真冬と君と、クリスマス

じゃーねー、と、誰かが言うのが聞こえる。

 私は、下校する生徒でにぎやかな下足場を通り抜け、自転車置き場へ足を向けていた。

 ドサっとカゴにカバンを入れ、スタンドをあげてこぎ始める。

 もう12月中旬。受験まで、もう3ヶ月を切った。

 なので、今日から塾に直接行くことになっております。

 なのに、気分が弾んでいるのはきっと……。

 「束葵!」

 塾が見えてきたころ、後ろから、あの人の声がして、私は振り向く。

 そこには、深い緑色のマフラーをして制服を着た、心傑くんがいた。

 「心傑くん、おはよ」

 「はよ、って、もう夕方だけど」

 私たちは、並んで歩き出す。

 心傑くんの制服、オシャレだなぁ。

 私は、今更ながらにそう思った。

 チェックのズボンに、グレーのベスト、紺色のブレザーのボタンは、金色だ。

 「心傑くんって、どこの学校行ってるの?」

 「ん、俺?綺雨学園だけど」

 ……え!?綺雨学園!?って、あの!?

 「え、俺、言ってなかった?」

 「初耳だよ!頭が良いのは知ってたけど、そこまでだったとは」

 「ははっ、どーも」

 心傑くんは、なんでもなさそうに笑ってるけど、綺雨学園って、日本一偏差値が高い高校で有名なんだよ!?

 「あ、あの、ちなみに志望校は…?」

 私は恐る恐る聞いてみる。

 「綺聖大学」

 けろっとした顔でそんなことを言うから、私は意識が飛びそうになった。

 綺聖大学だよ!?名門中の名門だよ!?

 「学部は…」

 「医学部」

 「ひぇ…」

 「ふっ、束葵は反応がおもしろい」

 綺聖大学医学部。

 それって、偏差値どれぐらいなんだろ……。ははっ。

 「束葵は?志望校どこ?」

 「私は、普通に真冬大学受験するよ。といっても内部進学がないに等しいから結構頑張ってるんだ」

 「そっか」

 塾に着いてしまった。 

 もっとしゃべっていたかったなぁ…。

 「じゃあ、また授業後」

 けど、君がそう言って微笑んでくれるから。

 「うんっ」

 心がぽかぽかあったかくなるんだ。


 「あのさ、束葵。……クリスマスイブ、もし空いてたら、俺に時間くれない?」

 そんな唐突なお誘いをいただいたのは、塾帰りの冷え込む夜。

 いつも通り並んで歩いてたら急にそう言われて、私は転びそうになった。

 「…っ、あっぶな。大丈夫?」

 気がついたら心傑くんの腕の中。

 ブワッと顔が熱くなる。

 心傑くんも、はっとしたように腕を離す。

 ……ちょっと名残惜しかったのは秘密だ。

 「それで……どう」

 あ、そうだ、予定…。

 「特になかった……と、思います」

 「じゃあ……」

 「よ、よろしくお願いします」

 なぜか敬語になってしまう私。

 直後に、2人で吹き出した。

 「もう、心傑くん、笑いすぎ」

 「だってさ、……ふっ」

 私たちは、少しの間、笑いが止まらなかった。


 家に帰って、自分の部屋に入った直後、スマホが震えた。

 見てみると…。

 『ごめん、浮かれすぎてどこ行くのか言うの忘れてた』

 私は、それを見て笑ってしまう。同時に、とっても嬉しかった。

 心傑くん、浮かれてくれてるんだ。

 すぐに次のメッセージがきた。

 『けど、場所は当日のお楽しみ』

 『待ち合わせは、千都世駅でいい?』

 私は、すぐに返信した。

 『うん!楽しみにしてる!』

 ついでにスタンプも。パンダが飛び跳ねてるやつ。

 すると、心傑くんも同じスタンプを送り返してくれた。

 ふふっ、心傑くんが使うと、ちょっとかわいい。

 私は幸せな気分で床についた。


 クリスマスイブ当日。朝5時。

 心傑くんとの待ち合わせまで、あと4時間。

 私は洋服選びに勤しんでいた。

 「うーーん、やっぱりこっちのほうが…、いや、やっぱりこっち?あーー、もうわかんないよ…」

 ベットの上には、クローゼットの中から引っ張り出された、服、服、服。

 どうしよ…、このままじゃ、なにも決まらない気がする。

 ……あっ!そうだ、あやちゃん!

 あやちゃんこと、紅坂こうざか朱夏あやかは、とってもおしゃれな私の親友。それこそ、告白なんて日常茶飯事だ。

 あやちゃんなら、いいアドバイスをくれるかも…!?

