第78話 チートな力を与えよう?……要らね。
竜の角から作った大剣……剣身から柄まで一本で繋がった大きな黒い塊。唯一柄の部分に巻きつけられた布――ランディが破り捨てた上着――が、ランディの放つ闘気を浴びてヒラヒラと揺れている。
およそ人が人のために作ったとは思えない、無骨で荒々しい見た目だ。
それでも剣を担ぐランディが放つ気配は、今日一番と言っても良い。
その顔が見せる自信に、竜が『フン』と鼻を鳴らしてランディへと完全に向き直った。どうやらランディを先に倒さねば、と。背中を向けていていい相手ではない、と認識したのだろう。
『小さき者よ。なぜ抗――』
再び竜の問答を無視して、ランディが大剣を肩に床を蹴った。
一足で間合いを詰めたランディが、担いだ大剣を振り下ろした。
足に迫る大剣に、竜が足をわずかにズラす。
床を叩いた大剣が跳ねるようにもう一度竜の足へ。
堪らず迎え撃つ竜。
爪と大剣がぶつかり、空気が揺れて弾ける。
「まだまだぁ!」
振り抜いた大剣を切り返すランディ。
迎え撃つ竜の爪。
二度三度とぶつかり、その度に空気を震わせる衝突に、わずかな変化が現れた。
「腰が入ってねーぞ!」
獰猛な笑みのランディが、その大剣を大きく薙ぐ。
初めて弾かれた竜の爪。
ランディの言う通り、竜の攻撃に体重が乗り切っていない。
その理由はランディが先ほど繰り出した浸透勁だ。
足こそ残ってはいるが、そのダメージにより体重をかけられない。
ここにきて、積み重ねてきた一撃一撃が効果を発揮し始めた。
それでも竜も負けじと尻尾を振り回した。
迫る巨大な尾を前に、ランディが大剣を構えて受け止める。
圧倒的な質量差にランディが吹き飛び、何度目になるだろうか壁を大きく揺らした。
それでもヨロヨロと立ち上がったランディが、最後のポーションを飲み干した。
「この野郎……テメェのせいで水っ腹だよ」
瓶を投げ捨てたランディに、『小癪な……」と竜がその顎門を大きく開いた。
放たれるブレス。
を前に、ランディが大剣を右逆手に持ち直し――「見飽きたぜ」――と思い切り放り投げた。
超速で飛ぶランディの大剣が、ブレスを割って竜へ迫る。
迫る大剣――元自分の角――に、竜が堪らず口を閉じて飛び上がった。
「はい、残念」
その真上にランディが出現した。
竜の動きを読んだ先回り。
完全に、虚を突いたタイミングに、竜が視線を上げた瞬間……
ランディが高速で縦回転して踵落とし。
ランディの踵が、龍の背中に突き刺さり
〝逆への字〟の竜が地面に叩きつけられた。
ズシン
と塔全体が大きく揺れ、伏せる竜へランディがダメ押しの飛び蹴り。
背中に迫る気配に、竜がその巨体からは考えられぬ俊敏さで横へと回避。
空振った飛び蹴りが地面を揺らした頃、竜がその場で回転。
ランディの着地を狙う竜の尾。
迫る尾の一撃に今度はランディが跳躍。
飛び上がったランディに、『悪手だぞ』と竜が飛びかかりつつの猫パンチ。
迫る竜の前足に、ニヤリと笑ったランディが右拳をぶち当てた。
衝撃が空気を揺らし、ランディが吹き飛び地面を転がる。
ゴロゴロと転がったランディが立ち上がり……「チッ、砕けたか――」……ダランとぶら下がった右手に、舌打ちをもらした。先ほどから幾度となく折れては、ポーションで直してきた腕だが、今回はどうやら完全に骨が砕けてしまったらしい。
それでも闘志と笑顔を絶やさないランディを前に、竜が初めて半歩下がった。
確かに竜はまだ完全に力を発揮できない。それこそ広範囲に影響を及ぼす魔法一つ使ってはいない。それは己の中で暴れる他の竜を、抑えつけるために力を使っているからだ。
だから万全では無い。
だが万全ではないとは言え、それでも人間が……ただの人間がここまで竜に噛みついた事など、長い歴史の中でも片手で数え切れる程度だ。
歴史の一幕、その上に自分が立っている事。
そして目の前の人間がその資格を持つ存在だという事。
そんな状況で、ただの人間にわずかでも畏怖したことに、竜が顔を強張らせてランディを睨みつけた。
同じ様に竜を睨みつけたままのランディへ、「ランディ!」と回復したルークが大剣とポーションを持って駆けつけた。
ポーションを飲み干すランディだが……「駄目だな。完全には治らねー」とまだ腫れたままの右手に顔をしかめた。砕けた骨はヒビ程度には治ったのだろうが、目の前の存在相手にこの腕を使うのは無理だ。
「なら、俺がお前の右手代わりだ」
「頼りにしてるぞ」
左手で握った大剣を肩に、「さて……最終局面だな」とランディが腰を落として笑う。
