第3話 厄災

この世界に8歳児として転生して俺のスーパーハードモードな人生をやり直す機会をもらえた。

しかし、いざ転生してみると、俺が死に際に思い描いていた異世界転生とは全く違ったものだった。

というのも、この世界はとにかく不便なのだ。

文明は逆行しており、さながら中世ヨーロッパといった感じだ。

そして、技術が足りていない部分を魔法で補うなんてことも無く、洗濯はもちろん、家事は全て手動だ。

こういうのが良いんだよ、そういう考えを持つ人もいるだろう。

だがしかし、俺はそんな事は微塵も感じず、なんなら軽く絶望していた。

異世界転生すれば、特殊な能力は持っているのは大前提、ハーレムなんかも付いてくれば尚良しと考えていたからだ。


そんな暗闇の中、やっと俺に少しの光がさした。

そう、シモンが魔法のような何かで化け物を倒したからだ。


何だ、ちゃんとあるんじゃないか!

これこれ!こういうのを待ってたんだよ。


そう思ったのも束の間、シモンからお前には不可能だと言われ、俺はまた暗闇の奥底へと落ちて行った。


夢が叶ったと思ったら一瞬でぶち壊されたのだ。

正直言って孤児院で虐められていた時や死ぬ物狂いで肉体労働を毎日やっていた時より辛いかもしれない。

 

そんな事を考えていると、突然、右頬にバチンッと強い衝撃が走った。


「おい、しっかりしろ。」


右頬にジンジンと衝撃の余韻が残る。

シモンにビンタされたのだ。割と強めに。

少しイライラしていたので虐待だとさけび、暴れ回ってやろうかと思ったがやめておいた。

シモンは俺にそんな事されても普通に無視する男だ。なにより、体が動かない。


「お前、一体どこまで記憶がないんだ?」


どこまでってこの世界に来て2ヶ月しか経っていない。体は8歳、心は27歳だが、この世界の知識はまだ生後2ヶ月だ。ほとんど全て知らないと言っても過言では無いだろう。


「本当に何も覚えていないんです。」

「そうか...。」


シモンが一瞬悲しげな顔をした気がした。


「分かった、それなら最初から勉強し直しだ。今日からお前は俺のことを師匠と呼べ。」

「分かりました、シモ...、師匠。」


そうだ、せっかくの異世界転生を精一杯楽しもうと心に決めたではないか。

思っていたものより違っていたからなんだ。

俺はこの世界の事を知らな過ぎる。

まずは勉強だ。


衝撃の余韻が残る右頬を押さえ、再びこの世界で2度目の人生を精一杯楽しむことを誓った。


ーーー


ここらの地域での仕事は終わったらしく、シモンと俺は次の地域へと向かうことになった。

馬車で次の宿舎へと向かう途中、本屋に寄ったシモンが3冊の本を買ってきた。


『1から学ぶヴァルハラ大陸』

『世界史〜ノアの方舟〜』

『魔術大全』


訳は若干ニュアンスが違うかもしれないが、ラインナップはこんな感じだ。


もちろん俺は『魔術大全』から開こうとしたが、シモンに取り上げられ、1番分厚い『世界史〜ノアの方舟〜』を渡された。


「先にこっちだ。お前は何も知らなすぎる。」


読む順番くらい選ばせてくれよ。

ん?ノアの方舟?

俺のいた世界でも聞いたことがある。

こっちの世界でも同じような伝説があるのか。


仕方なく本を開くと、やはりほとんどの文字に見覚えがないが、読める。不思議な気分だ。


転生前は本なんて数年に1冊読めばいい方だったが、この体では本をすらすら読むことができた。

それに、意外と面白い。


少し読み進めてみるとこれが歴史本では無く、ファンタジー本だということが分かった。


〜数千年前、神は地上を一掃するため、厄災を放った。人類の祖ノアは方舟を作成し、厄災と戦い、遂に神を追い詰めた。しかし、負けを確信した神は肉体を数千に分裂させ、世界へと拡散した。〜


多少省いてはいるが、書いている事はこんな感じだ。

神とノアが戦い、ノアが勝ったおかげで今の世界と俺たち人類があるらしい。

まあ、なんでもないどこにでもあるような神話だ。

ノアの方舟がこの世界の宗教的立ち位置なのだろう。


「師匠、この本は何なんですか?こんなファンタジーを読ませて何の勉強になるんです?」

「ファンタジーじゃない。確かに一部脚色されている所は有るだろうが、大体はそのままだ。」


俺は耳を疑った。

ファタンジーでは無いだと!?

神やらノアやらが本当にいたとでも言うのか?


