第2話 記憶

急いで戻ってこないと。俺は焦っていた。


色々な事が頭を駆け巡り処理しきれていない。


まず、あの子供の幽霊。生まれて初めて幽霊を見た。


しかも会話をした。


でもよく考えたら俺は幽霊を見た事がない。


と言うことは本当にあれは幽霊だったのか?瀕死の重症で俺に助けを求めてきていたんじゃないか?


俺は今すぐにでもUターンしたかった。


それと、この警備員のおじさん、なぜ、60年間も忘れていた?


大事なことだったんだろう?何故今日?しかも今夜?今から?


前に一緒に警備の仕事をした時には普通の人だった。この豹変ぶりはついていけない。


何を見たいのか?それさえも分からない。


ん?なんか後ろから声がするな?


「ねー!ちょっと!コンビニで止まってくれないか!」臥龍岡ながおかさんがずっと叫んでいたようだ。


俺は慌てて、すぐ目に入ったコンビニにバイクを停めた。


「どうしたんですか?」


俺が尋ねると「トっ、トイレ!」臥龍岡ながおかさんはコンビニに一目散に駆け出した。


生理現象では致し方あるまい。俺は外で待っていた。


臥龍岡ながおかさんが戻ってきた。


「ねぇー。水を飲ませてくれ。コンビニの中で。」コンビニにはイートインスペースがあった。


そうだ。詳しい事を聞くチャンスだ。


バイクに乗っていると話が聞けないし、運転も危ない。


「分かりました。俺も行きます。」二人でコンビニのイートインスペースで珈琲と水を飲んだ。


臥龍岡ながおかさんは一息に水を飲むと深いため息をついた。


すると何かを思い出した様に前屈(まえかが)みになった。


「どうしてなんだ!なんで忘れていた!」落ち着いたと思ったら大声でさっきの続きを始めた。


人は居なかったが、周りを見回してしまった。


臥龍岡ながおかさん。その、忘れていたことって何ですか?」


俺は素直に理由を知りたかった。


「早く行かないと。間に合わない。」話が噛み合わない。


俺の質問が耳に入っていない。


どうすれば。


「ブブブッブブブッ」俺のスマホが鳴っていた。


スマホを取り出し誰からの着信か確認する。


「誰からだい?」臥龍岡ながおかさんが聞いてきた。


俺は臥龍岡ながおかさんに驚きながら電話に出た。


「コマンダー。絶対行かない方がいいよ。」電話の相手はミア・グーゼンバウアー。


ドイツ系イギリス人。なぜか日本語がネイティブレベルだ。


多分、電話で話す分には誰もイギリス人だと思わないだろう。


彼女はネット対戦ゲームで一緒のチームだ。


そのチームの中でなぜか俺はコマンダーと呼ばれている。


一番古株だからか?


リーダー的存在になっていた。


ミアは3年前からチームに入ってきていて、今は歳は15か。


名前と年齢以外は謎だ。


学校に通っているかも分からない。


「何だって?」俺はミアに返事する。


「だから。そのおじさん置いて、早く逃げて。」


ミアは日本にドローンでも飛ばしているのか?