『小僧……なにゆえ――』
またも竜が口を開いた瞬間、ランディとルークがそれぞれ斬り掛かった。
一瞬反応が遅れた竜の足がわずかに裂ける。
それでも飛び上がって回避した竜に「こら、下りてこい」とランディが眉を寄せた。
『対話すら出来ぬ蛮族か……』
宙でため息混じりに呟く竜に、「対話だぁ?」とランディが盛大に眉を寄せた。
「対話がしてーなら、酒場にでも行け」
「もしくはカフェだな」
鼻を鳴らすランディと、それに笑って続くルーク。ルークの援護にランディが笑ってが続ける。
「ここは戦場だろ。必要なのは、剣と拳と血と……痛みだけだ」
大きく息を吸ったランディが、左手一本で大剣を担ぎ直した。
『なるほど……確かにそうだ!』
急に笑い声を上げる竜に、「情緒不安定かよ」と、ため息混じりのランディ。
『あともう一つ、死が抜けておるがな!』
その言葉を置き去りに、竜がランディへ向けて飛び出した。
それとほぼ同時にランディとルークも床を蹴る。
高速で交わる両者。
移動速度を乗せた竜の爪。
それを迎え撃つのは、ランディの大剣。
全てを揺らす轟音。
床に縫い付けられるように、それでも片手の大剣で竜の一撃をランディが受けきった。
「ルーーク!」
叫ぶランディに応えるように、ルークが一気に間合いを詰めて、地を踏みしめる竜の足を斬りつけた。
痛みからか、思わず竜が体重を後ろへ。
わずかに緩んだ竜の足を、ランディが押し返し、逆に斬りつけた。
堪らず竜が宙へ飛び上がる。
大きく広げた翼を、真下から飛び上がったルークが貫き。
もう一枚の翼を、ランディが投げた大剣が貫いた。
バランスを崩した竜が『ちょこまかと!』と怒りに顔を歪め、宙で回転。
ルークに迫る尾。
「二度も食らうか」
ルークが自身へ向けて風弾をぶち当て、セルフで吹き飛ばした。
吹き飛ぶルークの鼻先を掠める竜の尾。
勢いがついたルークは床を跳ねて再び転がっていく。
そんなルークを追いかけようと、竜が宙でバランスを整える。
『まずは貴様から――』
ブレスを放とうとしたその瞬間、竜の身体がガクンと揺れ、その巨体が放物線を描いて地に叩きつけられた。
『な……ん?』
振り返った竜の視線の先には、尻尾を左脇に抱えるランディの姿。尻尾を掴んだランディが、一本背負いの要領で竜を放り投げたのだが……まだ尻尾の先はランディの左脇の中である。
「ランディは、ジャイアントスイングを使った」
悪い顔で笑ったランディが、大きく回りだす。
痛めた腕をものともせず、左の脇に尻尾を挟み込み、右手は痛みに耐えつつそれを支える。
ランディとルーク。頂きに手を伸ばす二人が見せた、戦場に身を置いてきた人間の狂気。
それを見誤った竜は、今こうしてその巨体を、竜巻すら発生しそうな速度でぶん回されている。
「ランディ――!」
地面を転がっていたルークが、ランディの大剣を放り投げる。
ランディの真上を通り過ぎていく大剣……。
ランディが大剣へ向けて竜が放り出す。
そして自らも高速で竜を追いかけた。
ルークの放り投げた大剣を、ランディがキャッチ。
床を蹴って飛び上がった。
勢いよく飛んでいた竜もようやく宙で静止。迎撃のためランディを振り返り……
「じゃあな」
……そこには大剣を竜へと振り下ろすランディの姿があった。間合いも、タイミングも、どうあがいても回避できるものではない。
『見事』
竜がそう呟いた瞬間、ランディの大剣が竜の眉間へ叩き込まれた。
地に伏せる竜。
その眉間に深々とめり込んだ大剣。
そして、「あーしんど……」大の字に転がったランディ。
そんなランディの元に、ルーク達が駆けてくる。
「ランディ、やったな!」
「ルーク、助かったぜ。ナイスアシストだ」
拳を突き出したランディに、「殆ど寝てたけどな」とルークが気恥ずかしそうに拳を突き当てた。
「いんや。俺一人じゃ勝てなかったよ。お前のアシスト、エリーとリズのポーションとこの大剣……セシリア嬢も――ルークの回復から応援までありがとな」
笑うランディに「し、心臓に悪いですわ」と頬を膨らませたセシリアがそっぽを向いた。
「全くつくづく出鱈目な男よ……」
ため息混じりのエリーが、既に動かなくなった竜へと視線を向けた。
「偉大なる竜よ……力を示した代わりに、そなたの身体をもらい受けるぞ」
エリーの言葉に、竜から小さな赤黒い光の玉が現れた。恐らくランディの中で成長した竜の血と魂なのだろう。
『好きにせよ……が、一つだけ聞きたい』
声を発する光の玉に、全員が視線を向ける。
