ダンと9人の天才少女が拓く知の彼方―叡智の螺旋階段を求めて―

【トール】第5章：ブラックホールの情報パラドックス

　私たちが次に到達したのは、ブラックホールの事象の地平線だった。そこでは、情報が消失したり保存されたりする奇妙な現象が起きていた。その光景は、私の理解を超えるものだった。

「ここが、現代物理学の最大の謎の一つだ」

　ダンが静かに告げる。

「情報は本当に失われるのか、それとも何らかの形で保存されるのか」

　私は、情報が事象の地平線を超えて消えていく様子と、同時にホーキング放射として放出される様子を見つめた。それは、まるで宇宙最大のマジックショーのようだった。

「これは……矛盾しているように見えます」

　私は困惑した様子で言った。

「情報が失われるのなら、物理法則の基本である可逆性が破られてしまう。でも、保存されるとしたら、どうやって……？」

　ダンは微笑んだ。

「その通りだ。これこそが、現代物理学が直面している最大のパラドックスの一つなんだ」

　私は眉をひそめた。

　これまでは、ダンは常に答えを持っているように見えた。

　しかし今回は、彼も確固たる答えを持っていないようだった。

「ダン」

　私は慎重に言葉を選んだ。

「あなたにも答えが分からないの？」

　ダンは真摯な表情で答えた。

「正直なところ、完全な答えは僕にも分からない。これは、人類の知性がまだ解決していない謎なんだ」

　その言葉に、私は複雑な感情を抱いた。

　一方では、ダンの正直さに安心感を覚えた。

　しかし他方では、答えのない状況に不安を感じた。

「でも、それじゃあ私たちは何をすればいいの？」

　私は少し焦りを感じながら尋ねた。

　ダンは優しく微笑んだ。

「それこそが科学の美しさだよ、トール。未知の謎に挑戦し、新たな理論を構築していく。それが科学者の役割なんだ」

　その言葉に、私は少し勇気づけられた。

　しかし同時に、大きな責任も感じた。

「でも、私にそんなことができるかな……」

　私は自信なさげに呟いた。

　ダンは私の肩に手を置いた。

「君ならできる。むしろ、君のような若く柔軟な頭脳こそが、この謎を解く鍵になるかもしれない」

　その言葉に、私は少し赤面した。

　しかし、同時に新たな決意も湧いてきた。

「分かりました」

　私は強く頷いた。

「この謎に挑戦します。たとえ今は答えが見つからなくても、諦めずに探求し続けます」

　ダンは満足げに微笑んだ。

「その意気だ。そして忘れないで。科学は一人の天才によってではなく、多くの研究者の協力によって進歩するんだ」

　その言葉に、私は深く考え込んだ。

　これまで私は、自分一人の力で全てを解決しようとしていた。

　しかし、真の進歩は協力から生まれるのかもしれない。

「ダン」

　私は決意を込めて言った。

「私、もっと他の研究者とも協力していきたいと思います。一人で抱え込むのではなく、みんなで知恵を出し合って、この謎に挑戦したい」

　ダンは嬉しそうに頷いた。

「その考えこそ、真の科学者の姿勢だ。君は確実に成長しているよ、トール」

　その言葉に、私は温かいものが込み上げてくるのを感じた。

　そして、これまで感じていた孤独感が少しずつ薄れていくのを感じた。

　私たちはブラックホールの縁を離れ、次の目的地へと向かった。私の心は、未知への挑戦に対する興奮と、仲間との協力への期待で満ちていた。そして、自分の中に新たな可能性が開かれていくのを感じていた。

　この旅は、宇宙の謎を解き明かすだけでなく、やはり私自身の成長の旅でもあるのだと、強く実感していた。