第2話 夢の魔法使い

シモンと旅に出て、もう1ヶ月が経った。

子供の体や聞いた事も使った事も無い言語を使用できることに最初は違和感を覚えたが、少しずつ慣れてきた。


1ヶ月の間、シモンと共に過ごしているが、俺は謎に包まれている男シモンについて少し分かったことがある。

この男、料理や洗濯などの家事全般が全く出来ないのだ。なので彼の分も含めて、俺が全て行わなければならない。


今日も寒空の下、俺は洗濯を手洗いでする。


命を救ってくれたとはいえ、何で転生してまで俺がオッサンのパンツを洗わなければいけないんだ。

転生しても、肉体労働からは逃げられないのかよ。


「ふぅー。」


洗濯を終え、干していると、シモンはタバコを咥えて宿舎から出てきた。


「おい、仕事が入った。支度をしろ。」

「は、はい!」


いつもこういった感じで、シモンに突然仕事が入る。

いったい、誰がどのように依頼をしているのだろうか。

仕事について尋ねた事もあったが、お前には理解出来んと跳ね除けられた。

こんなに何も出来ない男に次々と仕事が舞い込んできている事に俺は疑問に思っている。


最初は、俺を助けてくれたこともあり、医者かと思っていたが、それなら隠す必要はない。

俺はシモンが何か法(この世界にあるのか知らないが)に触れる様な事をしていると睨んでいる。


「何の仕事ですか?」

「何度も言うが、お前にはまだ分からん。いいから、早く支度を済ませろ。」


今回も一応聞いてみたが、教えてくれそうには無い。その割にはいつも俺を仕事に連れていく。

よく分からない男だ。


ーーー


宿舎から30分程だろうか、ある村に着いた。

今日こそ、シモンの仕事を暴いてやる。

そう意気込んでいたが、


「危ないから、お前はここで待っとけ。」


と言われ、村の酒場の様な場所で俺はたくましい顎鬚を蓄えた大柄の店主に預けられた。


いつもの流れだ。

シモンは俺に仕事の様子を絶対に見せようとはしない。


「お、俺も行きたいなー、なんて。」

「ダメだ。危険すぎる。おい、店主、こいつがここを出ない様に見張っといてくれ。」


シモンは店主にそう告げたあと、金貨を握らせ、店を出て行った。


危険すぎる?ますます興味が湧いちゃうね。

今日こそ絶対についていってやる。

まずは、この酒場の店主をどうにかしなければ。


「あ、あのー。どうです?最近儲かってます?」


返事は返ってこない。


ダメだ、フル無視だ。

質問を間違えた。

こんな質問を8歳が聞くのは不自然だった。

何か他の話題はないか。


そう思い、あたりを見回すと高そうな酒瓶が目に入った。あの酒をシモンが飲んでいるところを見た事がある。


「あ!あのお酒!すっごく美味しいやつですよね?」


店主の眉間がピクリと動いた。


よし、いけそうだ。


「さっきの男が奢るので、よかったら一緒に飲みませんか?」


返事は返ってこない。

長い沈黙が流れる。

やっぱり、ダメか…。


「...お前、いける口か?」

「え?」


食いついた!


「も、もちろんですよ!」


子供の飲酒の提案を承諾するとは、店主がアホで助かった。


急いで酒瓶持ってきて店主のジョッキに注ぐ。

すると、よほど飲みたかった様で、注がれるや否や一気に飲み干した。


「うぃ〜〜。この酒は相変わらずうまいなぁ〜。」


店主の顔はみるみるうちに真っ赤になった。


この感じで酒弱いのかよ。

案外簡単に逃げれそうだな。


酒を飲み始めて10分も経たないうちに店主はいびきをかいて寝てしまった。


ここまで上手くいくとは。

ふふっ、我ながら天才的な計画だったな。


俺は好奇心を抑えきる事が出来ず、酒場を飛び出した。

酒場を出てすぐの場所に座っていた村人に髭の生えた背の高い男を見なかったかと聞くと近くの山を指差した。


「あぁ、覚醒者様だね。あの山の上にある古い屋敷だと思うよ。」


覚醒者様?何だそれは。

本当にシモンの事を言っているのか?

