第79話 思ってたんと違う

 記念撮影も終わり、ランディ達はようやく竜の素材を分解するという事に。


「そーいや、竜の皮っていうけど〝鱗〟じゃなくて?」


 首を傾げるランディの隣で、巨体をまじまじと見上げるリズが「さあ?」と同じ様に首をかしげた。


「あ、何か……エリーが言うには鱗の下にものすごく薄い表皮があるらしいです」


 それを聞いたランディが「へぇ」と呟いて、竜の鱗を一枚引っ剥がした。剥がれた鱗の隙間からジワリと血が滲んでいる。


「表皮?」

「結構薄いらしいので、取り扱い注意だそうです」


 苦笑いのリズに、「ふぅん」と返しながら、今しがた取った鱗の先を見ると……なるほど、薄い膜のようなものがついている。一ミリ程の膜は、あの巨体についていると思うとかなり薄いのだろう。


「少し待ってて下さい……全部分けますね」


 そうしてリズが巨大な竜に分解をかけていく。鱗や骨、肉に血、角に牙そして爪と綺麗に竜の素材を分けて、残ったのは……


「なんか、縮んだな」


 ……大きめのブルーシートくらいになった皮だ。薄い皮を耐用性などを考慮して厚くなるよう縮めた結果、竜の表面積からは考えられないくらいには小さくなっている。


「四人なら何とかなる、だそうです」


 あとは任せてくれ、というリズに任せランディが思い出したように、再びアナベルやコリーのために塔内部を写真に収め始めた。ある程度の写真を取り終わり、持ってきたフィルムもほぼなくなった頃……


 エリーの言葉通り、塔の中枢に保管されていた他の素材と併せて……何とか人数分の時の外套が出来上がった。


 漆黒の外套は、フード付きで頭の先から爪先までをスッポリと覆い隠すだけのシンプルな見た目だ。それこそ【】に入るのに必要なローブと見た目には変わらない。


「黒いローブか……大昔の人間がこれを見たって可能性があるな」


 七不思議を思い出しながら、ランディが時の外套を羽織った。ただのローブとは違い、薄いながらも何かに守られている感覚がヒシヒシと感じられる。ただ……


「おい、変質者がいるぞ」


 ……上裸で外套を羽織るランディが、どう見ても変質者にしか見えない、という問題があるが。


「誰が変質者だ」


 眉を寄せたランディが、とある事に気がついた。


「お前……ボロボロになった上着はどうしたよ?」


 ルークも服がボロボロだったはずなのに、今や小綺麗な格好に戻っているのだ。


「替えを持ってきてるに決まってるだろ」


 呆れ顔のルークに、「俺にもかせ」とランディが手を出した。


「馬鹿か。お前みたいな巨人が着られるサイズはねーよ」


 ため息混じりのルークが「つーかな……」と呆れ顔のまま続ける。


「お前、旧校舎で『予備がいるな』って言ってたんじゃねえのかよ。その腰のバッグは飾りか?」


「飾りじゃねーよ」


 口を尖らせたランディが、マジックバッグの中からいつもの鉄塊――色々使えるので便利――と、幾つもの非常食、という名のお菓子を取り出した。


「……お前、マジで馬鹿だろ」

「馬鹿じゃねー。探検に非常食は必須だろ」


 口を尖らせ続けるランディに、ルークは「お前はそういう奴だったよ」と頭を抱えている。魔の森に探検に行くときも、「非常食だ」と両手いっぱいのお菓子を持ってきた事を思い出しているのだ。


 ハリスンやルークが、予備の武器や薬草などを持参する傍らで。だがその非常食が役に立った事が無いわけではない。それを思い出したルークは「確かに小腹が空いてんな」と笑みを浮かべて、並べられた非常食を一つ口へ放り込んだ。


「おい馬鹿ルーク、それは俺のお気に入りだろ」

「知らねえよ。俺も好きなんだよ」


 先程までの死闘が嘘だったように、いつもの軽口を叩き合う二人に、リズとセシリアが思わず吹き出した。そうして全員で、ランディの非常食と言う名のお菓子で小腹を満たした。





