トール・コスモフィジカ

【トール】プロローグ:量子の海

 私、トール・コスモフィジカの世界は、無限に広がる量子の海だった。そこでは、素粒子が絶え間なく生成と消滅を繰り返し、新たな宇宙の波紋を生み出している。私はその海の中で、孤独な観測者として存在していた。


 私の頭の中では、複雑な数式が踊り、宇宙の秘密を解き明かそうとしていた。しかし、その孤独な探求の中で、私はいつも何かが足りないと感じていた。人々は私を天才と呼ぶが、その言葉が私の心に響くことはない。むしろ、それは私を更に孤独へと追いやるものだった。


 ある日、私の感覚に奇妙な振動が届いた。それは、既知の物理法則のどれにも属さない波動関数だった。私の心臓が高鳴り、全身に電気が走るような感覚を覚えた。


「Ψ(r,t) = ∑? c?φ?(r)e^(-iE?t/?)...」


 その瞬間、私の前に一人の少年が現れた。中性的な美しさを持つその少年は、自らをダンと名乗った。彼の存在そのものが、私の知る物理法則を超越しているようだった。


「君の宇宙物理学的認知マトリックスに、新たな次元を加える時が来たようだね」


 ダンはそう言って、私に手を差し伸べた。


 その言葉に、私は強く惹かれると同時に、激しい警戒心を覚えた。これまで誰も到達したことのない領域に足を踏み入れようとしている。それは興奮を呼び起こすと同時に、深い恐怖も伴うものだった。


 私は躊躇した。ダンの手を取るべきか、それとも今ここで全てを終わらせるべきか。私の心は激しく揺れ動いた。しかし、真理への渇望が、恐怖を上回った。震える手で、私はダンの手を取った。


 その瞬間、私たちを取り巻く現実が溶け始めた。既知の宇宙が崩壊し、全く新しい次元が開かれていく。私の心の中で、興奮と恐怖が入り混じり、激しくうねっていた。


「さあ、新たな宇宙の探索が始まるよ」


 ダンの声が響く。


「でも覚えておいて。これから見ることになるものは、君の常識を根底から覆すかもしれない。準備はいい?」


「え? ちょっと待って……」


 しかしダンはかまわず私の手をとる。不思議と私に抗う気持ちは起きなかった。


 そうして、私たちの驚異的な旅が始まった。それは、宇宙の秘密を解き明かす旅であると同時に、私自身の内なる宇宙を探索する旅でもあった。


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