まぁ、とにかく行ってみるか。


ーーー


1時間ほど山道を登り、ようやく屋敷が見えてきた。


「はぁっ、はあっ。」


かなり息は上がり、汗で服がびしょびしょだ。

前の体で唯一自信があったことが体力だった。

しかし、子供の体では流石につらい。


もう歩けない、そう思った時、既に屋敷の目の前まで来ている事に気がついた。

目の前にすると屋敷はかなり大きく、貴族の所有物だったのだろうか、装飾も豪華だ。


大きな両開きの扉に体重を乗せると、ギギギと音を立ててゆっくりと扉が開いた。


うぇっ、気味悪いな。


中の様子は蜘蛛の巣や少しの動きで軋む床とまさにホラーゲームといった感じでかなり気味がわるい。


俺は転生して1ヶ月経つが、まだ一度も転生あるあるの冒険や戦闘を行っていない。

正直言って、今の状況にワクワクしている。


ガタンッッッ


「うおわっっ!」


突然の大きな音に腰を抜かした。


前言撤回だ。早く帰りたい。

しかし、せっかくここまで来ることができたのだ。

シモンがここで何をしているのか、一目でも見てから帰りたい。


大きく息を吐き、気合いを入れなおす。


「よし!」


もし幽霊がいた時のため、絶対に気づかれないように慎重に階段を登る。

2階に着くと、すぐにさっきの物音の正体が分かった。


「なんだ…あれ。」


半開きになったドアから黒い触手のようなものが動いている。

こんな生き物見たことがない。

というか、生き物なのかすら分からない。


やっぱり帰ろう。

なんかやばそうだ。


引き返そうと、階段に足を乗せた時だった。


ギイィッ


階段の木材から大きく軋む音が鳴った。

焦っていたのだろう。急いで屋敷から出ようとしすぎた。


何をしているのだ俺は。

後ろから黒い何かが迫ってくるのが分かる。


俺は直感で命の危険を感じ、全力で走った。


捕まれば死ぬ、これだけは分かる。

まだ異世界ライフを全く楽しめていないのだ。

こんなところで死んでたまるか。


俺は1度も振り返ることなく、階段を駆け降り、ひたすら走った。

なんとか屋敷の外へと通ずる扉の目の前まで辿り着いた。


「あれ?」


扉が動かない。

何でだよ、さっきは開いたのに。


振り返ると黒い触手が蠢かせながら、異形が屋敷の中を破壊し、こちらに迫ってきていた。

明らかに殺意を持っている。


さっそく触手がしなり、一撃目がきた。

体を丸めて、ギリギリのところで避ける。


子供の小さい体で良かった。

機敏さでは前の体に負けていない。


しかし、なんだこの化け物は。

なんで俺を殺そうとする?

こういう時、異世界転生した主人公は魔法やら何やらでくぐり抜けるものではないのか?


俺は走っているのか転がっているのか分からないが、とにかく逃げた。


「ハッ、ハッ、。」


この体の体力ではそう長くは逃げられない。

なんとか...しないと。


2階に上がり、隠れようとしたが、足がもつれて倒れた。


「ぐはっ、」


もう体は動かない。

こういうピンチの時に漫画やラノベではお決まりの魔法などの不思議な力は勿論使えない。


前回、27歳で死んだのも早死だが、今回は8歳か。

いやいや、早死すぎるだろ。


そんな事を思いながら俺は死を覚悟し、目を閉じた。


「おい、ルーク。何でここにいるんだ?」


突然、声が聞こえた。

いつもより低いが、シモンの声だ。


目を開けると、俺を見下ろすシモンがいた。

目には十字の紋様が浮かんでいる。


何だ、あの目は?

いや、今はそんな事を考えている場合ではない。

すぐそこまで化け物が迫ってきている。


「シモン!危なっ...」


パンッッッ!


シモンが怪物に触れ、払い除ける様な動作をすると、怪物はまるで風船が割れるときのように弾け飛んだ。そう、シモンが一撃であの化け物を倒したのだ。


俺は、怪物に殺されそうになっていた事をすっかり忘れ、今起こったことに目を輝かせた。


「ルーク、お前どうやってここに...」

「シモン!今のは何ですか?魔法ですか?」


これだよ!これ!

俺が思い描いていた異世界ライフは!

魔法を使って怪物を倒し、世界を救うんだ!


「おい、落ち着け。お前が何を考えているかは...分かる。」


俺のキラキラした目を見て、シモンは少し気まずそうな顔をした。


「もったいぶらず教えて下さいよ!」


シモンは頭をかき、舌打ちを一度してから、仕方ないといった感じで口を開いた。


「まず、これは魔法じゃ無い。そして、お前が今みたいな事を自分もできると思っているのならそれも間違ってる。現時点では不可能だ。」


「へ?不可能?」

「あぁ、不可能だ。」


不可能?

俺は言葉を失った。


やっぱり俺の人生はスーパーハードモードだ。

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