第16話

家を出て徒歩20分の所に、

近くに位置する慶應義塾大学の学生や

地元民御用達のサイゼリヤがあるのだが、


 個人的に今晩はイタリアンの気分だったのもあり、

俺の決めた店に従うという七瀬の意向も相まって

例のサイゼリヤ行きはすんなりと承諾された。


 しかしここに来て驚くべきはーー


「私、サイゼリヤって来るの初めてなんだよね..」

「そりゃあそうだろ。記憶を失ってる状態だから、

過去にきた場所を忘れているのも無理はないよ」


「そーなんだけどさー。

良いの? こんな高そうなお店に来ちゃって..。

店内のサウンドとか、壁紙に掛かっている絵画とか、

超一流の高級レストラン..って感じで..」

「ぶっっ」


 思わず吹き出してしまった


「何笑ってるのよ..」

「いやぁ..だってここ、ただのファミリーレストランだぜ」


「え....」

「待ってればコース料理でも来ると思った?

残念何も来ないから、とっととメニューから選ぼうーー」


「...........分かったーー」


 目に見えてイジけている所が、何だか面白い。

 

 それに、これを言ったら怒るだろうな、だとか、

自分が期待している通りの反応をしてくれるから

敢えて揶揄ったりしてみたくなる気分は強まるばかりだ。


 しかしそれと同時に、

女子のスカートを引っぺがすなど、令和の時代にやったら

なんちゃらハラスメントで訴えられそうなちょっかいを

かけるクソガキのような心境に陥るから自身の稚拙さに辟易する。


 ただ小学生から高校生になる過程で、悪い事をしたと感じたら

素直に謝るという道徳心くらいは身につけたつもりだ。


「ごめんなさい..」

「え..?」


「さっきはからかっちゃったりして..」

「え、、いや別に良いよ..。”怒ってないし”」


「ほ、本当か? なら良かったー

ところでそっちはメニュー決まった?」

「ま、まだ..。いっぱいあり過ぎてどれが良いんだかさっぱりで、、

だから康太くんが先決めてよ..。私もそれにする..」


「そ、そっか..」


 確かにさっきから七瀬はメニュー表の字面を目で追いながら

頬杖をつき何処か呆けたような顔をしていたし、そもそも

初来店の彼女にこんな沢山の料理の中からどれが良いか絞らせる

なんて少々酷だ。


「オッケー じゃあまずはオニオングラタンって奴と、、

エスカルゴにミラノフウドリア、セットのドリンクバーも加えてだな..」

「ち、ちょっと待って、、え、エスカルゴって何..?」


「カタツムリ」

「は..」


 露骨に嫌そうな顔をされた。

美味しいのに、女子は生理的に受け付けないのだろうか?


 気持ちは分かるけど、じゃあ代わりに何を頼もう..。


「こ、康太くん..」

「ん? どうしたの?」


「私、、これ食べたい..かも....」

「分かった。カラミチキンねーー

初めての割に目の付け所が良くない?」


「そ、そう..? ただ美味しそうだったから何となく選んだだけで..」


 謙遜しがちだが、明らかにニヤけていた。


「ね、ねぇ..。店員さんってどうやって来るのかな..?

『ヤッホー』って呼べば来る..??」

「上京したての田舎者か? 普通にこのテーブルの上にある

ベルを鳴らせば来るよ。押してみ」


「う、うん..!! やってみるね..」


 ピンポーン


「出来たじゃん」

「うわぁ!! 出来た出来た! 

