第4話 魔術師への道

シモンに魔術を教えてやる言われた俺は『魔術大全』を大事に抱え、スキップをしながらシモンの部屋へと向かった。


俺がなぜ、スキップしてるのか。

そんなの決まっている。

今から魔法使いになれるのだ。

スキップせずにはいられないだろう。


これまでの経験からまた期待を裏切られるのではないかと少し不安に思ったが、今は考えないようにする。

シモンから魔法を教えてくれると言ったのだ。

今回こそ大丈夫だろう。


シモンの部屋の前に着き、俺は勢いよくドアをノックした。


「師匠ー!ごめんくださーい!」

「おぉ...元気だな。まぁ、入れ。」


先ほどまで気落ちしていた俺が満面の笑みで訪ねて来たのでシモンは少し気持ち悪がっている様子だった。


俺はそんなシモンの様子に気づいていたが、この気持ちは抑えることができない。


「師匠!早く魔法使いになりたいです!」

「だから何度も言うが、魔法ではない。正確には魔術だ。」


名前なんてどっちでも良いではないか。

シモンは変にキッチリしている所がある。

しかし、俺は教えてもらう立場だ。

態度で示さなければ。


俺はシモンの前で正座をし、真剣に聞く姿勢を示した。

 

「では、魔術師になりたいです!」

「よし、分かった。じゃあまず基本的な説明からだ。魔術とは、ノアの直系の子孫であるトバル・セムスが開発したものだ。」


ノアの直系の子孫が魔術の開発者なのか。

神を倒した者の遺伝子をより濃く継いでいる者ならば魔術を開発したといわれても不思議ではない。


「では、そのトバル・セムスという人も覚醒者だったのですか?」

「おぉ、いい質問だ。ルーク、お前はどう思う?」


正直どっちでも俺には関係ない。

まぁ、ノアの直系の子孫なのだから覚醒者なのだろう。


「もちろん、覚醒者だったのでしょう?」

「いや、違う。彼は覚醒者ではなかった。だから魔術を開発したのだ。」


ん?覚醒者ではなかったから魔術を開発?

俺のように勇者になれなかったから魔法使いになろうと思ったのか?

もしかしてトバル・セムスも転生者だったりして。


俺がそんな想像していると、話を聞いているのかとシモンにデコピンされた。


「ここからが重要な話だ。お前はガッカリするかもしれないが、しっかりと聞いておけ。」


俺がガッカリする?

もう勘弁してくれ。

この世界にはガッカリさせられっぱなしなんだ。

しかし、聞いてみなければ何も始まらない。

聞くだけ聞いておこう。


俺が覚悟を決め、頷くとシモンも俺を見て頷いた。


「魔術は、厄災と戦うためのものではない。覚醒者ではない者が厄災から身を守るためのものなんだ。つまり、攻撃の手段ではなく、自衛の手段だ。」


攻撃ではなく、自衛?


習得するには何年もかかるだとか、子供の魔力量では扱えないなどと言われると思っていたので、予想外の回答に俺は戸惑った。


え?俺、戦えないの?


本当にこんなにガッカリさせられるとは。

ここまで人生がスーパーハードモードだと逆に感心する。たいしたものだ。


俺は完全にやる気を無くし、正座を崩し、あぐらをかいた。


俺があからさまにガッカリした態度をとったので、シモンはため息をついた。


「はぁ、やっぱりな。どうする?やめるか?」


やめようかな。

・・・

いや、待て落ち着くんだ、俺。

まだ、魔術の詳細を全く聞いていない。

もしかしたら、工夫次第でどうにかなるものかもしれない。

俺の読んだ漫画にも魔術は想像力次第で何でも出来ると書いてあったではないか。

聞くだけ聞いてみよう。


俺はもう一度、姿勢を正座に戻した。


「いえ、やります。教えてください。」

「よし、じゃあ次は魔術で何が出来るかだ。基本的には『結界を張ること』が出来る。その結界に自分なりに情報を組み込み、効果を付け足していくんだ。例えば...あぁ、そうだ、お前、あの屋敷に居た時、扉が開かなかっただろう?あれは厄災が屋敷から出ないように俺が屋敷に魔術を施したんだ。」


めっちゃ地味じゃん、と言葉が喉まで出かかっていたが、押し込んだ。

次またやる気の無い態度を見せたら本当に教えてくれなくなるかもしれない。


「それだけ...ですか?」

「それだけとは何だ。閉じ込める以外にも自分の周りに結界を張って相手の視界から消すことが出来たりする。お前のような覚醒者ではない者が生き延びるために必要なものだろう。」


マジかよ。結界だけ?火とか出せないの?ビームは?


