第4話

「う....ううん..」


 見知らぬその女は、俺のベッドの中で

身体をくの字に曲げ、枕に頭をすりすりさせながら寝言を呟いていて

まるで起きる気配がなかった。


「起きろ」

「うーーーん..」


 あり得るか?


 金品財宝を盗みに入った強盗が、その家で寝落ちしてしまうなど

不注意にも程がないか?


 それに、ここはマンションの10階で、第一ここのマンションに第三者が

立ち入る場合は、特定の部屋番号を入力し室内にいる人間が許可すれば

自動ドアが勝手に開くシステムになっている。


 それにもしそこで入れたとしても、部屋の前の扉の鍵を持っていないと

内部への侵入は不可能ーー


 そんな大規模な(侵入)作戦を敢行しようものなら、管理人室にある

防犯カメラのモニターに引っかかりゲームオーバー..。


 だから、この女性が俺の部屋の中にどうやって入ってきたのか?

空を飛んで窓をかち割って入ってきたくらいしか、可能性としてはない。

とにかく、彼女が起きるのを待つしかーーいや、無闇に起こすと最悪

暴れられるかもしれんし、凶器を保持していたら尚のこと最悪


 セーラー服姿を着ている例の女ーー


 紺色を基調としている制服。

かなり地味めな印象だが、その特徴を挙げるとしたら、


 襟と袖の部分に入っている白色の線

 胸元につけられた黒色のリボン


 しかし、そんな制服姿を見たとて、彼女の学校を特定できるほど

の特殊能力を俺は有していなし、制服自体学校指定の本物ではなく、

ド○キとかで売られているパチモンの可能性も考えると、一概に彼女の

服装がこうだからといって、個人情報を特定できそうな要素を絞り込む

には至らなかったーー


 このまま見ているだけでは埒があかない..。


 結局、俺は賭けで彼女を起こしてみる事にした。

さっき大声を出しても寝言を返されるだけだったから、今度は身体を揺り動かす。


「う....っっっ」


 すると、彼女の目がゆっくりと開かれた。

ブラウンの瞳ーー外国人の血が混ざっているのか、ほんの少しだけ青みがかって

 

 !?


「キャア!!」


 その時だった。目を開いたかと思えば、女は凄まじい速さで上体を起こし、

近くにある枕を俺に向かって投擲してきた。


「何するんですか。痛いですよ」


 下手に焦りを見せてはいけない。

会話の主導権、そして感情面においても、彼女より一歩リードしている所を

見せつつ、不審な動きをされたらその時また考えればいい。


 だからまず大事なのは対話だ。彼女は誰で、どこから来たのかーー


「こ、ここはどこ..? あ、あなた誰よ..」

「それはこっちの台詞。君こそ何者? ここ、俺の部屋なんだけど」


「え..。そ、そんなどういう事....、ってあれ、、どうして..。。

どうしようーー思い出せない..。どうしようどうしようーー」


 気でも狂ったのか、女はその場で頭を抱え、俺のベッドに顔を突っ込む。


「な、何も思い出せない..。な、何? こ、怖いよ..。

ねぇ、ここはどこなの!? ま、まさか貴方が私の記憶を奪ってーー」

「奪ってねーよ。俺はそんな、マッドサイエンティストみたいな真似は

出来ないし、落ち着いて周りを見てくれ。ここは実験室でも何でもない。

ただの16歳の男子高校生の子供部屋だーー」


「う。嘘ついてないよね..。16歳、男子高校生ーー」

「そう..。何で不審者の君に自己紹介なんてしないといけないのか..。

とにかく俺の名前は矢場康太。そしてこの家の住民、ここまで大丈夫?」


「うん..。高校、高校生かー..」


 どうしてそこに食いつくのか理解出来ない。というより

彼女という人間を理解出来ない。何者なのだろうかこの女性は一体??


「じゃあさ、こっちからも質問。君は何なの?

この家にどうやって侵入してきたんだ?」

「えーーー侵入..。そんなわけないもん!! わ、私はさっきまで、、

あれーーさっきまで、どこにいたんだっけ..」


「俺のベッドの中で熟睡してたよ。どうしたの? もしかして

まだ寝ぼけてる?」

「ね、寝ぼけてなんかいない..。

それに、、えーーちょっと待って。私寝てたって、、

じゃあ、、あ、貴方もしかして私の寝顔を見てーーー」


「見たけど。涎垂らしながらふにゃふにゃ寝言言ってたぜ」

「なーーーそんなはしたないマネを人前で!? うぅ..」


「別に寝顔見られたくらいどうだって良いだろ。それよりさ、

君がどうやって俺の部屋の布団に潜り込んだか。そして君が

何者であるか。結局何一つとして答えてくれていないけど。

そろそろすっとぼけたフリするのもやめたら?」


「え..」


「ストップ。今度は知らないなんて言うなよ。ちゃんと

聞かれた事に答えるんだ! まず、君の名前は?」

「わ、わからない..」


「年齢は!?」

「わからない..」


「どこから来たの??」

「わからない」


「この家に入ってきて、何が目当て??」

「知らない..」




 ふざけているのか!? と、彼女が女性じゃなかったら

グーパンでぶん殴っていた所だ。


 いや、ここは一発男女平等パンチをかまして

強制的に口を割らせるというのも一つの手か..。


 でも、それだけはやめておこうと思った。

 