 そう思い立った私は、早速あやちゃんにビデオ通話。

 眠気ナマコでも電話に出てくれたあやちゃんに、ことの成り行きを説明すると……。

 『ええ!?!?ちょっと待ってちょっと待って、束葵についに彼氏が!?キャーーーー!!』

 私は思わずスマホを耳から遠ざけた。

 「ちょ、あやちゃん、声が大きいよ!それに、彼氏じゃないって」

 『ふーん?まぁ、今はまだ、なんでしょ〜?』

 眠気はどこにいっちゃんだってほどに、あやちゃんはニヤニヤ。

 「もぉ…、からかわないで。それでね、洋服、どうしたらいいと思う?」

 『とりあえず__ありったけの服、見せて』

 あやちゃんの言うとおりに、私はベットの上を写す。

 『あー、なるほどね。うーーん、束葵に似合いそうなのは…』

 と、あやちゃんはテキパキとアドバイスをしてくれて。

 選んでくれた服を着て、鏡の前に立ってみると、なんだか私が私じゃないみたいだった。

 『うんうん、めっっちゃ似合ってる!かわいい!!』

 「あはは、なんだか、服に着られてるみたいだけど…」

 『そんなことない!束葵は中身も見た目もかわいいんだから、自信持って。彼のハート、しっかり撃ち抜いてきなよ!』

 うーん、彼氏じゃないんだけどなぁ…。

 けど、なんだかウキウキしてきた。 

 『あ、あと、軽くメイクも忘れずに!』

 「え!?」

 『なーに驚いてんの。それぐらい当たり前』

 「……ガ、ガンバリマス」

 あやちゃんとの通話を終えて、私は数少ないメイク道具を引き出しからこれまた引っ張り出し、動画を見ながらやってみた。

 そんなこんなで、もう家を出る時間!

 整えた髪が乱れない程度に急ぎながら、私は家を飛び出した。

 

 待ち合わせの駅、千都世駅は、私の家から徒歩15分。 

 心傑くんの姿は、探さなくても見つかった。

 なぜって?

 道ゆく人が、みんな、同じ方向を向くからだよ!

 心傑くんは、まるでモデル雑誌から飛び出してきたみたいにかっこいい。

 私服姿が、イケメンオーラをさらに際立たせている。 

 こ、これ、私、ほんとに声かけるの!?

 どうしよう…。

 ちょっとずーつ、ちょっとずーつ近づいていくと。

 心傑くんが、パッとこちらを見て。

 「束葵、こっち」

 ふっと笑って、手を振ってくれる。

 「う、うん!」

 私は意を決して心傑くんの方へ行き、隣に立った。

 「おはよ、心傑くん。ごめんね、寒かったよね」

 私は改めて心傑くんを見る。

 うわぁ……、どこからどう見ても、カッコ良すぎる…。

 「はよ。俺も今きたとこだから、気にしないで」

 心傑くんは、白い息を吐きながらそう言ってくれる。

 彼の、少し赤い鼻を見ると、待っていた時間が短くないことはすぐにわかった。 

 心傑くん、優しいな。

 「それより、」

 心傑くんは、私を上から下まで見つめて、少し視線をそらし。

 「………服、似合ってる。かわいい」

 ___っ、か、かわいいって言ってくれた!?

 ちょっと、今のは、反則だよ、レッドカード!

 同時に、照れてる心傑くん、ちょっとかわいいなとも思ってしまった。

 「あ、ありがとう。心傑くんも、とってもかっこいいよ」

 「ん。___じゃあ、行くか」

 そして、私に手を差し出してきて。

 「しっかりにぎってて。はぐれないように」

 「__っ、うん!」

 心傑くんの手は、やっぱり冷たかった。だけど、少しずつあったまっていく。

 私の心臓は、かつてないほどドキドキしていて。 

 もしかして…、もしかして私………心傑くんのことが………。

___好き、なのかな…?

 

 その後、映画を見て、お昼ご飯を食べて。

 気がついたらもう、イルミネーションが点灯し始める時間になっていた。

 やってきた広場には、私たちの他にもカップルがたくさん。

 わ、私たちも、そ、そそそそんな風に見えていたり…、する、のかな…。

 そう思うと、また顔が熱くなった。

 「束葵?どうかした?」

 「ひゃ、ひゃいっ」

 お、おもいっきりかんじゃった…。

 「あはは。ひゃいって…、ふはっ」

 「み、心傑くん、笑いすぎだよ」

 は、恥ずかしい…。

 「ごめんごめん。あまりにも……かわいすぎて」

 最後の言葉が聞き取れずに、私は首を傾げる。

 それを見た心傑くんは、ふわっと笑って。

 「行こ。もうすぐ始まる」

 私の手を引っ張って、大きな物体に向かって歩き出す。

 近くに行って、やっとそれが、まだ点灯していない、大きなクリスマスツリーだってことに気がついた。

 そして、時計の針が、20:00を指したその瞬間。

 パッと目の前のクリスマスツリーが色づいた!

