早咲きの、桜咲く

chibi

はじまりは side 心傑

 ヒュウっと吹き抜けていく風。

 つい最近までの猛暑は、もうどこにも見当たらない。

 それどころか、冬を間近に控えて、気温はどんどん下がる一方だ。

 ___俺のモチベーションも、しかり。

 俺、朏心傑は、綺雨きあめ学園高等部の3年生。

 中学のとき、部活で大怪我をしたことがあった。そのとき、担当になった医者に、心も体も治してもらったことに影響を受け、同じ道を志した。それ以来、俺は、世界でも名高い名門大学___綺聖きせい大学医学部を目指して一直線に走っている。

 その大一番の大学受験まで、あと4ヶ月。

 それなのに_____勉強に身が入らない。

 今までは、一日中勉強していても集中力が切れることはなかったのに、今は、何をやっても頭に全く入ってこない。

 その理由は、なんとなくわかっている。

 成績が、伸び悩み、それどころか下がってきている。上がり続けていた飛行機が、いきなり急降下したようなものだ。

 塾の先生にも、このままでは第一志望校に合格することは難しいと言われた。

 つまり、ショックで頭が回らない、ということ。

 「はぁ……」

 白い溜め息が、どんより雲を余計にどんよりさせた気がする。

 俺が今いる小さな公園___通称ミニ公には、相変わらず誰もいない。まぁ、その方が気が楽でいいんだけど………、

 ガサガサッ

 と音がして、俺は辺りを見回す。

 何かいる…?

 しばらくすると、艶やかな黒髪を後ろで一つくくりにした小柄な女子が姿を現した。

 しかも、何やら生垣の、草の生い茂った方へ歩いていくから、気になって目で追ってしまう。

 その子は、小さなダンボールを手慣れた手つきで探し当て、それを開け、中にいた子猫に、持ってきたご飯をあげていた。

 幸せそうに、子猫に微笑むその女の子に、俺の心臓がドキンと高鳴ったのは、言うまでもない。

 あの笑顔を、「俺に」向けてほしいと、子猫に意味のわからない嫉妬をした。

 あの子の笑顔が、それくらい、魅力的で綺麗だと思った。心に沁み渡って、傷を癒してくれているような気がした。

 と同時に、あの子のことがもっと知りたくなって。

 このときから、俺はきっと、君に恋していたんだ。



 

 

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