第1話 心臓の音

ドクンッ ドクンッ


力強い心臓の音が聞こえる。


あれ、俺の心臓は止まって…。


目を開けると、男が俺を見下ろしていた。

年は40代前半といったところだろうか。

青みがかった髪は少し乱れているが、顎髭は短く整えられており、いかにもイケオジといった風貌だ。

彼は眉間に皺を寄せ、険しい顔をしている。


「お、上手くいったか。」


男の言葉は俺の知っている言語ではなかったが、何故か理解することができた。


上手くいった?

もしかして俺、死んでなかったのか?

ということは、この男が俺を助けてくれたのだろう。

一言お礼を言いたい。


「あ…ありが..とうござ..います。」


俺の口から出てきた言葉は男が発した言葉同様、俺の知っている言語ではなかった。

しかし、俺が驚いたのはそこではない。


「声が….。」


そう、俺の声は子供のように高くなっていたのだ。


状況を確認しようと体を持ち上げようとしたが、術後なのか体が思うように動かない。

加えて、胸のあたりが強く痛む。

訳の分からないこの状況を理解しようとする俺の意思とは反対に、俺の意識は遠のいていった。


ーーー


目を覚ますと、不思議と体のだるさと痛みはかなり軽くなっていた。


大きく息を吸い、吐く。


「スゥーッ、ハーッ、ケホッ、ケホッ、。」


まだ胸の辺りが痛むが、やはり生きている。


俺は胸を撫で下ろした。

自分では最後まで気づかなかったが、本当は死ぬのが怖かったのだろう。

いつ死んでもいいと思って生きてきたが、いざ本当に死ぬとなった時は体が震えるのが分かった。

しかし、あの末期状態から復活させるとはあの男、相当な名医のようだ。


そういえば、あの男はどこに行ったのだろう?


何か事情を知っているであろうあの男を探しに行こうと体を起こした。

ベッドから降りようとした時、予想以上に落下する感覚を感じ、俺はそのまま尻餅をついた。


「痛ッ、。」


どんだけでかいんだよ、このベッド。

もし俺がまだ病に侵されていたら、今の尻餅で死んでいたに違いない。


ゆっくり立ち上がると、声とはまた別の違和感に襲われた。


「あれ?」


広がる景色がなんか、こう、全体的に低く感じる。

懐かしいと言うか、何と言うか、とにかく違和感がある。


俺が状況を読み込めず、固まっていると先ほどの男が病室に戻ってきた。


「ルーク、ようやく起きたか。ひでぇ顔だな、これで洗え。」


男は俺の前に水の入った桶を置く。


そうだ、少し落ち着こう。この男にゆっくり聞けばいい。


落ち着くために桶の水で顔を洗おうと、桶の方へ顔を落とすと、水面に映った顔に腰を抜かした。


「だ…誰だよ。」


水面に映ったのは、金色の髪と青い目を持った端正な顔立ちの少年だった。

少なくとも俺の顔ではないことは確かだ。

と言うか子供になっている。


「おい、ルーク、どうした?」


「ルー….ク?」


ルーク?誰だ?

男は俺をその名前で呼ぶ。

しかし、俺はその名前を知らない。


「お前、もしかして記憶がないのか?」


男は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


俺はパニック状態のまま、返答することができず、その場に立ち尽くしていた。


ーーー


1週間が経ち、少しずつ自分の置かれている状況が分かってきた。


どうやら俺はラノベや漫画でよく見る転生とやらをしたらしい。

しかし、普通の転生とは違い、この体は既に7〜8歳ほどまで成長している。さらに、俺が目覚めるまではルーク・キャンベルという別の人格がこの体にあったようだ。


「はあ、マジかよ...。」


俺は転生が思っていたものとかなり異なっており、ショックを受けていた。

俺は死んでしまったが、このルークという8歳の子供の体に転生し、ある意味生き延びることができている。

しかし、相変わらず俺は病人ベッド生活だ。看病してしてくれているのは40代のおっさん。これでは転生した意味がない。


「そろそろ動けそうか?」


ベッドの脇で俺に話しかけるこの男の名はシモン。

シモンによると、俺の今の体が事故に巻き込まれ、胸に大怪我をしていた所を助けてくれたらしい。

面倒がってはいるが、シモンは何かと俺の世話をしてくれている。俺は彼をルークの父親だと思っていたが、違うと言われた。では誰なのかと聞くと親戚みたいなもんだとはぐらかされた。


「何か思い出したか?」

「いえ、何も...。」


そう聞かれても、そもそも思い出すことが何もない。なぜなら、俺はこの男が言うルークとは別の人格なのだ。逆に俺がルークの事を聞きたいくらいだ。


毎日記憶が戻ったかどうか聞かれるので、しっかり説明しようかとも考えたがやめておいた。

俺はルークではなくて、転生した別の人格なんです、そんなことを言っても余計にややこしくなるだけだろう。

なので、記憶喪失状態ということにしておいた。


ーーー


1ヶ月が経ち、胸の傷も大きな傷跡こそ残ったが、随分と良くなった。


体もかなり動くようになってきた。

転生前含め、俺は長い間ベッド生活だったので、早く体を動かしたくてたまらなかった。


「シモン、ちょっといいですか?」

「なんだ?」

「外に...出てみたいんです。」

「まぁ、そろそろ大丈夫か。いいだろう、準備してこい。」

「ありがとうございます!」


シモンに連れられ、外に出ると新たにいくつかこの世界のことがわかった。

街並みは中世ヨーロッパのようで統一感があり、非常に美しい。

文明は俺の元いた世界よりかなり遅れているようで、車やバイクは1台も走っていない。

この世界の移動手段は徒歩あるいは馬車のようだ。


露店でシモンに串焼き(何の肉かは分からない)を買ってもらい、食べながら歩く。


「いくつか、ルークについて質問してもいいですか?」

「俺はお前の事をあまり知らん。」


じゃあ、あんたマジで何者なんだよ。

そんな事を思いながら、串焼きを頬張る。

うん、うまい。


「何でもいいんです。例えば、僕の両親とか。」

「お前の両親はもう死んでる。」


マジか、あっさり言いやがって。

こちとらまだ、8歳の子供だぞ。

もし、俺の精神年齢が27歳ではなく、7〜8歳であったならば、号泣して膝から崩れ落ちていただろう。


「・・・」


実際に俺が泣き崩れることはなかったが、気まずい雰囲気にはなった。


最初の質問を最後に、無言のまま、この世界における初めてのお出かけは終わった。


ーーー


シモンは部屋へと戻ると、すぐに荷造りを始めていた。全ての荷物をまとめているので、完全にここを発たつ準備だ。


え?ちょっと、俺、置いていかれる感じ?


シモンは一瞬で荷物をまとめ終わり、外へと通じるドアノブに手をかけた。


この男はまだ10歳にも満たない幼い子を見捨てて置いていくのかと思ったが、よく考えてみれば、シモンと俺が共に過ごす理由などどこにもない。

転生後、すぐにまた死にかけていた俺を助けてくれただけでもありがたいと思おう。


「あ、あの!助けてくれてありがとうございました!また、お会いできたら何かお礼をさせてください!」


90度に頭を下げ、シモンにお礼を言った。するとすぐに、シモンが俺の頭を掴み、元の位置に戻される。


「何言ってるんだ。お前も来るんだよ。」

「え、あ、はい!行きます!」


思い描いていた転生とは違う所が多々あるが、せっかく生き延びたのだ。

ルーク・キャンベルとして、精一杯楽しもうではないか。


俺の2度目のスーパーハードモードな人生が始まった。

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