 「うわぁ、きれい…!」

 私は、キラキラと輝くそれに、目を奪われる。

 「ここのイルミ、毎年評判がいいってネットに書いてあったから。束葵と一緒に見れて、よかった」

 すぐ隣の心傑くんを見上げると、彼も私を微笑みながら見ていた。

 その笑顔に、またドクンと胸が高鳴った。


 いっぱい写真も撮って、いっぱい話して。

 もう、バイバイの時間。

 楽しい時間は、あっという間だ。

 私たちは、閑静な住宅街を歩いている。

 もう少しで、私の家だ。

 心傑くんの家は反対方向なのに、彼は送っていくって聞かなかった。

 もう、私の家の明かりが見える。

 ここまででいいよ、そう言おうと思った時。

 心傑くんが、突然立ち止まった。

 私は振り向く。

 そこには、かつてないほど真剣な瞳をした心傑くんが、まっすぐに私を見ていた。

 「束葵、まだ時間ある?__どうしても行きたい場所があるんだ」

 私は、無意識のうちに、首を縦に振っていた。


 「み、心傑くん?どこまで行くの?」

 「もうちょっと」

 彼は、行き先を教えてくれない。

 やってきたのは……。

 「え……?ここって…」

 薄暗くてよく見えないけど…、塾の、駐輪場だ。今日は塾が休みだから、ほとんど自転車は止まっていない。

 心傑くんは、ずんずん駐輪場に入っていく。

 そして、ピタッと立ち止まった。

 「ここ」

 見上げると、懐かしそうな目をした心傑くんがいる。

 「ここで、俺たちは初めて会った。覚えてる?」

 「もちろんだよ!」

 私が、ドンガラガッシャーンって、自転車をドミノ倒しにしちゃって。その一つが、心傑くんのだったんだよね。

 「ふっ、うん、そう」

 「懐かしいね」

 たった1ヶ月ちょっと前のことなのに。

 「___束葵」

 「うん?」

 振り向くと、真剣な目をした心傑くんがいた。

 ドキッと心臓が跳ねる。

 「俺さ、実は、束葵のこと、ここで会う前から知ってた」

 え……?どういうこと?

 「公園。束葵、ミニ公で子猫にエサあげてたよね」

 えっ。

 「あれ、見てたの…?」

 「うん。あの束葵の笑顔が、目に焼き付いてる」

 ___っ、そう、だったんだね。

 「___束葵」

 私と心傑くんは、真っ直ぐに向き合う。

 「俺は、あのときからずっと_______


___束葵のことが好き」


 ___えっ……。

 心傑くんが、私を……好き…?

 「ほ、ほんと……?」

 声が震えてる。

 「うん。ほんと。俺は、束葵が好き」

 その目は、ウソを言っているように見えなかった。

 そもそも、心傑くんはウソをつくような人じゃない。

 じゃあ……、ほんと…。ほんとに…。

 「えっ、束葵…?」

 心傑くんが、珍しく慌てた表情になる。

 それで、私は泣いてるんだって気がついた。

 「そんなに、嫌だった…?」

 私は、ブンブンと首を横に振る。

 「ちがう、ちがうよ…、そんなわけない」

 これは……、

 「嬉し涙、だよ」

 涙目で心傑くんを見上げると、彼はハッと息を呑んだ。

 言え、言うんだ、私。

 「わ、私も……心傑くんのことが好き、だよ」

 「……っ、それ、ほんとにほんと?」

 今度は、首を縦にブンブン振る。

 「ほんとにほんとにほんとだよ____わっ」

 私は、心傑くんの腕の中にいた。

 ぎゅっと抱きしめられて、ちょっと苦しい。

 「嬉しい。嬉しすぎる。かわいい」

 __っ!?

 心傑くん、どうしちゃったの…。

 それに…。

 「み、心傑くん、、、ちょっと苦しい、かもです」

 「あっ、ごめん」

 心傑くんは、腕の力を緩めて、私と向き合った。

 ちょっと、耳が赤いのは…、きっと、寒さのせいだ。

 「束葵。俺の、彼女になって」

 ブワッと顔が熱くなる。

 「__っ、うん。よろしくお願いします」

 「こちらこそ、よろしく」

 数秒の沈黙のあと、私たちは笑い合った。

 体がポカポカして、寒さなんて感じない。

 心傑くんが、少しかがんで、私の目の前に。

 ぎゅっと目をつぶって、数秒後。

 ふにっと唇にやわらかい感触がした。

 恥ずかしくて、嬉しくて、私たちはまた、はにかんで、笑いあった。

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