第3話 転生

 ……ということを、ベッドの上で目を覚ましたわたしは思い出していた。

「そ、そうだ……わたしはエ〇ゲーやってる最中に倒れて、それで……」

「ヒルダ様、お加減はいかがですか?」

「え?」

 声をかけられた。

 振り向くとメイドがいた。

 そう、メイドだ。まだ若い……わたしから見れば高校生くらいのメイドが、恐る恐るという感じでわたしのことを見ている。

「ヒルダ……?」

 呼ばれた名前を反芻する。

 まるで自分の名前じゃないみたいだったけど、頭の片隅ではそれが間違いなく自分の名前だということをなぜか理解していた。

 そうだ。

 

「!?」

 慌ててベッドから起き上がると、部屋にある姿見の前に立った。

 そこには美少女が立っていた。

 まだ幼いが、将来は間違いなく美人になるであろう容貌をしたとんでもない美少女。

 そこにいるのはくたびれたOLではない。わたしが愛して止まない〝美少女〟そのものだ。

「……そ、そうだ。そうだったわ。思い出した。わたしの前世はOL……わたしは生まれ変わったんだわ」

 幼少期から感じていた〝引っかかり〟が全て晴れた気分だった。

 何か忘れているような気がしていたのは前世の記憶だったのだ。

 と、言うことは……もしかしてわたしは転生した……ってコト!?

 しかもこんな美少女に!?

 見慣れたはずの自分の姿が、前世の記憶を通して見ると素晴らしく輝いて見えた。

 本当にまるでお人形のようだと思った。肌は白くて、髪は長くてツヤツヤで、しかも金色だ。金髪だ。金髪美少女。両目は青色。

 ……こんなの画面の向こう側でしか見たことない。目付きがキツイことを除けば、間違いなく美少女といえる。

「す、すごい……これがわたし……? 信じられないわ……」

 はあ、はあ――と思わず息が荒くなってしまう。

 でも、そこでふと思った。

 ……あれ? この顔、この姿、どこかで見覚えがあるような……?

 何となく違和感を覚えた。

 自分の姿を見て『見覚えがある』というのも当然のことなんだけども、そうではない。これはヒルダとしてではなく、前世の自分の感覚が『見覚えがある』と感じているのだ。

 いったい誰に?

「あ、あの、ヒルダ様? 大丈夫ですか?」

 鼻息を荒くして姿見に張り付いていると、後ろから控え目に声をかけられた。

 さっきのメイドだ。

 名前は……そう、確かイザベラだ。

 おっと、いけないいけない……思わず我を忘れてしまっていた。

 わたしはさりげなく口元のよだれを拭いつつ、イザベラに笑顔を向けた。

「ごめんなさいイザベラ、何でもないわ」

「そ、そうですか? 何だかとても息が荒かったようですけれど……まだお加減が悪いのでは?」

「それはこの姿に興奮――じゃなかった。ええと、ちょっと悪い夢を見たの。それで飛び起きてしまっただけよ」

「そ、そうでしたか。ええと、その……頭を強く打たれたようですので、念のためもう少しベッドで横になっていた方がいいのではないかと思いますが……いかがでしょう?」

 イザベラはかなりおどおどしながら、わたしにそう提案してきた。何でこんなにビクビクしてるんだろう? と思ったがすぐに気付いた。

 ……そうだ。今までのわたしは性格のねじ曲がったクソガキだったのだ。難癖つけて何度もメイドたちをいびってきた。イザベラは最近入ってきたメイドだけど、わたしの素行の悪さは聞き及んでいるに違いない。

 こうして前世の記憶を思い出してみると、いい歳こいてわたしはいったい今まで何をやってきたのだろう、と思わず猛省してしまった。いや、今は子供なのだけれども……。

「そうね、心配してくれてありがとう。もう少し横になってた方がいいわよね」

「え? あ、ああ、はい。その方がよろしいかと思います」

 イザベラは少し困惑した後、すぐにほっとしたような笑みを浮かべた。きっとわたしが大人しく言うことを聞いたからだろう。内心は我が侭なクソガキに何を言われるかビクビクしていたに違いない。

