第14話

「え..」


 自分のせい..。あの二人が霊であるにもかかわらず

実体を帯びている原因が全部俺のーー


「なぜ??」

「無気力、無関心ーー」


「は..?」

「与えられた有限な時間を惰性で消費し、人生に絶望しているーー

貴方には生気というのがまるで宿っていないのよ。

もう、死人とほぼ同等のレベルでね」


「はぁ」


 なになに急に失礼じゃありませんかこの人?

俺をこんな異空間に勝手に呼び出すなり、意味のわからない状況に

意味のわからない理由づけされて、挙げ句の果てには全部自分のせいーー


 というかこれはもう俺の気質だろう。

無気力・無関心でいるだけでその性分まで否定するのかーー


「まぁ、そんなにカッカしないの」

「してません」


「そう、なら話を続けさせて貰うわーー

貴方の無気力・無関心、その精神状態が

偶然貴方の部屋にいた幽霊達に勘違いさせちゃったのよ。

”あれ? 私ってまだ死んでない?”ってね。死んだ人間にとって、

自分が生きているか死んでいるかの境界と認識はとても大事だから」

「へぇ」


「でも、普通はそれだけで肉体を取り戻すなんて不可能ーー

幽霊といえど深層心理では死をとっくに受け入れてるし、

第一そこまで現世に固執しない限り私が回収して死後の世界に

送ってあげるからね。現在日本にいる幽霊で滞在歴が1年以上

のものなんて、単純計算で100人もいないはずーー

だからそんな日本国民約一億人分の二という

普通じゃ考えられない奇跡のような確率で

二体の幽霊達が巡り合い、たまたま

そこに貴方のような”人間”が存在していたーー」


「ほぉ」


「それが今回の珍事の原因ーーここに至るまでの経緯。

だから後は貴方がこれから何をすべきか説明しないとね」

「待ってました」


「ねぇ..」

「何ですか?」


「真面目に聞いてる?」

「聞いてます」


「そう..。なら良いわ。じゃあ説明するよーー

これから貴方にやって貰いたいことはただ一つ。

あの子達の現世への未練を払拭させ、無事成仏させなさい!」


「え..」



「但し期限は一週間、それまでに成仏させられないとあの子達はまた前の

霊体に逆戻りする事になるから」


 なるほどね。要は、これから一週間の間に、

俺は彼女達の胸の内に秘められし未練とやらを抽出し

それを解消させる。出来なければ彼女達は元のお化けの状態に戻って、、


「つまり何ですか..? それまでに成仏させられないと、あの子達は勝手にいなく

なると、でも、あいつらは記憶喪失だし、何が未練とか分からないですよ」


 しかし、上記の事実がある以上は対策の施しようがないし、

一応天使のお願いに従う体を装っている現状、

未練の中身は何が何でも聞き出したかった。

にもかかわらず、直後天使がみせたのは激しい動揺の色ーー


「へ..」


「だから記憶喪失なんですよ。そんなのどうやって成仏させるんですか?」

「き、記憶喪失..。ちょっと待ってよ、、し、知らない..」


 ほぉ、天使のくせに知らないときた。

俺の未来を予知したり死亡者のリストを収集したり思考を読むなど、、

散々自身の能力を誇示しておいて、ここに来て無知蒙昧のアピールか?


「なるほど。じゃあかなり珍しい事案なんですね。

それで俺は結局彼女達の成仏を成し遂げられず、一週間後に死ぬと、、」


 嘘をつかれている可能性も考慮し、

恐らく彼女が最も嫌がるであろう『俺が彼女達を成仏させられない』end

の一端を垣間見せ、不必要な焦りと牽制の意味あいを示した。


「ま、待ってよ、、でもこれはまたとない機会なんだよ!!