 仮に、現に目の前にいる彼女を一発殴ったとしよう

確かに相手は恐怖で屈服し口をわるだろうけど、そんな事をしてまで

今のこの問題を解決するのは、正直気が引けた。


 だからいくら彼女がすっとぼけようと、向こうが折れるまで

徹底的に話し合う、、それかーーー..。


 ぶっちゃけ、俺はもう家に知らない人が入ってきたとかはもう、

割とどうでも良くなってきていた。つまりであるーー

ここで彼女に何かしらの貸しを作らせ、今回の一件は不問にする。


 いや、借りと貸しとか、そういう条件も込みでもうどうでも良い。


 ただ勝手に上がり込んだのはいただけないから

侵入方法だけは聞き出そう。それでまだ言い訳し始めたら、

もうこの家から出て行けと、、そう言えばーー


「あの..」

「な、なに..?」


「重ねて問うけど、どうやって家に入ってきたの?

それだけでも教えて欲しい」



「分からないわ..。気づいたらここのベッドの上で寝ていたんだもの..。

ごめんなさいーーー」



「そっか..。じゃあさ、俺としても君とこれ以上話しても時間の無駄だし、

君だってそんな見苦しい言い訳を並べるのも大変なわけじゃんーー」


 あれ..。ちょっと待て..、、どうしよう。こんなイラついた感じの

口調で言う予定じゃなかった。でも、自分の理性では抑えきれない本能的な

部分が勝ってしまったのか、無意識に舌が回って止まらないーー


「だからさーーもう出てってくんね。それでもう、二度とこの部屋に

勝手に入ってくんな..」


「え、ご、、ごめん怒ってるよね。そりゃあいきなり知らない人が部屋に

いるんだもんーーで、でも言い訳とかじゃなくて本当に」

「うるさい!!」


「え....」


「知らない知らないって、

そりゃあ入ってきた側はみんなそう言うよ。

もう分かったから..。早く出てけよ..」

「あ、、、、だからまだ..」



「出てけ!!!」


「.......って、、何っ」


「別に..。ただなんか盗っていかれたらやだから。

せめてスカートのポケットの中くらいは俺の手で確かめさせて貰う..」


「や、やめてよ!! 私は何も盗ってないよ!! やめて!!!」


 彼女は今までに見せた事のないような恐ろしい形相で俺を睨み、

怒声を発した。


 ただーーー


「やめてよ..!!」


 力づくで無理矢理押さえつけていた彼女の腕は、

掴んだ時からずっと、小刻みに震えている。


「分かった..。とりあえず今は何も盗ってないんだね」


 カリ


 しかし彼女のポケットから手を抜こうとした時、

指先にガラス瓶のような、何か硬いものに触れる感触があった。

きっと布が彼女の太ももに食い込んで隠れていたんだ。

俺はその硬い何かを掴み、手を引っこ抜いた。


 

「あ..。それは....」



 そして彼女が自身のポケットに仕舞い込んでいたもの。


 それは、


「ねぇ。これ、俺のだよね..。盗ったの?」

「....」


「答えないって事は、盗ったって事で良いんだね?」

「....」


「分かったよ..」

「....。私、元々、そ、それを持ってたのはーー」


「なぁーーー..。

良い加減にしてくれよ..。

俺本当はさ、、演技でも何でもなくて、、

お前が本当に記憶を無くしているのかもしれないって..。

ほんのちょっとだけ心配してたんだ。でも、、こんなんねぇよ..」

「そ、それは..」


「お前は結局、嘘をついてるだけの泥棒に変わりなかったんだな..。

分かったよ。分かったから、、もう何も言わないで出てってくれ..」



 下を向いて、長い事沈黙を貫く俺。

彼女の手を振り解く際に、背中を軽く押しベッドから落とす。


 ドン


 という鈍い音のままに、彼女はベッドの下の床に尻餅をついた。

きっと俺が彼女を突き飛ばしたのは、

彼女にとって寝耳に水だったのだろう。

受け身も取れずにそこそこ高さのあるベッドから落ちたわけだ。


 しかし、彼女は痛がる素振りを少しも見せなかった。


 それどころか今度は顔を伏せ、

ベッドの上で彼女の盗んだ物を呆然と見尽くす俺の元に

ゆっくりと近づき、頬に強烈な一撃を喰らわせた。


「痛いんだけど..」


 彼女に打たれた所が、冷房の冷気も相まってか、

ヒリヒリと痛むーー


「.......最低だ私ーー」


 そして、彼女はこの言葉を最後に俺の部屋から立ち去っていった。

いや、実際にその姿を見たわけではない。


 ただ、少し赤くなった頬に触れつつ項垂れている間に、

2度マンションの部屋の扉を開く音が聞こえた。


 一回目は俺の子供部屋


 そして二回目は、この部屋自体からだろう。


 とにかく、しばらくして分かった事が一つだけあったーー


 

『夕方は、発達した雨雲による局地的なにわか雨が予想されーー』


 リビングにリュックを放った際に、つけっぱなしにされていたテレビ

 中途半端に脱ぎ散らかし、裏表が逆になっている制服のYシャツーー


 部屋中を散策したーー

 俺の靴も元の位置に置かれたままだったーー


 しかし、


 彼女の姿だけが、どこにも見当たらなかった。

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