第12話

 あと一週間で、俺は死ぬ。

そう言い聞かされても恐怖はなかった。それよりも寧ろ、、


「死ぬ? つまり、天使さんには未来が見えて、

俺は一週間後に外的要因で死ぬのが確定しているとかですか?」

「外的要因じゃない。”内的”要因だーー」


 なるほど、と思った。

発言自体は的を射ているし、やはり未来予知のような力を保持しているのか?

それゆえに目の前の天使は俺の死を”内的”要因だと語った。


 しかし、内的要因というのはもしかすると交通事故などの不慮の..

いや、でもあれは車という外的要因が絡んでくる。


 だとするならば、現状最も安牌な考察で尚且つ一週間という短期の

間に起こるものだとするのなら、やはり病気や災害という線が濃厚だろう。


 つまり、大地震に巻き込まれ家の下敷きになったり、

急性で死に至る病気、例えば脳梗塞や、大動脈解離などそういった類のものー


「へぇ..。じゃあ、どうせ死ぬと分かっている俺にそれを

わざわざ伝えにきて、恐怖で枕を濡らせと」


 冒頭でも述べたように、”死”という概念自体、俺は怖いなと感じてはいない。

生きている以上誰にでも起こり得るもので、それが遅いか早いかの違い。


「違うーー」


 しかし白鳥のように白く美しい羽と、光の輪を持つ、典型的な

デザインの自称天使である彼女は俺の発言を素早く遮った。


「違うよ。私が言いに来たのはそういう事じゃない。

君の死が直接貴方に関わっているのは事実よーーでも

それを”回避”する方法があるから、今それについて説明します」


「回避ーー??」


 なるほど、それはベタな話だなと思った。

少年誌とかで自身に降りかかる死亡フラグを回避しながら展開

していくような物語は量産だし、それが空想ではなく現実に

起こり得たという事なのだろう。


「じゃあ、その死を回避する方法を教えるために、俺を呼んだんですね」



 ♢七瀬視点


 最悪、最悪、最悪ーー


 41度のお湯が張られた湯船の中にザバァッと浸った時、

裸足で歩いて擦りむいた足裏と紫に変色した爪の部分に水が当たって、

鋭い痛みが身体中を駆け巡り『イタッ』と反射的に鋭い悲鳴を

発してしまっただけでは飽き足らず、、


 ここに至るまでに、私は何度康太に迷惑をかけただろう..?

