第19話 天使

「よいしょっと。」

「あ、ありがとうございます。」


俺は今、空から降ってきた美少女にお姫様抱っこをされ、運ばれている。


いい匂いがす...じゃなくて、一体これはどういう状況なのだ。

さっぱり分からないが、美少女の腕の中ということで、良しとする。


ヘマをして死にかけていた所、この美少女が降ってきて、俺は助けられた。

空から現れた美少女、まるで天使だ。


いったい彼女が誰なのか。

敵ではない...と思う。

何故なら、彼女と目が合った時、彼女の目には十字の紋様が刻まれていた。

そして、彼女の服、少しデザインが可愛くなっているが、俺と同じアークで支給された戦闘服と殆ど同じだ。

ということは、ノアの覚醒者であること、そしてアークの一員であることは間違いないだろう。


「あの...あなたは誰なんですか?」

「私?エマよ。エマ・ヴィナス。君は?」

「ルーク・キャンベルです。」

「...あっ、君がニコ班長が言ってた新入りね。」

「はい...、というか何故ここに?」


俺がそう質問すると、彼女は少し顔を赤らめた。


「えーっと、鳩が飛んできてね、近くで厄災が出たって言うから、たまたま近くにいた私が行くことになったんだけど...。ちょっと、いろいろ調整をミスしちゃって飛びすぎて、落ちすぎちゃったの。」

「はあ、。」


ちょっと彼女が何を言っているのか分からないが、とにかく助けに来てくれたようだ。


「探索班の人、どこにいるか分かる?」

「あまり遠くには行ってないと思うんですけど...。」

「そっか、じゃあここで待ってよっか。」


彼女は俺をゆっくり地面に降ろした。

俺の転生してから最も幸せだった時間が終わった。


ーーー


少しすると、ジンが戻ってきた。


「キャンベル様!厄災は破壊できたのですね!」

「はい、何とか...。彼女に助けてもらって...。」

「あぁ、ヴィナス様!応援に来てくださったのですね。ありがとうございます。」


エマは照れながら、エヘヘと笑う。


「偶然、厄災の上に落ちることが出来てよかったです。」

「そんな、ご謙遜を。」


謙遜なんかではなく、本当に偶然なのだろうが、そんなことを指摘するのも野暮なので、俺は何も言わないでおいた。


「っていうか、早くルーク君の手当てをしてあげて下さい!」


彼女は地面で転がっている俺を指差す。


こうなってしまったのは全部俺のせいなのに。

心配までしてくれるとは。

なんて優しい人なのだ。

何度もいうが、まるで天使だ。


「はい、おそらくもう少しで馬車が迎えに来ます。キャンベル様、怪我の方は大丈夫でしょうか?」

「はい...、大丈..夫...です。」


と強がってはいるが、体が激しく痛む。

もろに厄災の攻撃を何度も浴びたのだ。

体の骨も何本か折れている。

大丈夫な訳がない。


何とか厄災を倒すことが出来たが、初任務にしてはなかなか大変だった。

覚醒者2人が戦闘不能。

俺は全身バキバキだし、カンナリなんて腹を貫かれた。


そういえば、カンナリは大丈夫なのだろうか。

あのまま死んでしまっていてもおかしくはない。


「ジンさん、カンナリは?」

「カンナリ様は、怪我が酷かったので、ベッドをお借りして、今は眠っております。」


ジンのその言葉に俺はほっと息をついた。

カンナリが怪我をしたのは俺が原因なので、死なれては寝覚が悪い。


「死んでいないなら...良かったです。」

「はい、今日中にはアークからの迎えが来ると思いますので、キャンベル様もゆっくり体をお休め下さい。」


ーーー


夜になった頃、アークからの迎えがきた。


「キャンベル様、迎えが来ました。」

「や、やっとですか。」


半日は待った。

全身バキバキのまま、放置されるのはまさに地獄だった。腹に穴の空いたカンナリはもっと地獄だったに違いない。


「では、運びますね。少し痛むと思いますが、我慢して下さい。」


ジンはそう言って、俺の腰とベッドの隙間に両手を差し込んだ。


「痛い痛い痛い!」

「ちょっと、キャンベル様!我慢して下さい!」

「そ、そんなこと言われても無理ですよ!痛すぎます!」


主に折れている俺の骨は肋と腰。

運ばれる際、全身に痛みが駆け巡る。

我慢なんて出来るわけがない。


しかし、不思議なことにエマが俺をお姫様だったしていた時は、さほど痛みは感じなかった。

何か彼女の能力が関係しているのか、それとも彼女が美少女だからなのか、真相は分からない。


「あのジンさん、私が運びましょうか?」


俺が痛みに悶えていると、エマがヒョコッと顔をを出した。


「いえ、覚醒者様のお手を煩わせる訳には...。」

「でも、私の力を使った方が楽だし、ルーク君も痛くないと思うの。」

「...確かに。分かりました、では、お願いします。」

「ジンさん、少し離れてて。」


彼女はそう言うと、俺の胸に手を当てた。

と同時に、彼女の目に十字の紋様が浮かび上がる。

そして、俺の胸にそっと触れた。


すると心なしか、俺の体が軽くなった気がした。

そして、エマは軽々しく俺の体を持ち上げ、馬車まで運んだ。


「これでよし。」

「あ、ありがとうございます。」

「じゃあ、ルーク君。」

「なんですか?」


エマは右手を構えた。

中指を親指で押さえる。

あの指の配置、見たことがある。


「えいっ!」


おでこに衝撃を感じた。

そして、俺の意識は暗闇へと落ちていった。


ーーー


「はっ!」


気がつくと、俺は馬車に揺られていた。

隣にはカンナリが寝ている。


「痛って...。」


まだ、おでこがジンジンしている。

気絶するほどのデコピンを喰らったのだ。

ってか、気絶するデコピンってどんな威力なんだよ。

もしかしたら、折れた骨が1つ増えたかも。


エマと目があった。


「あ、ジンさん!ルーク君が起きたよ!」

「キャンベル様、目が覚めましたか。体調はどうですか?」


「あ...う...、。」


声が出ない。

意識を保っているだけで精一杯だ。


「ルーク君、さっきはごめんね。苦しそうだったから意識はない方がいいと思って。」


めちゃくちゃだ。

あの衝撃で死んでたらどうするつもりだったのだ。

悪気が一切なさそうな所が、またタチが悪い。


まあ、彼女のいう通り、馬車の小さな揺れでさえ俺の体には激痛が走る。


「ぐっ、。」

「ルーク君、大丈夫?」


彼女はそう言うと、俺の体をさすってくれた。

すると、痛みが和らいだ気がした。


ーーー


馬車の揺れが緩やかになった。


「キャンベル様、アークが見えてきましたよ。」


ジンはそう言って外を指さす。


「や...やったぁ....。」


俺は力無く、返事を返した。

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