ミアは物凄い霊感の持ち主で自称ではあるが様々な怨霊や亡霊、生霊と一緒に生活しているらしい。


自称ではあるがルシファーに可愛がられているとのこと。


「だめだよ。一緒に行ったら戻れなくなる。コマンダーがいなくなると対戦が厳しくなる。コマンダーに対して何の感情もないが、いなくなるのは痛い。」


ゲームの話かよ。


と俺は思いながら「大丈夫。送るだけだから。おじさんを下ろしたら、秒で帰ってくる。」


臥龍岡ながおかさんを見ながら言ったが臥龍岡ながおかさんはコンビニの中を彷徨(うろつ)き始めた。


「違うんだよ。行く時に子供の幽霊見たろ。コマンダーはすでに憑かれてしまったんだよ。」


ミアが恐ろしい事を言い出す。


「は?何で知ってる!」俺は背中がゾクゾクしてきた。


「目的地に着いたら、アウトだからね。そのおじさんは、利用されてるだけだから。コマンダーをこ…。プーップーップーッ。」


ミアの電話が切れた。


「もしもし!もしもし?」俺のスマホは充電はまだある。


向こうのバッテリーか。


「何だ?電話が切れる最後、俺をこ?」


すると臥龍岡ながおかさんが仁王立ちで俺の前に立っていた。


冷ややかな目で俺を見ている。


ミアから電話がかかって来ない。


「早く行こうか。」臥龍岡ながおかさんが外へ出る。


そうだ。俺は1秒でも早く戻る事が最優先だった。思い出した。急ごう。俺は臥龍岡ながおかさんを乗せ出発した。


バイクを走らせて行くうち、対向車や後続の車が一台も現れなくなった。


まだ、都内なのに珍しいな。不思議に思っていると、


臥龍岡ながおかさんが背中で話しかけてくるがよく聞き取れない。


「ねぇ。僕はね。地元が茨城なんだよ。就職でこっちに出てきてね。」


バイクの音ではっきりと聞こえないが、だいたいの内容は理解できた。


「僕が小学生の時、近所の神社で友達と遊んでてね。」


え?60年前の話ということは、


いきなり本題に入るの?俺は聞き耳に集中した。


「その神社には大きい鳥居があるんだけど。ある日、鳥居の上に大きい鳥が一羽いることに気付いたんだ。


ほら。鳥居って大きいだろ。


小学生だと遊びに夢中で上なんか見ないじゃないか。」


俺はバイクじゃなくてさっきのコンビニで話に集中できる環境で、しっかり聞きたかった。


「その鳥はさー、下から見上げてたから最初は分からなかったんだけど、人くらいの大きさだったんだよね。」


俺は声をあげた。


人って言ってもサイズは子供から大人まであるが。どのサイズ?


「そしたらさー。逆光だったから鳥に見えたけど、羽はあるんだけど、だんだん人に見えてきたんだよ。」


俺はまた声をあげた。


「あんな高いところにどうやって登ったか。不思議に思ったよ。そして、よ〜く見るとさぁ。手になんか持ってるんだよね。」


俺は息を呑んだ。


「持ってるのはさぁ、生首だったんだよね。


目が見開いてんるだけど、目玉が入ってないんだよ。


血の涙を流して、男の人なのか、女の人なのか分からなくてさぁ〜。


どっちだと思う? 見てみてよ。」


臥龍岡ながおかさんがゴソゴソして俺とバイクの間に生首を置いた。


それは頭から血を流し、


目を見開いていたが眼球は入っていなかった。


俺を見ていた。


気づくと俺は地面に横たわっていて、バイクが100メートル先に転がっていた。


臥龍岡ながおかさんはバイクの近くで倒れていた。


どのくらい時間が経っただろうか、どうにか意識を取り戻し俺は起き上がった。


そしてバイクと臥龍岡ながおかさんの元へふらつきながら駆け寄った。


臥龍岡ながおかさん大丈夫ですか?」|


臥龍岡ながおかさんはうつ伏せになっていた。動かない。


死んだのか?恐る恐る手袋を取り、首に手を当てる。


「生きてる。」どうにか臥龍岡ながおかさんは息をしている。


「バイクは。」倒れていたバイクを起こす。


傷だらけだがバラバラにはなっていない。


サイドミラーは左が無くなっていた。


「警察を。」ポケットのスマホを探す。


どこにもない。どこか飛んで行ったか?


「誰か。」車が一台も通らない。


だんだん身体中に痛みが走りだした。


俺は左膝を強打していた。足が曲がらない。腕も力が入らない。


左足を伸ばし座り込んだ。「ううぅ。」臥龍岡ながおかさんが呻(うめ)き声を上げた。


気が付いたらしい。


臥龍岡ながおかさん大丈夫ですか?」


俺は腹に力が入らず、か細い声で声を掛けた。


「ううっ。どうしてこんなことに。」


臥龍岡ながおかさんが起き上がった。「君。怪我したのかい?」


臥龍岡ながおかさんが声を掛けてきた。「はい。足が動きません。」


俺も体を見回して出血はしていないようだ。


臥龍岡ながおかさんが近づいてきた。「臥龍岡ながおかさん、怪我はありませんか?」


臥龍岡ながおかさんが出血していないか見回す。


「僕は大丈夫だ。君、痛そうだね。」臥龍岡ながおかさんがしゃがみ込む。


「どうして、こんなことに。何か飛び出してきた?」


臥龍岡ながおかさんが聞いて来た。


「へっ?」俺は耳を疑った。


臥龍岡ながおかさんが子供の頃の話をして、そっから、そっから。俺の前に生首を置いたんですよ!」


俺は怒鳴りたかったが声が出ない。


「そうか。私は君に何も話しかけてないよ。」


臥龍岡ながおかさんは落ち着いていた。


「え?嘘でしょ!言いたくないけど。責任逃れするようなことは、やめてください。臥龍岡ながおかさんは確かに話しかけてきました。」


臥龍岡ながおかさんは頷いた。


「君、心して聞いてくれ。生首ってのはどこにある?」


臥龍岡ながおかさんが俺を諭すように話してくる。


「どっかに落ちてるでしょう。もっと先に転がってると思いますよ。」


俺は身体中が痛くて頭が回らない。


「本当にすまないけど、君を巻き込んでしまったな。」


臥龍岡ながおかさん。それだけは言わないで。

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