「んじゃ、そろそろ過去へと飛ぶか」


 気がつけばいつも通り、学園のテラスのような雰囲気に、リラックスムードで四人が再び奥の扉を目指す。扉をくぐり、再び楕円形の装置の前にたどり着いた。


 ここからはエリーの仕事、とばかりにエリーが装置を動かす様子を皆が黙って見守っている。しばらく真剣な顔で装置を触っていたエリーだが……「ハァ」と気の抜けたようなため息をもらした。


「またトラブルか?」


 首を傾げるランディに、「トラブル……ではないが」とエリーが脇に避けて、ランディに楕円の装置に映し出された文字を見せた。


『耐久度不足』


 書かれた文字に「何の?」とランディが眉を寄せた。


「塔の耐久度じゃ。恐らく無茶しすぎたの」


 ランディ達が竜を相手に暴れたせいか。それとも無理やり塔へと押し入ったせいか。


 ともかく塔の耐久度が不足しているらしく、エリー曰く渡りたい過去……凡そ千二百年前に渡るには、今の塔の耐久性では無理らしい。時間旅行が長くなればなるほど、抽出するエネルギーが大きくなる。それを蓄え、時渡りに使うほど塔が元気でない、とのこと。


「渡るためのアイテムづくりで、その方法を潰したってのか……」

「本末転倒だな」


 がっくり肩を落としたランディとルークに、「十年くらい前ならいけるのじゃがな」とエリーも自嘲気味に笑った。十年前に渡った所で、エリーはまだ祠の封印の中だ。重要な身体の情報にはかすりもしない。


「これ、塔の回復を待って行くってのはどうなんだ?」


 塔は疑似生命体と言っていた。であれば、自己修復機能くらいあるだろう、と期待を込めるランディは、最後尾で「十年……」と独りルークが呟いた事に気がついていない。


「少なく見積もっても、十年は必要じゃろうな」

「こっちも十年か……」


 思い切り暴れまくったつけが、十年先まで先延ばしとは……なんともままならない。一瞬十年先までワープして、直ってるだろう塔で……とも思ったが、そもそも塔はそのまま移動するのだ。十年先に行っても塔は今のままだろう。それどころか移動の分、弱る可能性すらある。


 ままならない、が出来ることはした結果だ。


「しゃーねーな。今日は帰るか?」

「うむ。竜の素材の使い道も決めねばならぬしな」


 外套を弾いたエリーに、「それもあるか」とランディが頷いた。既に素材の全てが、リズのステータスウィンドウにあるアイテムボックスに収納済みだ。


 エリーがリズの身体でも使えるようになった次元魔法で、アイテムボックスを魔改造した結果、容量が大幅に増えたので、竜の素材だろうが何の問題もない。


「とりあえず肉は食うとして」

「鱗や爪は――」

「すみません!」


 急に話に割り込んできたルークに、全員が振り返った。


「すみません、エレオノーラ様。我儘とは分かっているのですが、その……七年前に、私を送っていただくことは可能でしょうか?」


 真剣な表情のルークに、「理由くらいは聞いてやろう」とリズがため息を返した。


「ある人に……いえ、母に一言だけ謝りたくて――」


 ルークが語ったのは、およそ七年前に他界した母親の話だ。元々身体が弱かった上に、ルークと大公家との関係で心労がたたり、七年前に他界したルークの母親。


 晩年の彼女は、自分の家でほぼ寝たきりの生活を送っていた……。


「母が亡くなるあの日、私は母と喧嘩をしてしまいまして……」


 よくある話だ。家を飛び出し、ランディと遊び、フラフラと夕方に帰ってみれば……そこにはもう「お帰り」を言ってくれる母はいなかった。周りを多くの人に囲まれ、幸せそうな顔でベッドに横たわる母親の姿しかなかったのだ。


 ルークは母に謝る機会を、完全に失ってしまった。


「だから……出来ることなら、母に謝りたくて」


 苦しそうに、だがどこか気恥ずかしそうに話すルークに、エリーは黙ったまま何も言わない。


 しばらく続く沈黙に「あの、無理なら――」とルークが声を上ずらせた時、エリーが大きなため息を返した。


「ルークとやら……過去に干渉する危険性を知っておるか?」


 エリーの真剣な表情にルークは黙って首を振った。


「仮に些細なことでも、過去へと干渉すれば未来が大きく変わる可能性がある」


 もしかしたら、この世界に戻ってこれなくなる可能性すらある。その事実にルークが大きく目を見開いた。エリーですら、この次元の壁越しに、起きたことを覗き見るに留める予定だった。そんな事を聞けば尚更だろう。


