第13話

♢ 主人公 夢の続き


「死を回避する方法、ですか..?」


「そうよ。まぁ貴方の場合にあてはめるとするのならば、

”死を回避する方法”ではなく、”死ねない方法”なのだろうけど..」

 

 何もない虚無の空間の中で、天使と名乗る容姿端麗な彼女の

顔は急激に険しくなり、眉間に皺を寄せ俺に睨みを効かせる。


「..知ってたんですね」


 嘘はお見通しなのだと、俺は悟った。

どんな巧妙な手段でこの場を乗り切ろうとしても、

向こうが何かしらの手段で自身の思考を把握していた場合、

人間風情の小細工など徒労に終わる。


「あら、私が貴方の考えを読めないとでも思った?」


 そして、天使は俺の目論見通り、

人の考えを読む力があるらしいーー


「貴方が今日、部屋で何をやろうとしていたか」

「ちっ..」


「ふふっ。一つ貴方に忠告してあげるわ。

死後の世界において、人間は生前犯した罪によってランク分けされ、

ある一定のラインを下回ったものには地獄行きが科されるーー」

「だから、何が言いたいんですか?」


「うっふふーー鈍い人なのね..。良い? 貴方のような死に方を選んだ

人間は、例外なく地獄行きが確定するって事。つまり貴方はもう、今日

そうなる予定だったのーー私の未来手帳ではねーー」


「でも、誤算が生じた」

「誤算..?」


「そう。今も貴方の家にいる二人の少女の存在ーー

あの子達の出現は手帳に記されていなかったからもしやーと思ってね。

死亡者リストを漁ってみたらなんとビックリ!!」


 そう言い残した後に、天使は言葉を続ける。

片手に、A4サイズくらいのクリアファイルをいつのまにか保持し、

ページの中ほどをペラペラとめくりながらーー


 タイトルには『死亡者リスト No.1943』などと物騒なワードが

書かれている例のファイルのある一箇所に指をさすーー


「ここだ..。ふふーー矢場君..。さっきの続きねーー

貴方の未来が想定外の方向にずれた。だから死亡者手帳を漁った

ってところまでは良いかしら? ふふふーー」


 さっきから、天使は天使らしからぬ能面のような

気色の悪い笑みを貼り付けながら口を押さえ笑いを堪えている。


 それはまるで、これからの俺のリアクションを期待するような..。


「何ですか..?」


「貴方の家にいる二人の少女ーー名前はーーーとーーー」

彼女たちはね、、もうーー”死んでいる”人間なのよ」


 俺の勘は的中した。

含み笑いをする天使がしたとんでも発言ーー

しかし、内容自体は自分の予想を遥かに上回った。


 ”死んでいる”


 このワードが鼓膜を貫いた時、雷に打たれたような

衝撃が全身を駆け巡り、頭の中が弾け飛ぶみたいな錯覚に陥った。


 死


 この一文字はあまりにも無機質で、鮮烈でーー

俺から数十秒の思考の停滞と沈黙を与え、冷静さを奪った。


「死..死んでるって、何の冗談..」

「嘘じゃない。ほら、この名簿に顔写真があるでしょ?

ここに記載されている人は全員過去に死んだ人間よ」


 『死亡者リスト』からある一枚の紙片を抜き取った天使は、

それを俺の目の前の白い床に置いた。


 そしてそこにあったものは、顔写真だ........


「ひっ..」


 と、脳がその写真を認識した瞬間に、

あまりの恐怖心で俺はその場から3歩仰け反った。


 何故って、写真にその、

七瀬の名前やaiの名前が書かれていたわけではない。

というか後者に関しては機械であるにもかかわらず生物学的な

死とこの世界で捉えられているから甚だ不思議で仕方ないが、、


「驚くのも無理ないよね。特に、No1800~No1900

までのリストはどれもこんな感じよ。死体の顔が綺麗な状態

なのって実は凄い珍しい事なのだけれどね。ここは特に酷い..」

「嘘だろ....。あいつが死んだのって、地震かなんかでか..」


 日本は地震大国だーー

関東大震災、阪神淡路大震災、東日本大震災etc

こんな巨大地震に巻き込まれれば人間の顔があそこまで

グチャグチャになるのも納得できる。


 しかし


「うーん..。詳しい死因まで教えてあげても良いんだけど、

貴方はそういうの一々思い詰めるタイプでしょう?」


 俺は無意識に首を縦に振るしかなかった。

漫画でグロい絵には見慣れていると思ったのに、

さっき見たあのショッキングな写真が、いつまでも脳裏に

焼きついたままで離れないからだ。


「ごめんなさいね、でも分かって欲しかったの。

彼女達はもう死んでいる事にーーーうん、今の貴方が

疑問に感じている事も承知しているわ。死んだはずの人間が

どうして実体を帯びて今貴方の部屋の中に現れたのか」

「そうだよ..。そこの説明がないと納得出来ない..」


「分かった。じゃあ一度しか説明しないから良く聞いていてね。

矢場君、貴方人が死ぬ前と後で体重が変わるという話はご存知?」

「あ、うん。確か21グラムだっけ。有名な実験だよね」


「そう、それが人間の”魂”の質量ーー

人は死んだ後に肉体が抜け、この世界に辿り着くのよ。

でもね。稀に魂以外のものが抜け落ちちゃう人間がいるの。

その要因は一例を挙げるとするなら、有名どころはやはり、

”死ぬ間際の、現世に対する強い未練”でね。これがほぼ大半ー

でも、果たしてこの世界に未練を残さずして死ねる人間が

どのくらいいると思う?」

「え..。全人口の過半数..」


「ゼロよ」

「はぁ!? さっき稀にって言ったじゃないか!?」


「引っかけ問題よ」

「何そのシステム..」


「つまり未練を残さないで死ねる人間なんて存在しないという事。

そして抜け落ちる魂以外のものは大抵、

身のない殻の肉体がほとんど、、この時足だけは例外的に

抜けないから、幽霊には足がないって言説は間違いじゃないのよ」

「へぇ、でもあの二人には足はついてたけど、、

やっぱりお前の思い違いという線はないのか..?」


「ないわ。リストに掲載された情報は絶対ーー

よくテレビの広告とかで、埃を99.9%除去する掃除機みたいなのが

あるけれど、あんな不安定な確率じゃなくて、100%絶対よ。

つまりあの子達が死んだという情報はほぼ確定!! それでいて

実体を帯びている理由、、、その原因は、、」


 この時、天使は俺の方に目配せを送った気がすーー


「貴方よ!!」


「え..??」

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