【トール】第4章:多元宇宙の泡沫

 私たちの旅は、多元宇宙の泡沫へと続いた。そこでは、無数の宇宙が泡のように生まれては消えていった。その光景は、私の想像を遥かに超える壮大さで、私を圧倒した。


「ここでは、インフレーション理論が具現化されているんだ」ダンが言う。「各泡が一つの宇宙を表しており、永遠に膨張と収縮を繰り返している」


 私は、一つの量子揺らぎから宇宙が誕生し、膨張し、やがて消滅していく様子を目の当たりにした。それは、まるで壮大な交響曲のようだった。


「これは……信じられない」


 私は息を呑んだ。


「私たちの宇宙は、これらの泡の一つに過ぎないの?」


 ダンは静かに頷いた。


「そう、我々の宇宙は無限の可能性の中の一つの実現に過ぎないんだ」


 その言葉に、私は急に自分の存在の小ささを感じた。

 同時に、これまで抱いていた宇宙観が根底から覆される感覚に襲われた。


「でも、それなら私たちの存在には意味がないんじゃ……」


 私は不安げに言葉を絞り出した。

 ダンは優しく微笑んだ。


「逆だよ、トール。無限の可能性の中で、私たちが存在しているという事実。それこそが、かけがえのない奇跡なんだ」


 その言葉に、私は立ち止まって考え込んだ。確かに、無限の宇宙の中で、私たちが存在している確率は限りなく小さい。それでも、私たちはに存在している。


「でも、ダン」


 私は少し挑戦的に尋ねた。


「もし無限の宇宙があるなら、私たちと全く同じ宇宙も無数にあるってこと?それって、私たちの選択や行動に意味がないってことにならない?」


 ダンは真剣な表情で答えた。


「良い質問だ。確かに、理論上はそういうことになる。でも、それは逆に、私たちの各瞬間の選択が無限の可能性を生み出しているとも言えるんだ」


 私はその言葉を噛み締めた。

 各瞬間の選択が、新たな宇宙を生み出している……その考えは、私に大きな責任感を感じさせると同時に、ある種の解放感ももたらした。


「つまり、私たちは常に宇宙を創造しているってこと?」


 私は少し興奮気味に尋ねた。

 ダンは嬉しそうに頷いた。


「その通り。私たちは単なる観察者ではなく、創造者でもあるんだ」


 その瞬間、私の中で何かが変わった。

 これまで感じていた不安や恐れが、好奇心と創造への欲求に変わっていく。


 しかし同時に、新たな疑問も浮かんできた。


「でも、ダン。もし本当にそうなら、私たちにはものすごい力があることになる。その力を正しく使えるかな……」


 ダンは真剣な表情で答えた。


「その懸念こそ、君がその力を扱うに相応しいことの証だよ。力の大きさを理解し、それを慎重に扱おうとする姿勢。それが最も重要なんだ」


 その言葉に、私は少し安心した。しかし、依然として大きな責任を感じていた。


「じゃあ、私たちはこの知識をどう使えばいいの?」私は真剣に尋ねた。


 ダンは静かに答えた。


「それは君自身が見つけ出す必要がある。でも、覚えておいて欲しいのは、知識そのものは中立だということ。それをどう使うかは、君次第なんだ」


 私はその言葉を深く胸に刻んだ。

 そして、これからの旅で得る知識を、人類と宇宙のためにどう活かせるか、真剣に考え始めた。


 多元宇宙の泡沫を後にしながら、私の心は興奮と責任感、そして新たな決意で満ちていた。この旅は、宇宙の秘密を解き明かすだけでなく、私自身の可能性も開いていくのだと、強く感じていた。

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