　私たちの旅は、語用論の多元宇宙へと続いた。

　そこでは、同じ発話が無数の平行世界を生み出していた。

「ここでは、オースティンの発話行為理論が具現化されているんだ」ダンが言う。「言葉を発するという行為自体が、現実を創造している」

　私は、一つの「こんにちは」という発話が、無数の異なる社会的現実を生み出す様子を目の当たりにした。それは、まるで万華鏡のようだった。

「こんにちは」

　一つの発話が、挨拶、皮肉、侮辱、愛の告白など、文脈によって全く異なる意味を持つ平行世界を生成していく。言葉の持つ力の大きさに、改めて圧倒される思いだった。

「言葉は、単なる記号ではない。それは、現実そのものを形作る魔法なんだ」

　ダンの言葉に、深く頷いた。単語の意味は文脈によって変化するだけでなく、文脈そのものを作り出してもいる。私たちは、言葉によって現実を構築しているのだ。

　ここにきて、言語学の枠を超えた言葉の本質的な意味合いについて、深く考えさせられた。言葉は、世界をどう捉えるかという認識の枠組みであり、その枠組み自体を作り出す創造行為でもある。

　そう考えると、自分には言語学者としてだけでなく、言葉の魔術師としての使命があるようにも感じられた。

「ミリア、君にはその力がある。言葉によって、新たな現実を作り出す力が」

　ダンの言葉は、まるで予言のように響いた。彼への信頼が、もはや揺るぎないものになっていた。

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