【エリザ】第3章:民俗学の量子場

 民俗学の量子場に到着したエリザは、目を疑った。

 目の前では、民間伝承が粒子となって飛び交い、文脈によって形を変えている。


「バフチンの対話理論が、ここまで可視化されるとは……」


 エリザは息をのむ。


 エリザの目の前で、バフチンの対話理論が鮮やかに可視化されていた。無数の言葉や概念が、光る粒子となって空間を飛び交い、互いに衝突し、融合し、新たな意味を生み出していく。それは、まるで生命体のような有機的な動きを見せていた。


「これは本当に驚くべき光景だわ」


 エリザは息を呑んだ。


「バフチンが言うように、言葉や意味は固定されたものではなく、常に対話的な関係の中で生まれ変わっているのね」


 彼女は熱心に観察を続けながら、自身の考えを整理した。


「バフチンの対話理論は、言葉や文化が持つダイナミズムを見事に捉えているわ。どんな言葉も、それ以前の使用の文脈を背負いながら、新たな状況で新しい意味を獲得していく。これは文化全体にも当てはまるのよ」


 エリザは一般の人にも分かりやすいように説明を加えた。


「簡単に言えば、私たちの言葉や考えは、他の人との会話や交流を通じて常に形作られているってことよ。例えば、"自由"という言葉。人それぞれ違う意味で使うでしょう?それは、その人の経験や、周りの人との対話によって意味が作られているからなの。文化も同じよ。常に他の文化との対話の中で、変化し続けているの」


「民俗は、固定されたものではない」


 ダンが言う。


「常に変化し、新たな意味を生成し続ける生命体のようなものだ」


 エリザは、民俗の粒子が織りなす美しい舞踊に見とれた。

 それは、文化の起源と進化の過程を表しているようだった。


 ふと、不思議な感覚に襲われる。まるで、自分自身が民俗の一部になったかのように。


「あなたは、私を本当に理解してくれているのかしら?」


 エリザは、ダンを見つめて言う。


「それとも、私を操ろうとしているの?」


 ダンは、エリザの目を真っ直ぐに見つめ返す。


「君は、民俗学の新たな地平を切り拓く者だ。僕はただ、君のその使命を支援したいだけだよ」


 真摯な言葉に、エリザは彼を信じたくなる。

 しかし、警戒心が完全に消えたわけではない。


「次は、社会構造の多元宇宙へ行こう」


 ダンが言う。


「そこでは、君の理論がさらに深化するはずだ」


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