運命の赤い糸

 「うう、寒い…」

 私___日出束葵、只今塾に向かっております。

 高2の冬、お母さんに成績が悪くなってるのがバレて、塾に入れさせられたんだよね…。

 けど、なんだかんだ言って、もう11月。大学受験も間近で、行っててよかったなぁって思うこともある。数学で欠点を取っていないのが、いい例だよ。

 信号を渡って、まっすぐ行けば、塾が見えてくる。

 今日も今日とて、いっぱい止まった自転車たち。

 よくみんな頑張るなぁ。私も負けてられないよね。

 と、よくわからないところで元気をもらった瞬間。

 肘が、隣の自転車に当たってしまう。

 ガシャガシャガシャ〜

 ま、まずい!!!

 ドミノ倒しに倒れた自転車。

 「あーあ、やっちゃった…」

 傷とか、ついてないといいんだけど…。

 私はそう思いながら、一つずつ起こしていく。

 そして、最後の一個を起こそうと、手を伸ばしたとき。

 横からニュッと伸びてきた腕によって、阻まれてしまった。

 私がキョトンとしていると。

 「これ、俺の」

 え、ええ〜!?

 まさかの、持ち主さん!?

 「す、すみませんでしたぁ!!!」

 私は、ガバッと頭を下げる。

 「私の不注意で、倒してしまって、キズまで…」

 自転車の胴体に、大きなキズがついてしまっている。

 「本当に、すみません!弁償でもなんでもします!」

 結構新品みたいだし…。ほんとに申し訳ない。

 私が頭を下げ続けていると…。

 「ふはっ。やっぱり、思った通りだ」

 え…?

 その笑い声に、顔を上げると…。

 そこには、とても顔立ちの整った男の子がいた。男の子、と言っても身長は180ぐらいある。サラサラの黒髪が美しい。

 って、やっぱりって、どういう…。

 「ああ、それはこっちの話。それよりも…」

 そこで言葉を切ると、男の子は、ずいっと私に近寄ってきた。

 「さっきさ、弁償でもなんでも、って言った?」

 私は、コクコクッと頷く。

 「じゃあさ、弁償はいいから____これから毎日、俺と一緒に帰ってくんない?」

 ………………え?

 オレトイッショニカエッテクンナイ?

 え、それって、この人と一緒に、塾から帰るってこと?

 「え、あの、えっと、そんなことじゃ、自転車のキズは直らないと思うのですが…」

 「うん、だから弁償はいい」

 「で、でも……」

 「持ち主がいいって言ってるんだから、いいんじゃない?それに、これ結構高いけど」

 げっ。やっぱり……。

 うーん、この人がそう言うなら…。

 「わか、りました」

 私がそう言うと、その人は、パァっと笑顔になって。

 ドクッと心臓が変な音を立てた。

 「よし、じゃあ契約成立。俺は、朏心傑」

 朏、くん。

 「あ、私は、日出束葵、です」

 私は慌てて名乗った。 

 「束葵、ね。束葵は何年生?」

 い、いきなり呼び捨て…。

 「高3、です。み、朏くんは…?」

 「心傑でいいから。俺も高3」

 一緒だ、と、朏…じゃなくて、心傑くんはまた笑う。

 「だから敬語じゃなくていいよ」

 「はい……じゃなくて、うん」

 「じゃあ、よろしく」

 心傑くんは、私に手を差し出す。

 これは…、握手、かな?

 私は、その男の子っぽい、ゴツゴツとした手を握って。

 「よ、よろしくお願いします」

 「ふ、戻ってんじゃん、敬語」

 あ……。

 心傑くんは、また楽しそうに笑っている。

 こうして、私たちのちょっとへんな契約が成立したのです。


 その日の塾帰り。

 私は自転車を押しながら、同じく自転車を押している心傑くんの隣を歩いていた。 

 「へぇ、じゃあ束葵は、真冬生なんだ」

 真冬生とは、真冬学園に通う生徒のこと。

 「じゃあ、俺の兄ちゃんたちと一緒じゃん」

 え!?まさかのお兄さんたちと同じ学校!?

 「朏って苗字、聞いたことない?」 

 「………あ」

 「ふっ。その顔は、ありそうだな」

 いや、あるもなにも……。

 「めちゃくちゃ有名人だったよ!あ、今も弟くんたちが騒がれてる」

 私が高1だったときに、3年生だった、朏真灯みやび先輩。ミルクティー色の癖っ毛が特徴で、そりゃあもう、すごいモテようだった。

 そして、今2年生になっているのが、朏逢和あおくん、結和すがたくんコンビ。美少年の双子は、見た目も性格も正反対。だけど、それぞれにファンがいて、もうすごいことになっている。

 「真灯兄のことは知ってたけど、逢和と結和もそんなことになってるんだ」

 「そうそう。毎日どちらかが必ず告白させてるって噂だよ」

 まぁ、今まで一度も、OKしたって話は聞いたことないけどね。

 「大変そうだな、そりゃ」

 いやいや、心傑くんも………。

 「心傑くんも、モテるでしょ?出てるオーラが違うよ」

 「俺?うーん、まぁ、告られたことはあるけど……。彼女は、今までいたことない」

 「え!?それほんと!?」

 「ふはっ、ほんとほんと。なに、そんなに意外だった?」

 「別に意外ってわけじゃなくて…。たまにさ、特に好きでもないのに告白受けちゃう人っていたりするじゃん?それってさ、真剣に言ってくれた子に、失礼だと思うんだよね。だから、心傑くんはそういう人じゃないんだなぁって、ちょっと尊敬しちゃっただけだよ。あ、いや、告白を受け入れた人のことを悪く言うわけじゃなくて…」

 うわぁ、私、結構言っちゃった…。今日の昨日会った人にこんなこと言われても困るよね…。

 けど、そんな心配は一瞬にして吹き飛ばされてしまった。

 心傑くんの笑い声によって。

 「束葵らしいな」

 心傑くんは、まだ笑ってる。

 私は、その笑顔に、また胸が高鳴った。

 「………あのさ」

 急に静かになったな、と思ったら、心傑くんは立ち止まって、私を真剣な目で見つめていた。

 「俺、彼女はいたことないけど、好きな子なら、いるよ」

 えっ?

 「笑顔が、向日葵みたいな子。今はまだ、会ったばかりだから、あれだけど。絶対、振り向かせてみせる」

 ドクン ドクン

 自分に言われてるわけじゃないのに、心臓が早鐘を打ったように動き出す。

 けど、なぜか、それにちくりとした痛みも混ざっていて。

 なぜかは、わからなかった。

 …………好きな子、いるんだ。

 「っ、うまくいくといいね!応援してる!」

 「ああ。ありがと」

 また、そう言ってクシャッと笑うから。

 この気持ちは、なんなんだろう。

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