私自力でファミレスの店員呼べるようになったよ!」


「......」

「はっーーー自制します....」


「ま、まぁ..。無理もないよな..。

過去の記憶がない以上..、日々発見だからな..。

でも、店内で他の客もいるんだしもうちょっとボリュームを下げた方が..」

「はい..」


 予想外だったーー


 感情を抑制しきれなくなったのか七瀬が大声を発したせいで、

団体で飯を食っている学生達や家族集団の視線が一気にこちらへ注がれる。


 ヒソヒソ 『ねぇねぇママー! 向こうに変なお姉ちゃんがいるよ!』

      『しっ..。可哀想に..、頭の可笑しい子なのね..』


      『ったく、、バカップルかよ..死ね....』


 昔から人一倍聴覚に優れている俺は、聖徳太子のように

周囲から漏れる複数の声を一つ一つ分割して拾う力に長けていた。


 だからそのおかげで得をする場面も多かったが、

こうして注目が悪い意味で集まってしまったらもう地獄ーー

聞きたくもない恨み辛みが漏れなく耳に入ってきてしまう。


 「ご注文は?」


 しかし数十秒もしないうちに、いつの間にやら厨房の奥から出てきた

アジア系の外国人女性がやたら流暢な日本語で話しかけてくる。


 だから俺は無言で、手元に置かれた注文用紙を手渡した。


「えーっと、、セットドリンクバーがフタツ、、

カラミチキンがヒトツ、ミランフウドリアがフタツ、

オニオングラタンスープがオフタツーー以上でお間違い無いですか?」

「はい..」

「あの、さっきは大声出してすみませんでした..」


 俺の呼応に七瀬も続き、店側に謝罪を入れる。

彼女なりに罪悪感を抱えていたらしいが、かなり律儀なタイプだーー

店員さんも拍子抜けだったらしく、


「えぇ、大丈夫ですよー」


 などと言いながら、再び厨房の奥へと引っ込んでいった。


「許して....くれたかな?」

「う、うん..。七瀬って偉いよな..」


「え..?」

「だって、自分に非があったら謝るって、

当たり前の事のように思えて、実際やってる人って多くはないんだ..。

特に飲食店だとお客様は神様って文化が根強いからさ、店員に対して、

むしろ横柄な態度を取るような奴もいて、、」


 後半は自分がバイトをしていた時の体験に基づいている。

コンビニで数ヶ月働いていた時、何度理不尽なクレームを受けただろう..?

ただイチャモンをつけたいだけのバカハゲ中年親父に何度頭を下げた..?


「はぁ..? 信じられないよそんなの..。

同じ人間なのにどうして上か下か決めつけるわけ?

一度洗面所行って真っ赤になった自分の顔、鏡使って見てこいよって感じ....」


 だから、まるで自分ごとのように怒りを吐露する七瀬は

何とも爽快で、見ていて清々しさすら覚える。


「は..。また失礼な事..」

「それが本音じゃねーの? 七瀬もしかしたら、

記憶失う前は飲食店で働いていた説。今ので結構濃厚になった気がするなー」


「う..、何だか私の眠った記憶の鱗の皮が、

一枚一枚剥がされていくみたい..」

「まぁな、それはあるよ。

だからとにかく今みたいな感じで気楽に行こう。

そうすれば手掛かりも少しずつ増えていくしねーー

そうだ、飯もそろそろ来るしドリンクバーで飲み物取りに行こう」


 ♢


 たまたま座席の近くにあるドリンクバーに足を向け、


 俺がチョイスしたのは麦茶、対して七瀬はーー


「康太くん..。これどうやって操作するのかな..?」


 半自動飲料水提供機ドリンクバーに悪戦苦闘中。

大した手順のない機械のボタンの前で立ち止まりあたふたとしている。

彼女の手には既にコップが握られており氷も入っていたがなるほど、

肝心の飲料水の注ぎ方がわからないようだった。


「七瀬..。何のみたいわけ..?」


 聞き出して代わりに押してあげーー


「水!!」


 ジャー


「ここに書いてあんじゃん。どうして見逃した?」

「えっへへ..。灯台下暗”い”って奴だよ!」


「それを言うなら暗”し”な。形容詞の扱いが不十分ーー」

「むぅーー語句の扱い程度でいちいち厳しくない..??」


 失態に次ぐ失態ーー

おまけに重度の情弱っぷりと

ドジっ子要素が加わりすっかりご機嫌を斜めにした七瀬


 今までは負の感情を取り繕ってたのに、

もはやその余裕さえ捻出できていないようだ。


「まぁ、スパルタだからさ俺ーーってことでこの話は終わり。

で、これからするのはある提案なんだけど」

「何よ..」



「七瀬、お前俺の彼女にならないか?」


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