 ……いや、反省反省。

 ひとまず大人しくベッドに戻ると、イザベラはすぐに両親を呼びに行った。

 体感的にものすごく長い時間意識を失っていたような気がしたけれど、実際には10分かそこいらの話だったようだ。

 両親はすぐにばたばたと慌てた様子でわたしの元へやって来た。

「ヒルダ、頭は大丈夫か!?」

「ヒルダ、頭の方は大丈夫なの?」

 父と母が心配そうにわたしを見ている。

 ……ひょえー。なんつー美男美女だ。

 前世フィルターを通して見る父上と母上の顔面偏差値がハーバード大学レベルだ。直視するには少し眩しすぎる。

 っと、いけないいけない。いまのわたしはヒルダ・エヴァットなのだ。今さら両親の顔をまじまじと見ていたら変に思われてしまう。

「ご心配おかけしました、お父様、お母様。わたしは何ともありません。ちょっと頭を打っただけのことですから」

 ……それにしても頭は大丈夫か? という聞き方をされるとちょっと引っかかるな。いや、そういう意味ではないということは理解しているんだけど。

 わたしが笑顔で答えると、なぜか両親は一度顔を見合わせてしまった。

「そ、そうか。それならいいんだ」

「でも、万が一があってはいけないからお医者さんを呼ぶわね。いいかしら?」

「分かりました。お願いします」

 わたしが素直に頷くと、両親はまた顔を見合わせた。

 ……あれ? 何か変なこと言ったかな?

 そう考えてから、すぐにまた思い出した。そうだ。今までのヒルダわたしはこんなに素直ではなかったのだ。今まで通りなら、きっと「別に何ともないわ! 医者なんて呼ばないで!」とか言っていただろう。ヒルダはとにかく感情的で、すぐに癇癪を起こす子供だった。自分自身ではどうしてもそれを制御できない性格だったのだ。

 ……ああ、前世の自我を取り戻したせいか、いま猛烈に過去の行いが恥ずかしく思えてきた。穴があったら入りたい……。

「……ん? 待てよ?」

 そこでふと、わたしはまったく別のことを思い出していた。

 ヒルダとしての記憶ではない。前世の記憶のことだ。

 こうして転生しているということは、前世のわたしは多分死んだのだろう。

 ということはつまり……〝見られてはいけないもの〟を全て遺したまま死んでしまったということだ。

 ……え? ちょっと待って? それもう考えただけで死ねるんだけど?

 いやもう死んでるんだけど……ってそうじゃない。

 あの大量のエ〇ゲーとか抱き枕とか、諸々の決して親兄弟に見られてはならないものを、わたしは全て遺してきたというの……?

 しかも一人暮らしでの突然死だ。下手したら身体が腐ってから発見されるというパターンも有り得る。本当に腐女子になってどうするんだわたし。

 いや、この際それはどうでもいい。問題は遺品だ。親はどういう気持ちでわたしの遺品を片付けるんだ。悲しみに暮れながらエ〇ゲーのパッケージを箱につめていくのか? お互いに拷問でしょそれは?

「うう、頭が痛くなってきた……」

 思わず頭を押さえた。

 すると、目の前にいる両親たちが慌て出した。

「なに!? 大丈夫か、ヒルダ!?」

「頭が痛むの!?」

「え? あ、いや、違います! そういう意味じゃなくて!」

「すぐに医者を呼べ!! すぐにだ!!」

「大丈夫よヒルダ、すぐにお医者さんが来るからね! 気をしっかり持つのよ!」

「いや、えっと、そうじゃなくて、そのう……」

 ……この後めちゃくちゃ診察された。

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