第5話 やはり、スーパーハードモード
約5年が経過した。
この世界では誕生日といったものはないらしく、年の初めにみんな一斉に歳をとるようだ。
なので、明日で俺は15歳になる。
この世界では15歳で成人なので、俺も明日から立派な大人だ。
まあ、15歳で成人と言うと、一般世間では少し違和感のある話かもしれない。
しかし、俺は転生前、中学校を卒業後すぐに孤児院を出て働いたので、俺にとっては特に違和感のある話では無かった。
この世界に来てもう約7年になるのか。
振り返ってみると、あっという間だった。
これまでの暮らしを一言で表すなら、中世ヨーロッパへのタイムスリップといったところだろうか。化け物や魔術が存在しているといった、少し変わっているところを除けば、だが。
便利なものがありふれていた世界から来た俺は転生当初、かなりこの世界を不便に感じた。
しかし、慣れてしまえばどうといった事はない。料理、洗濯、掃除といったあらゆる家事は、もうお手のものだ。
もし俺が女性の体で転生していたならば、嫁に貰いたいと街中の男が俺を訪ねてきていたことだろう。
今日は少し早く目が覚めたので、シモンの部屋でも掃除してやろうと思い、彼の部屋に入ると、シモンは既に起きていた。
珍しいな、いつもは俺が起こすまで起きないのに。
「おお、早いな。どうだ?調子は。」
「はい、今日も問題ないです。」
シモンは毎朝、俺に調子はどうかと聞く。
...いや、シモンは俺に聞いているのではない。
ルークに聞いているのだ。
記憶が戻ったかどうかを。
数年間シモンと一緒に過ごしてきたが、ルークとシモンの関係について殆ど何も聞かされていない。
毎日気にかけるくらいだ、とても親密な関係だったのだろう。
しかし、俺がルークの記憶を知ることがあっても、俺がルークになる事はない。
なので、シモンがルークのことを気にする素振りを見せると、たまに心がキュッとなる時がある。
俺はルークではない。転生してきたんです。
この7年間、何度もそう伝えようと思ったが、できなかった。
信じてもらえないだろうという気持ちもあるが、一番はシモンを悲しませたくなかった。
そんな俺の気持ちをよそに、シモンは仕事の支度をしていた。
ノアの覚醒者であるシモンは大忙しだ。
年齢もそこそこいっているだろうによく働いている。
「今日も仕事ですか?」
「あぁ、最近厄災の動きが活発化してきてな。ついてくんなよ。」
「言われなくても分かってますよ。」
あの屋敷の一件以来、俺はシモンの仕事について行くのをやめた。
最初はシモンを少しでも手伝えたら、なんて考えていたが、あの化け物を見たら俺に手伝えることなど無いことが一瞬で分かった。
なのであれ以来、厄災やシモンが戦う所は一度も見ていない。
しかし、どうやって仕事の依頼を受けているのだろうか。
シモンが他の誰かと話しているところを俺はあまり見たことがない。
前回の仕事から今回の仕事までの間にシモンが会話を交わしたのは俺の知る限り、宿舎の管理人と俺だけだ。一度、鳩のような鳥と喋っているのを見かけたが、それは俺は見なかったことにしてやっているので含めていない。
シモンは支度を終え、仕事に行くのかと思ったら、ドアの前で立ち止まり、振り返った。
「おい、ルーク。」
「はい、何でしょう?」
「行ってくる。」
「は、はい。いってらっしゃい...ませ。」
なんだ急に。気持ち悪い。
いつもは無言で出ていくのに。
シモンが出ていった後、俺が家事以外にやる事は1つ、そう、魔術の練習だ。
最初こそ、想像していたものと違った魔術に絶望したが、案外やってみると意外と才能があったようでどんどん上達した。シモンとまでは行かないが、かなり上達したように感じる。
いつものように術式を空に書き、詠唱をしては術式を消すを繰り返す。
条件を付したりもしてみる。
外から自分を見えなくしたり、俺以外が外から中に入れないようにしたり。
色々試行錯誤を繰り返す。
いつかはシモンのパートナーとして仕事についていけるかもしれない。
ーーー
よほど集中していたのか、気づくと辺りは暗くなっていた。
もう夜か。
冬は日が落ちるのが早いな。
俺とシモンが各地をまわっているヴァルハラ大陸にも四季があるようで、今は冬真っ只中だ。
しかし、今日はシモンが帰ってくるのが遅い。
いつものシモンならば、日が落ちる前にはすでに帰ってきているはずだ。
まあ、シモンのことだ、心配する事はない。
きっと向こうでゆっくりしているのだろう。
もう少し待とうかと考えたが、先に食事を摂ることにした。もちろん作るのは俺だ。
2人分の食事を作り、シモンの部屋へと持っていく。宿舎で、俺とシモンの部屋は別々だ。しかし、俺の部屋は狭く、食事を摂るようなスペースはない。
それに対して、シモンの部屋はとても広い。
なので、いつも食事はシモンの部屋で摂っている。
シモンの部屋に入ると、2枚の紙とサッカーボールが入るくらいの大きさの巾着袋が机の上に置いてあった。
何だ?忘れ物か?