「じゃから、お主の提案をおいそれと飲むわけにはいかん……が――」


 もう一度大きくため息をついたエリーが、「条件を飲むなら、考えんでもない」とルークをもう一度見た。


「条件とは……」


 ルークが生唾を飲み込む音が聞こえた。


。会うのは母親本人のみ。そして、その事も固く口を閉ざさせよ」


 初手でルークの「もしかしたら」を叩き潰したエリーが、少しだけ申し訳無さそうに顔を逸らした。


「死に行く人間に、ほんの僅かな間記憶の齟齬が起きようと、誰にも話さねば未来への影響は殆どない……と思う」


 もう殆ど動くことが出来ない。

 そして、誰にも話さないなら、その人の中で何かが変わってそのまま死ぬだけだ。


 エリーの言いたいことはそういう事だろう。


(お婆ちゃんに会いにいったの◯太的な感じか……)


 ランディはそう理解している。もちろん現実はそう単純な話ではないだろうが、「僅かな改変ならば、時の揺り戻しも期待できる」とエリーが言う。


 大きな世界線において、過去に本当にわずかな差異があっても、時全体が大きな流れに収束するという。恐らく今であれば、この人類史に残る瞬間を目指して収束するだろう、という予想だ。


「とは言え、先に述べた条件が守られねば、今の時は二度と戻って来ないと心得よ」


 エリーの言葉にルークが黙って頷いた。


 そうして決まったルークの「母ちゃんごめんよ作戦」は、エリーとランディによって急ピッチで進められた。


 時間や条件を設定するエリー。

 そんなエリーに、ルークの生家の位置などを細かく指示するランディ。


 そうしてようやく準備が終わり、全員がエリーの指示に従いシートについた。


「全員準備はよいな?」


 真ん中に座ったエリーに、ランディだけが「俺も真ん中が良い」と未だにぶつくさ文句を言っているのだが、全員相手にしてくれない。


 中央の椅子に座ったまま、その前にある水晶に手を触れたエリーが口を開いた。


「全員掴まっておれよ……時空超越魔法式『時渡り』発動!」


 エリーの魔法が発動して直ぐ、ガラス窓の向こうに巨大な黒い渦が現れた。その様子とエリーの口上に、実はランディだけはワクワクしている。


 目の前のガラス窓。

 複数あるシート。


 艦橋にしか思えないこの場所に、ランディの中では、最上階が飛行機のように変形して、目の前の時空の渦的なものに突っ込むと思っているのだ。だから一人「システムオールグリーン」とか呟いているのだが……


「あれ? 変形しない?」


 ランディがそう呟いた頃、塔全体が大きく渦に吸い込まれているように動き出した。


「掴まっておれ!」

「そのための椅子ですのね」


 納得する三人だが、ランディは一人だけ納得できない。


「いやいやいやいやいや!」


 椅子をがっしりとつかみ、シートベルトも確かめたランディが、コンソールの上で視線を彷徨わせる。どこかにがないか探しているのだが、残念ながらそんな物はない。


七年前、ハイランド公国……目的地、千二百年前、■■■■――耐久度の低下により、シークエンスの一部を変更。時代接続のみに留めます』


「なに!?」

「え?」

「どういうことですの?」


 ズルズルと引きずられる塔の中で、ランディ以外の三人が驚いた顔を上げた。


 千二百年前、エリーの生きていた時代へと渡ることは出来ないはずだが……事前に入力していた魔法式は、不完全な形ではあるが、発動だけはしていたのだ。


「分からんが、もう妾とて止められん!」


 時空の渦に引き寄せられる塔が、遂に頭から渦に飲み込まれた。


 歪んでいく景色の中、全員の悲鳴が響く。ただ一人だけ……


「いや、ちっげーだろ! 飛行機になれよ!」


 ……とランディの魂の叫びだけが、場違いであった。

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