さっきマゾとかMとか、そんなはしたない単語を平然と語る

康太が許せなくてつい手を出してしまったし、その前も何か

”ぶれい”な行動に及んでいた可能性は十二分にある。


 「もう..」


 ちゃんとやらなきゃって決めたのに..。

ここを追い出されたら本当に、行く宛のない私は路頭で餓死するか、

へんな人に襲われるかの二つに一つを強いられる。


 だから、親切心でこの家に滞在させてくれる康太には、

感謝もしているーー


 でも、、、、


 それに対して、何も恩返しが出来ていない現状。

自分という存在は彼にとって重荷になっている...。

そう考え出すと、もうここから消え去りたい衝動に駆られるのだ。


 いっそ、この家を再び飛び出して記憶の事なんて

どうでもいいから、誰もいない場所まで走り去りたい。


 でも、そんな事をすれば、

康太はまた私の事を探すに決まっている..。

だったら、私はもう少しだけ..この家にいていいのかな..。


 ♢


 再び目が覚めた時、俺の目の前では相変わらず、

aiが必死になって漫画を読み漁っていた。


 寝落ちする前は1巻だった彼女の読んでいる漫画は、

今ではもう3巻まで進んでいる。


 そして、そんな彼女の近くの、俺の勉強机と椅子に

座っているのは七瀬ーーさっきまで風呂に入っていたはずなのに

いつのまにか出てきた彼女は来た時と同じずぶ濡れのセーラー服を

着ていて、片手に持った星の砂入りのガラス瓶をじっと見ている。


 しかし、

彼女はガラス越しに、俺の目が覚めた事に気が付いたらしい。


「おはよう。変えの服置いてなかったからーー前のままだけど..」

「あぁ、、ごめん..。気付いたら寝ててすっかり忘れてたよ..」


 aiのせいで本来クローゼットを開けた目的は彼女の

室内着を探す事だというのをすっかり忘れていた。


 それに、部屋の窓ガラス越しにさっきから西日が俺の目を灼くー

ここに来た時はまだ1時だったのに、扉の横に置かれた丸時計に

目をやると、もうとっくに長針は真下をさしている。


 それまで、

彼女たちは俺を無理に起こさずに待ってくれていたのだとしたら、

4時間、いや、4時間半近く、アホヅラをしながらスヤスヤ寝ていたであろう

自分が途端に情けなく感じられてきた。


「えっと、一応俺の昔着てた服とかが入ってるのはこの棚と、、」


 なんて漁っている間に、床を見て初めて気が付いた。


 寝る前は読み終えた本と参考書、学校のプリント類で足の踏み場もなかった

床が、塵一つ残さず綺麗に片付けられていた事。


 aiは漫画を読むのに夢中だから、やったのは七瀬だろう。

それはすぐに判明した。というのも、例の床を見て唖然とする俺の所に

近づいてきた七瀬が、さっきからニヤけた面でこっちを見てくる。


 目の真ん中ら辺をクイっと不自然に釣り上げて、目全体が上に凸の

二次関数のような形状をしているだけでなく、口角も端の方がやや

吊り上がり、鼻の穴は、今にも『フン!』といいそうなくらいに膨らんでいるー


 普段は割と落ち着いていてお淑やかな彼女でも、

こんな自信満々な顔するんだななどと考えつつ、

してもらった事への礼が先決だから、ひとまず好感の色を示す


「ありがとう。床、片付けてくれたんだよね..」

「はい!!」


 調子に乗って頭でも撫でてやろうと思ったが、

流石に初手からそうするのは気持ちが悪すぎるし、お礼を言うだけに留めた。


「康太くん」

「何..??」


 さっきまで『あなた』呼びだったのに、ここに来て彼女は初めて

自分の名前に君付けし始めた。別に不満はないのだがーー

名前に君を付けられると、何だか年下扱いされているみたいで不服である。


「私の服探しの前に、絆創膏貼ってあげるよ」

「え..?? 絆創膏?? どうして??」


 どこか怪我した覚えはないのに、急に絆創膏なんて言い出すものだから

正直俺は面食らった。しかし、、


「膝小僧の所、私を探してくれている時に転んでついた奴でしょ?

凄い赤くなってるけど..」


 ここに来て、俺は若干の可動域の狭さとチクチクするような痛みが定期的に走る

自身の膝頭を見つめる。するとそこには、縁辺部には茶色い泥が付着し、

コンクリートの角で擦り切れたであろう生々しい傷の跡が残っていた。


 よく見ると着ていたジーパンにも穴が空いている。


「あぁっ..イテッ」


 思わずその傷口に触れると、神経が剥き出しになった赤い皮膚は、

脳に激痛のシグナルを送る。


「ああだめだめ触っちゃ..。手のバイ菌が傷口に入っちゃうから、

早く消毒しないと..」

「そう、、だね..。じゃあ、救急ボックス取りに行くから、

七瀬もその足の裏と指の傷口をーー」


 と、最後まで言おうとしたが、どういうわけか彼女の

足にはまだ用意されていないはずの絆創膏が貼られていた。


「ごめん! リビングのテレビの横に赤十字マークが見えたから

これかなと思って勝手に..」

「あぁ、そういう事ね。てっきり持参してたのかとーー

それで救急ボックスは今どこに..??」


「ここにあります!!」


 そう言って、彼女は後ろに組んでいた両の手から

救急ボックスを前に持って行き、胸の前に掲げる。


「随分準備が良いんだね」

「うん。だって康太くんが起きたらいつでも治療出来るように

待ってたんだもん!!」


「そう..? だったら俺が寝ている間にーー」


 おっと失言。彼女の善意を踏み躙るような最悪な発言をしてしまう

所だった。きっと、消毒に伴う痛みで熟睡中の俺が目覚めないようにという

彼女なりの配慮なのだろう。


 そんな解釈も出来ずに、また無意識に思った事を口にしてしまう自分を

恥じたが、言葉というのは文字と違って取り消せないのが厄介で、、


 俺がそういううちに、七瀬の顔はみるみる赤くなっていった。


「ごめんなさい..」


 そしてこう一言加える。

彼女の謝罪の真意は不明だが、

きっと何か後ろめたい事でもしたのだろう。

ただわからない以上、それを追求したり咎める事はしない。


「私ーー」 とそこまで出かかって、七瀬は閉口した。


 救急ボックスをさっきから保持したまま、

微動だにする気配がないし、

正直早く消毒剤を傷口に塗布したかった俺は

彼女の腕からそれを奪おうとした。


 しかし、彼女に向かって手を伸ばしたタイミングで、

七瀬の方もついに動き出したから。俺は出した手を引っ込める。

そしてどういうわけか、七瀬は俺の目の前に跪く姿勢を作り、

救急箱を開封し中身のものを取り出す。


 彼女が取り出したのは、マ○ロンとキズ○ワーパッドだった。


「良いよ。自分で貼るから」

「ううん..。そうすると傷口と絆創膏の間に皺が出来ちゃったりするでしょ?

ちゃんと密着させる為に私がやるからジッとしていて!」


 そう言って彼女は傷口にマ○ロンをつけ、

上から絆創膏を貼り付ける。と、ここまでの処置を一通りこなした後に、

今度はガーゼをハサミでチョキチョキ切り長さを整えたものを

膝に巻き付け、末端をテーピングで固定。最後に膝用のサポーターまで

付けるという何とも手厚い治療をいとも簡単に行った。


「どう? キツくない? 普通に動かせる..?」

「うん。凄いや..。巻かれてるのに関節の部分はちゃんと動く..」


「なら良かった〜! これで一安心ね〜!!」

「そうだね、、、」


「....康太くん、起きてからずっと表情暗くない?

何か嫌な夢でも見た??」

「別に、、」


「そ、そう..。なら良いんだけど..。もしかしたらその、私がいるの

迷惑なのかなって、、」

「そ、それはない!」


「良いんだよ..。もし康太くんが嫌だったら、さっきみたいにまた

いつでも追い出して良いんだからね..」

「するわけないだろ。あんな酷い真似は二度としない。だからお前も

いくらいじけたからってそんな卑屈にーー」


 あ..。また失言だ..。


「ごめん。いじけたってのは邪推だった。つまり俺が言いたいのは」

「分かった..」


「え..?」

「分かったよ..。康太くん、しばらくお世話になるから改めてよろしくね..」


「う、うん。。なら良いけど..。それよりさ七瀬ーー

お前まだ服えらび終わってないだろ? クローゼットの中の電気は

つけておくから、良さそうな奴あったら好きに使って良いから」

「あぁそうね..。すっかり忘れてた..。じゃあ、お言葉に甘えて..」


 


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