俺の心の暗闇に少し光が差した。

現れては消えてを繰り返していた異世界転生ファンタジー要素が再び現れたのだ。

目的地まで、まだまだ時間はかかる。

シモンにはじっくり話を聞かせてもらおう。


「も、もっと詳しく教えて下さい!」


少し迷っていた様子だったが、シモンは俺の問いにキチンと答えてくれた。


「まあ....、いいだろう。何から説明しようか。

まず、先日、屋敷でお前が接触したあの化け物は厄災と俺たちは呼んでいる。そいつらを破壊するのが俺の仕事だ。」


俺...たち?

シモンの他にも同じような仕事をしている人がいるのか?

いや、待て。

今はそんな事を気にしている場合ではない。

まずは、厄災だ。

あの化け物は一体何なんだ?


「厄災?」

「あぁ、その本にも書いてあっただろう。神が地上を一掃するために放った兵隊だ。」


ほう、実に興味深い。


シモンは話を続ける。


「奴らは、元々は人間だったものだ。ノアとの戦いで負けを確信した神は肉体を世界中に拡散したと書いてあっただろう。その拡散した神の肉片に寄生された人間が厄災だ。」

「へえ、それは倒さないといけないんですか?」

「当然だ。奴らは強烈な神のメモリーに支配されている。本能で人間を殺すんだ。」


今更ながら、意外と大変な世界に転生してしまった事に気づいた。


「では、師匠はあの魔法のようなもので、厄災を倒す仕事をしていたということなんですね。」

「だからあれは魔法じゃない。魔法はまた別だ。」


今はあれが魔法だろうが魔法でなかろうがどうでもいい。

俺も戦いたい。

戦って世界を救いたい。


「僕も何かお手伝いできる事は無いのでしょうか?」

「残念だが無い。」

「そんな...。僕、何でもやります!」

「いや、無理だ。厄災と戦うのは努力どうこうは関係ない。」


説明が足りない。

なぜ俺では無理なのだ。


俺の不満そうな顔に気付いたのかシモンは更に詳しく俺に教えてくれた。


「戦うにはノアとして覚醒する必要がある。覚醒しなければ、肉片を破壊できない。しかし、覚醒する方法なんて分かっていない。こればっかりは運だ。」


ノアとして覚醒?

だからシモンは覚醒者様と呼ばれていたのか。

はぁ、やっぱりダメなのか...。

転生しても俺は俺か。

潔く諦めよう。


「はあ、そんなんですか。残念です。潔く諦めます。」

「なあ、お前、何でそんなにあんな化け物と戦いたい?」


確かに子供がこんなに戦いたいと言えば不思議にも思うの当然だ。

しかし、転生する前から世界を救う勇者や魔法使いに憧れていました、なんて言っても信じてもらえないだろう。


俺は俯き、黙ったままシモンの問といには答えなかった。

こうした俺の悲しげな顔を見かねたのか、シモンが続けて喋った。


「まあ、まだ覚醒する可能性はある。ノアの血脈はヴァルハラの地で生まれた全ての者に流れている。お前にも流れているだろう。その血が覚醒するように願っておくんだな。」


言葉は雑だが、シモンは彼なりに俺を慰めてくれているのだろう。

意外と優しいところがあるな。

しかし、もう大丈夫だ。

ここまで、無理となると諦めもつく。

世界を救うシモンの手伝いができる、それだけで十分じゃないか。


ーーー


馬車が目的地に着くと、すぐに宿屋に向かった。


「お前の部屋はこっちだ。」


いつもはシモンと同じ部屋なのだが、俺はシモンとは別の部屋に通された。

1人にしてくれたのか。

かなり気を使われているようだ。

部屋は少し狭いが、汚くはない。


しかし、1人だと気楽でいいな。

シモンと一緒にいることが苦痛な訳ではないが、1人だとやはり、落ち着く。


俺は、まだ読んでいない残りの2冊の本を読む事にした。


まずは『1から学ぶヴァルハラ大陸』から読み始めたが、いわゆる地図帳のようなものだったのですぐに読むのをやめた。

次は俺が最も気になっていた本である『魔術大全』だ。しかし、もうあまり期待はしていない。


1ページ目を開こうとした時、ノック音が聞こえた。


「誰だよ、邪魔しやがって。俺は今から魔法使いになるんだよ。」


俺は『魔術大全』を大切に抱え、ドアへと向かった。ドアを開けると、シモンが立っていた。


「お、ちょうどいい。魔術を教えてやる。あとで俺の部屋に来い。あとその本も忘れるなよ。」


何度目なのか覚えていなが、再び異世界転生ファンタジー要素が現れた。


勇者にはなれないようですが、魔法使いにはなれそうです。

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