　私たちは、文法規則が実体化した巨大な迷宮に足を踏み入れた。

　壁には、世界中の言語の文法構造が刻まれている。

「ここでは、言語の深層構造と表層構造が交錯しているんだ」

　ダンが説明する。

「チョムスキーの普遍文法も、ここでは目に見える形で存在している」

　私は息を呑んだ。

　文の構造が、まるで生き物のように動き、変化していく。

　主語、述語、目的語が、複雑な舞踏を繰り広げている。

「SVO、SOV、VSO……」

　言語ごとに異なる語順が、目の前で次々と入れ替わっていく。そこには、人類の思考の多様性が表れているようだった。

　迷宮の奥へ進んでいくと、更に複雑な文法構造が現れ始めた。入れ子構造、再帰構造、非線形構造……。まるで思考そのものが、無限に入り組んだ迷宮のように感じられた。

「人間の思考は、文法によって形作られているんだ」

　ダンが言う。

「そして、文法の限界が、思考の限界でもある」

　その言葉に、言語の本質的な意味について考えさせられた。私たちは、言語なしに思考することができるのだろうか？　言語は、私たちの認識の枠組みそのものなのかもしれない。

　ふと、目の前の迷宮が、自分自身の思考を映し出しているような錯覚に陥った。自分の中に、まだ見ぬ言語構造が隠れているのではないか？　そんな予感に駆られた。

「でも、これもまだ序章に過ぎない」

　ダンは続ける。

「本当の冒険は、これからだ」

　彼の言葉に導かれ、私は迷宮の更に奥へと足を進めた。統語論の迷宮が、新たな問いを投げかける。

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