。


「さあ、次の冒険に行こうか」


 ビューザは頷いた。彼女の目には、これまでにない輝きが宿っていた。科学者としての好奇心と、一人の人間としての感情が、完璧なバランスを保っているようだった。


 二人は手を取り合って、次なる不思議の世界へと歩みを進めた。

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