ますますガッカリする気持ちが増した。

しかし、これからシモンと生活をしていく上で生き延びるために習得する意味はありそうだ。

実際に俺はあの屋敷で死にかけている。


俺がいろいろ考えていると、シモンが服の袖を捲まくり、何かの準備を始めた。


「実演に移る前に何か質問はあるか?」

「んー、そうですね。あっ、そうだ!魔力の溜め方はどうするのですか?」


まだまだ聞きたいことは沢山あるが、魔術を使う上でこれが1番大切なことだ。

そもそも使えませんでしたなんて事になったら流石の俺でも1週間は引きこもってしまうだろう。


シモンは俺の問いに首を傾げた。


「魔力?何だそれは。そんな訳の分からないものは魔術には必要ない。必要なのは術式と詠唱、加えてそれらをどれだけ精密に行うことができるか、それだけだ。」

「え!必要ないのですか!?」

「必要ない。そんな話、どこで聞いたんだ?」


漫画で見ましたなんて言っても伝わらない。

なので、本に書いてありましたと言っておいたら間違った本を買ってしまったと『魔術大全』を捨てられてしまった。


俺が急いでゴミ箱から本を取り出していると、シモンは魔術の実演に移っていた。


シモンは何か呪文のような何かを唱えながら、指で空に文字を書く。


すごい、文字が宙に浮いている。


シモンが唱えている言葉も書いている文字も俺には理解できなかった。

この体が知らない言語のようだ。


呪文を唱え終わり、シモンは文字を書いていた手で宙に浮いた文字を押し出した。

シモンが文字を押し出すと同時に、俺の世界から音が消えた。


何も聞こえない。

怖っ!


俺は立ち上がり、シモンの元へと駆け寄ろうとしたが、一歩踏み出した瞬間、何かにぶつかり、尻餅をついた。


見えない壁がある。

これが...魔術か。


シモンは押し出した文字を指でなぞるようにして消した。

すると、世界に音が戻ってきた。


「どうだ?」

「めっちゃ凄いです。」


少し落ち着いたあと、俺はシモンに詠唱する言葉と術式の書き方を丁寧に教わった。


「まずは、紙に術式を書いてゆっくり詠唱をしろ。その次は、地面の砂にでも書け。どんどん不安定なものに変えていくんだ。いずれは俺のように空に書くことも出来るようになるだろう。お前に魔術の才能があればの話だが。」


あとは自分で頑張れとシモンはベッドに寝転んだ。


今までの感じだと、この世界で俺に何かの才能があるようには思えないが、やれるだけやってみよう。

俺はシモンにお礼を伝えて、自分の部屋に戻り、すぐにベッドに潜った。


今日は沢山勉強したので疲れた。

今日はもう寝よう。

魔術の練習はまた明日だ。

 

俺は転生前、最後に世界を救う勇者や最強の魔法使いになりたいと願ったが、現在は


勇者×

魔法使い△


と言った感じだ。

あ、すっかり忘れていたが、もちろんハーレムも×だ。


俺の異世界生活は順調とは言えないだろう。

しかし、少しずつ良くなってきている気がする。


ーーー


時間は過ぎ、俺はいつの間にか10歳になっていた。

この世界に来てから誕生日なんて気にしたことがなかったし(そもそもこの体の誕生日を俺は知らない。)、毎日同じことを繰り返していたからだろう、全く気づかなかった。


この地域に来てから何度もシモンは仕事に出掛けていた。

俺は行っても足手まといになる事は分かっていたので1度もついて行ってはいない。


魔術の調子はというと、意外と上手くいっている。

最も基本的な魔術である、『結界を張ること』だけなら、空に術式を書き、使用することができるようになった。紙さえあれば、少しの工夫を加えることもお手のものだ。

先日、シモンに見せたら驚いていた。


魔術の詳細を知った時、俺は正直言ってかなりガッカリした。

しかし、この世界に来て初めて上手くいっているので、今となっては魔術の練習が楽しく感じている。

俺の人生はスーパーハードモードだったが、ハードモードくらいにはなったのではないだろうか。


今日も、朝早くから魔術の練習をしていると、シモンが見に来た。

なので、俺はシモンに魔術を使い、結界に閉じ込めてやった。しかし、シモンは慌てる様子なく、いとも簡単に俺の魔術を粉々にした。


「いい感じだな。お前のことだからすぐに諦めると思っていたがよくやっている。」


完全にお世辞だ。

しかし、シモンがお世辞でも俺を褒めるのは珍しい。


何しに来たんだ?

褒めに来ただけ...とは思えない。


「お前、もう10歳だったな。これをお前にやろう。」


シモンはそう言うと、木片のようなものがついたペンダントを取り出した。


「これは何ですか?」

「お守りみたいなもんだ。付けとけ。」


正直言ってセンスが良いとは言えない。

しかし、俺はありがたく受け取った。

俺は転生後はもちろん、転生前も孤児だった俺はプレゼントなんて貰ったことがない。

なので俺にとって正真正銘、初めてのプレゼントなのだ。


「ありがとうございます!大事にしますね!」


シモンは俺にとって親のような存在だ。

そんな彼からのプレゼントに俺は少しだけ泣きそうになった。

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