『小僧……なにゆえ我が力を拒む。そなたであれば、ともすれば竜の力すら飼い慣らせたかもしれぬと言うのに』
その言葉に「なんだ、そんな事か」とランディがため息混じりに続ける。
「そりゃ要らねーだろ。誰が好き好んで、お前の手下になるんだよ」
そんなよく分からない理論から始まったのは、ランディなりの力に対するこだわりだ。
力を与えられる……それが神であろうと、悪魔だろうと、与えられた力な以上、それを分け与えた存在の思惑が背後にはある。
好きに生きろ、やりたいようにやれ。
嘘を付くな、と言いたい。
ならばその力でお前を殴れるのか。
世界を滅ぼしたらどうか。
今のは極端な例だが、力を与えし大いなる存在の意に反した時点で、彼らの軌道修正が入るだろう。最悪、己のことを消しにくる事も考えられる。それに気を使って生きる存在が、操り人形や手下と言わず、何と呼ぶのかランディには分からない。
自分が大いなる存在の意に反した時、その貰い物の力で、大いなる存在と戦えるはずなどない。ただ力を奪われ、無残に殺されるだけだ。
誰かに貰った力に頼った時点で、その存在を超える事など、一生出来ない。己の足と意思のみで立つ。それが残酷な世界で生きる、ランディなりの矜持だ。
「だから……貰いもんの力なんて、微塵も興味がねーよ。俺は俺のやりたいように、俺が望むように強くなる。それで貰いもんの力に負けるなら、俺はその程度の男ってだけだ」
大きく息を吐き出したランディに、光る玉は黙ったまま何も返さない。
「俺はな……ムカつくなら、神様だろうとこの拳でぶん殴りてーんだよ」
ランディの握りしめた拳には、無数の傷が見える。それは今まで実際に様々な物を殴ってきた、砕いてきた、抗ってきたランディなりの勲章だ。
「なのに神様に力貰ってたら、ぶん殴れねーだろ。そーゆーことだ」
どういう事だ……と言いたげなルーク達だが、誰もそれには突っ込めない。なんせ光の玉が笑っているかのように、激しく明滅を繰り返しているのだ。
『面白い。面白いぞ、小さき者……いや強き者よ』
明滅を繰り返す玉が、ゆっくりと天井へ向けて上っていく。
『いずれ、また相見えよう……その時は我も万全の状態で、迎え撃つとしよう。貴様の言う強さを我に見せてみよ――』
それだけ言い残すと、光の玉が無数の光となって消えていった。
「あれで万全じゃねーのかよ……」
再び大の字に寝転んだランディが、「山は高えな」とそれでも楽しそうに笑った。
その横でエリーと代わったリズが、「無茶ばかり……」とランディを心配そうに覗き込む。
「男の子だからな」
笑い飛ばすランディに、「関係ありません」とリズが頬を膨らませた。もうポーションも底をつき、出来るのはまだヒビが入ったままの右手に、覚えたての神聖魔法で回復をかけるくらいだ。
覚えたての弱い神聖魔法では、完全に骨をつなげるまでは至らない。それでも応急処置としては十分なのだが……
「もう折れてねーし、要らなくね?」
……添え木まであてられたランディの手が、三角巾に吊られているのだ。
「駄目です。直ぐに無茶をするから、しばらく戦いは禁止です」
ジト目のリズに、確かに今回はかなり心配をかけたな、とランディが渋々痛々しくなった右手を眺めた。
なんとも情けなく、だがどことなく誇らしげに見える吊られた右手に、「お、そうだ」とランディが思いつきに顔を輝かせた。
「皆で記念撮影しようぜ」
「記念撮影ぃ?」
眉を寄せるルークに、竜をバックに全員で写真を取ろうとランディが提案したのだ。
そうしてランディが、マジックバックの中に入れていた鉄塊で三脚を作り、それを竜の前に置いて、全員がカメラに入るように画角も調整しはじめた。
「……で、誰がシャッターを切るんだよ」
ジト目のルークに、顔を覆うランディだが「あ、それなら」とリズが杖を取り出してフワフワと操作し始めた。
「ボタン式シャッターにしてよかったぜ」
ランディがニヤリと笑った頃、「とりますよー」とリズが合図を出し、全員が竜の前でポーズを取った。
直立だが微笑むリズ。
緊張した様子のセシリア。
剣を掲げるルーク。
そして満面の笑みでピースを見せるランディ。
四人だから、いや五人だからこそ撮れた写真は……「おっし。もう一枚撮ったら、次はエリーバージョンな」……と嫌がるエリーを無理やり巻き込んだ一枚とともに、これから先、ずっと記念として残ることになる。
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