自由解放
ボウガ
第1話
足を引っ張りあう人間の中でずっと生きてきた。ユガルとユリアは心の清い二人だった。ユリアは楽器を愛していたが、いつもおんぼろの、触れば数度で壊れる安い楽器ばかりを触っていた。ユガルは神父の真似事をしていた。聖書を読み込み、独自の解釈で説法をする。
彼らは生まれたときからスラムのような場所で過ごしてきた。というのも、地上は汚染され、ある限られた地区でしか、人間的な生活を送ることはできないとされる。増えすぎた人工は地下へおくられ、“奴隷市民”という地位を与えられていた。一説にはその昔罪を犯した人間の送られる場所だというが、人々は疑問に思っていた。
彼ら二人のように真の善人もいたためだ。彼らの首には、取り外し不可能な首輪がつけられている。《奴隷市民管理局》によるもので、一年ごとにある《品質管理試験》で使われるものだ。主に市民の《善性》を記録し、それによって、市民の地位を決める。
ユガルとユリアは、とてもやさしく、小さな罪しかもたなかった、転んで誰かにぶつかったとか、驚いて声をあげたとか、どうでもいいいちゃもんさえ《品質管理スコア》と関係している。50年ほど前までは、いいスコアを出す人間は地上に行けると信じられていた。ユガルもユリアも、心のおくではそれを信じていたが、彼らの良心はそこからくるものではなかった。
「もし彼が地上の人間だったら」
「もし彼女が地上の人間だったら」
古くからお互いをリスペクトしている彼らは、幼いころから恋人であり、お互いの行動が世界を豊にすることを信じて疑わなかった。だが、そんな彼らに試練が襲い掛かったのは、彼らが20代中盤にさしかかったころだった。
「子供がほしいの」
「まて、その言葉を口にするな、誰にみられているかもわからない、それにスコアが下がる」
「それでもいい、私は子供が欲しい、あなたは貧乏な人々にお金をわけあたえ、私は子供の面倒をみる、しっているでしょ?あの子供たちはいったいどこからくるの?」
ユガルは押し黙る、奇妙な話だ。奴隷市民は生殖を禁じられているし、その機能を失っているとされる。だが管理局を疑うようなことをすれば、彼らににらまれる。なんとか彼は彼女を落ち着けようとする。それでも日に日に彼女はやんでいく。
塞ぎ込みがちになった彼女を、ユガルはある場所につれだすようになった。幼稚園である。徐々に症状は改善された、が、ユリアは健康になりむしろ強烈に子供を欲しがった。
「名前は決めてあるの」
「あの人たちは、管理局から子供を育てるよう依頼をうけている、どうすればその役目にあずかれるのかしら?」
「私、天から子供が降ってくる夢をみたの」
彼女の狂気を容認していたユガルだったが、耐えきれなくなり、最後の手段と思い、なけなしのお金で人形を購入した。そして彼女に言い放つ。
「きっとこれで君は我慢できるだろう、子供をもらえなくてもだ!もし我慢ができないのだというのなら、僕はこれで別れることにする」
一瞬、ユリアの目は光を失ったが、それでも嬉しそうに人形をだきしめた。だがユガルはその日から一か月近く後悔することになる。ユリアが人形に話しかけたり、真夜中に食事を与えたりする、実際の人間であるかのように。いよいよ耐え切れなくなって、その夜、はっきりと切り出した。
「別れよう」
はっきりとした婚姻関係も存在しない地下世界である。別れは形式的なものであり、意味もどれほどのものかはわからない。けれどユガルが覚えているのは、その日からずいぶん長い間彼女をみなくなったことと、地下でもっとも貧乏なスラム街にて姿をみたという噂だけだった。
ユリアは、彼に分かれを告げられた瞬間にようやく目がさめた。彼にすがりついても、すでに時は遅かった。ユリアとユガルはお互いに夢をもち、応援していたが、ユリアにはもう一つ夢があった。二人の遺伝子を持つ子供をもつこと、そうすれば自分が死んでもその子は、世界に恩返しができるだろう。
ユリアが貧乏なスラム街に移り住んだのは、そこに“大神父”がいたからだ。その“大神父”はアンドロイドだった。故障したアンドロイド、貧乏な人々が神とあがめ、彼の説法は実際、いいものだったが、ただその反面、彼は言語と思考に問題を生じていて、会話がほとんどできなかった。だがたった一度だけ、ユリアとユガルにこうつげたのだ。
「お前たちの苦しい思いを、すべて良いものに向けなさい、そうすれば、世界はお前たちの存在を認めるだろう」
孤児で、なんで生き延びることができたのかわからないほどに苦しい思いをしていた彼らは、その神父の言葉を信じて、それまでの素行の悪さや、態度をあらためた。するとまず管理局の人間や警察の目がかわり、彼らの暮らしは徐々にいいものになっていった。
「でも、でもね……」
ユリアは神父の前に手を合わせる。彼らがこの地区を出てしばらくして、彼は“機能を停止した”正しくいえば“死んだ”。この人たちが彼らに夢をあたえた。“ここから出るにはどうしたらいいの?”と尋ねたとき偶然にもこう答えたのだ。“夢をみなさい、そうすれば人に優しくなれる”その時から二人の夢は、地上でよい人間になること。にかわった。
「お父さん、あなたは私たちを助けてくれた。でもね、お父さん、私は思うのよ、これは本来、地下の人々みんながうけなければいけないものだと、愛情だと、地下には犯罪がおおいけれど、愛情を注げば必ずそれは減るはずだわ」