めずらしいな。
シモンは家事を全くしないが、意外と綺麗好きなので自分の部屋の掃除だけはしっかり行っている。
なので、シモンは机の上に荷物を置いたままには決してしない。
実に気になる。
シモンと生活してもう7年になるが、彼はまだまだ謎が多い男だ。
人の荷物を勝手に見てはいけない?そんなこと分かっている。
でも、我慢できそうにない。
俺は迷わず荷物に手を伸ばした。
まずは、この紙からだ。
何か書いてあるな。手紙か?
ここまで来たら遠慮は要らない。
読むに決まっている。
「えーっと...、何が書いてある...えっ...。」
俺は手紙の内容に目を疑った。
〜ルークへ、かなり危険で長期間にわたる仕事が入った。数年は帰って来れないだろう。もちろん弱すぎて、お前は連れてはいけない。突然のことで驚いているだろうが、心配するな。お前の職は、俺が手配してやった。もう1枚の紙に地図が書いてある。そこに行け。以上〜
え?嘘でしょ!?
そんな様子どこに...。
いや、確かに今朝、シモンの様子は少しおかしなところがあった。
少しぎこちないと言うか何と言うか、少し変な感じだった。
シモンは既に出て行ってしまっているし、どこに向かったのかも分からないので、あとを追う事はできない。
なので俺はどうすることも出来ず、まずこれからシモンが帰ってくるまでどう生きていくかを考える事にした。
広い部屋でポツンと1人、俺は考えた。
10分ほど考えたが、もちろん1つも良い案など思いつかなかった。
「ふぅーっ。まあ、考えても仕方ないか。」
うん、仕方ない。
自分でも意外だったが、俺は結構落ち着いていた。
そういえば、職を紹介してくれると書いてあったな。
地図は...どこだ?
机の上を探したが、見当たらない。
巾着袋の中も探したが、少しのお金が入っているだけだった。
どこにもない。しかし、手紙には地図があるとはっきり書いてある。
俺はシモンの部屋を隅々まで探した。
「これ...か?」
1時間以上探して、俺はようやく地図“らしきもの”を見つけた。
驚いた事に2枚あった紙のうち手紙では無いもう一方が地図だった。
灯台下暗しとはこの事だ。
そんなに簡単な場所にあったのに、なぜすぐに見つけることができなかったのか。
答えは簡単、その紙がどう見ても落書きにしか見えなかったからだ。
どんな地図かというと、紙に線が数本書かれており、目的地らしき場所に二重丸が書いてあり、目的地の名称だろうか、『アーク』と記されている。
下手したらゴミと間違えて捨ててたぞ。
手紙を先に見ておいてよかった。
しかし、こんな地図でどうやって目的地に辿り着けと言うのだ。
俺は以前、シモンに買って貰った『1から学ぶヴァルハラ大陸』という名の地図帳を取り出し、シモンの残した地図と見比べた。
2つの地図と睨めっこを続けた結果、俺はおそらくここだろうという場所を見つけることができた。
正直言って、合っていると言う自信はない。
でも、これが合っていると信じる他ない。
夜も遅くなってきたので、本に栞を挟み、今日は寝ようと俺は自分の部屋に戻った。
いつもより一層疲れた体を癒そうと、ベッドに入り、天井を見つめているとある疑問が俺の頭をよぎった。
この宿舎の料金はどうなっているのだろう。
俺はこの世界で働いた事はなかったので、生活費は全てシモンが出してくれていた。
もちろん、この宿舎の宿泊代もだ。
あれ?これやばくないか?
そう思った俺は急いで、宿舎の管理人の部屋へと向かい、ドアを激しめに叩いた。
「す、すいません、まだ起きていらっしゃいますでしょうか?」
「・・・」
返事はない。
もう寝てしまったのだろうか。
「もしもーし!」
「うるせーな、誰だよ!何時だと思ってんだ!」
粘り強くドアを叩いていると、汚いおっさんが出てきた。
信じられないがこのおっさんが管理人のようだ。
寝ていたところを起こされたようで、かなり機嫌が悪そうだが、起きてくれたのでよかった。
俺は管理人に事情を説明すると、今日までの料金はもらっているから明日の朝、出て行くように言われた。
なので、俺は寝るのを後回しにし、先に荷造りを済ませることにした。
俺の荷物は
・衣服が数枚
・師匠に買って貰った本が3冊
・師匠が置いていった少しのお金
・ゴミのような地図
・師匠からもらった木片のペンダント
だけで全て巾着袋に入れることができた。
「ふーっ。やっと寝れる。」
気がつくと日付は変わり、俺は15歳になっていた。
とんでもない誕生日だ。
明日から旅の始まりか。
全くワクワクしない。
旅の目的地が職場なんて、そんな事あっていいのだろうか。
魔術が上手く行った時、俺の人生がハードモードくらいにはマシになったと思ったのに。
やっぱり俺の人生はスーパーハードモードだ。
こうして、真のスーパーハードモードな俺の人生が改めて始まった。
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