貴方が無事任務を達せられれば、必ず心境に変化が訪れるから」


 ちっ..。と俺は心の中で舌打ちした。

パニック状態の天使の思わぬ一言で、

こいつが俺に何をしようとしているかが分かったからだ。


 それを分かった上で言い放った。


「え? つまり彼女達を成仏させたら、

俺は死ねなくなるって事じゃないですか。嫌ですよそんなの、、」


「あ、貴方は地獄に堕ちても良いと言うの!?」


 天使は天使らしからぬぶっきらぼうな口調になった。

”地獄に堕ちる”とか、まるで御伽話のような事を口ずさみながら、

目の端に涙をため必死に訴えているーー


 しかし、感情任せの彼女の懇願は今の俺にとって逆効果だった。

まるで子供に『ゲームをするな』と叱ると、その子供はかえって

ゲームをしたくなり、『勉強しろ』と言われると

余計に勉強したくなくなる時のように、変な逆張り精神が働いたのと

一度決めた意思を曲げたくないというプライドが作用して

どうにもならなくなってしまった。


 だからここまで折角、終始貫徹で冷静な素振りを装っていたのに、、


「良い!!」


 なんて子供みたいに声を張り上げてしまった。


「..。成仏は..?」

「何で俺が赤の他人の未練を晴らさないといけないんだよ?

面倒臭い、、」


 本当は、思ってなんかいないのに、、

無駄な意地を張った以上、もう収集付けられなくなった俺はーー


「だったら..、さっき死ねばーー」


 恐らく一週間後に死が確定している俺の直接的な死因に触れ

煽ろうとする天使に向かい大声を出して、また言ってしまった。


「うっさいなぁ..」


 我ながら、感情コントロールの下手さ加減が絶望的である。


「うるさいうるさいうるさい!!」

「ふっーー」


「何笑ってんだよ..」


 天使に会話の手綱を握り返され、

感情面でも優位性に立たれたというのを

どこか客観的に見つめている自分は理解した。


 と同時に、これは不味いとも思ったーー


 何が不味いかって、

それは鼻息が漏れ出たような天使の嘲笑ー

この笑い方をされるのが、対人において何を意味するか。


 それはいつも決まって、相手に見限られるとき


「もう良いわ。貴方どうしようもない人間ね。

自分が追い込まれるとそうやってすぐに感情的に喚き散らかす。

幼稚園児と話しているのかと思ったわ。

何を言っても無駄みたいだし、そもそも貴方が彼女達を

成仏させられるのなんて1ミリ期待してなかったから、

呼ぶだけ損だったーーじゃあねーーー」


 恐らく天使の持つであろう乏しい語彙の中から必死に濾過し

洗練された鋭利な言葉のナイフの数々。


 それが心臓にグサッと刺さるような嫌な感触を胸に覚えたと同時に、

死後の世界での俺は意識を失った。


 ♢


 悪夢を見終えたようだった。

夢の内容は思い出せないのに、酷い気分になった。

胃の中の残留物も込み上げてきそうで、顔も青白くなり、

首筋から変な冷や汗が湧いて止まらなくなっていた。


 それを七瀬に悟られた時はどう取り繕うべきか戸惑ったが、

体のいい誤魔化しは案外すぐ見つかったのと、彼女の献身的な

看護を垣間見たのも相待って大分心が安定してくるーー


 そしてそんな彼女は今自身の服選びの為に

クローゼットの中に閉じ籠もっているのだが、

対してaiは先程からずっと漫画に釘付けになっていて、

こっちには目もくれずに黙々と読み進めている。


「はぁ..」


 一日で日常が一転し、俺はまだ夢でも見ているようだった。


 時刻は現在午後6時30分


 晩御飯時も徐々に近づき、お腹がキュルキュルと鳴りだす。


 今日は速○もこみち流

オリーブオイル仕立ての飯を作ろうと思ってたのに

それも叶わなくなったから、近所のサイゼでも行こうかな、、


 もちろん、記憶喪失の”お二人”も同伴になるだろうから

食費が嵩むのは致し方ないが、普段これといった娯楽も持たず

リア充爆ぜろと日々怨念を送る手前交際費なんてもってのほかだから

時間潰しで適当にやって数十万に膨れ上がったバイトのお給料が

ここに来て初めて役に立つかもしれないーー

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