その夜ユリアは奇跡を目撃した。いつか見た夢の通り、空から赤子が降ってくる奇跡。しかし、それは彼女ですら信じることができず、彼女がこっそりとその赤子を隠し、秘密の拠点で育てている日々の中ですら、非日常感は同居していた。
しかし、育児は困ることばかりだった。赤子はいつでもなくし、人目を忍ぶ苦労もあるし、将来のことも困る、何よりお金が足りない。ユガルには手紙をかいたが、返事は来ず、人づ手に聞く限り、ユガルは
「“この地下でずっと人の夢をかなえる”」
といって、独身をつらぬき、瞑想に力をいれているようだった。
危ない地区で、危ない目にもあった。暴力を振るわれたりモノを盗まれそうになったことも一度や二度ではない。それでもそのたび、奇跡はおきた。フードをかぶった男がたすけてくれたり、きがつくと、赤子の世話を誰かがしてくれていたり置手紙と一緒にお金が置かれていることもあった。
もし、この人が男であれ、女であれ、その人の奴隷になってもいいとすら考えた、他人のためにこれほど力を使えるひとは、やさしい人に違いなかった。
だが、幸せな日々は突然終わりを告げる。彼女の暮らしや、挙動をおかしくおもった商店の店主が、警察に彼女を通報したのだ。警察は情報を詳しく尋ねると、顔を真っ青にして、何十台ものパトカーがあつまった。彼女はスラムでの商売をおえ、赤子の拠点に向かう途中でそのことをしり、すぐさま子供のもとへ向かった。
“本当の子であるかなんて関係ない、私の夢や喜びがきえてもいい、あの子だけは、無事でいて!!”
なんとか秘密の拠点にたどり着くと、赤子のおくるみをとりあげる、ひどい悲鳴をあげてなきだし彼女の頬をみると血がついている。あわてて全身を見直すも、怪我はないようだ、そして、周囲をみるとその正体がわかった。赤い血は、入り口からきて別の出口へと向かっている。“あの人”だ。
その時警察の声が響いた。
「そこにいるのか!!!赤子を引き渡し、直ちに出頭しろ!!!」
彼女は、勢いよく駆け出した。
何時間たっただろう、我ながらうまく逃げたと関心していた。だが、いよいよ苦しくなっていた。追跡者が5人ほどかたまり、人通りのすくない、それも袋小路においつめられていく。ここまでか、それでもあきらめたくなかった。
「まて!!!《脱走者!!!》」
「止まらないと撃つぞ!!!」
市民からの視線をきにする警察官とは違い、地下の“奴隷市民”の犯罪を取り押さえる警察官は、罪の大小などきにしていない。その警告の数秒後、弾丸は発射された。そのすべてはボスボスっと、赤子ではなく、赤子を守る人間に着弾した。
「ユガル!!!」
「ユリア!!!逃げろ!!!」
「なんてこった!!奴隷市民にあたってしまった!!」
ユガルは、腹部をかかえてうずくまる。弾丸が射出されると同時にユガルが影からとびだしてきたのだ。弾丸はすべて腹部に3か所あたり、警察官が焦り、怒号が飛び交う、だが、一人の女性警察官がユリアに近づき、叫んだ。
「早くその子を渡しなさい!!奴隷市民たるあなたを、地上人の“統治者”さまが見染め、子供を産ませたのに!!!どうして裏切るの」
「この子は私たちの子じゃない!!捨てられていたのをひろったの!!」
ユリアのフードをめくると、警察官は真っ青な顔になった。
「《脱走者》マリアじゃない」
警察官は、顔を見つめあってやりとりをすると、すぐ救急車がかけつけた。
ユガルは、病院に運ばれ、治療を受けた。なぜかそのとき管理局の人々は《すまなかった》とか《保証はする》とかいっていたが二人に事情はわからなかった。
「ねえ、私たちの子でしょ?」
とユリアが尋ねる。
「僕は子供をしかりすぎる、きっと、子供を育てたら彼を不幸にするだろう」
ユガルは答えたが、ユリアは優しく抱きしめた。
「いいえ、あなたはこの子を育ててくれたわ、私がいないとき、この子の世話をしてくれるひとがいたもの、あの秘密基地をしっているのはあなただけよ」
ユガルは照れ臭そうに頬を掻いた。
やがて、奴隷市民管理局から正式な通達がきた。1年後、息子を引き渡すと、数々の書類に目を通し、話をきくと、赤子は地上世界からその母親によって盗み出された
。妙な話だが、母親は奴隷市民で、地上の名のある人間と結婚をしたが、夫婦生活がうまくいかず脱走し、地下に逃げ込んだらしい。その男の名はふせられ、妻のその後はいまだ不明だと教えられた。
やがて、1年後、地上エレベーター前で、少し話せるようになった息子を地上に送り出すことになった。“使者”とともに、何事かもわからない息子は、地上へのエレベーターにのると、不思議そうにこちらに手を振った。涙を流すユリアを、ユガルが支える。50年ぶりにそのエレベーターは、地下の人間を地上へと運んだ。
「私たちの夢はかなわなかったけれど、あの子は幸せにいきられるかしら」
「ああ、きっと」
赤子に与えられた自由は実を結び、“自由”の意味を知るだろうか?ほかの赤子や大人たちより、正しい選択をし、人々を幸福にするだろうか。確信はつかめない。ただ、ひとつわかることは、私たちは赤子を大切に育て、愛情を与えたという事だけだった。
自由解放 ボウガ @yumieimaru
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