第77話 竜ってラノベじゃ結構簡単に殺られてるけど、神の化身とか言われてるから……だから直ぐに決着は、無理でした。ごめんなさい

 ランディが「お、早々に竜と戦えるか?」とワクワクする傍らで、エリーが竜の皮が必要な理由を諦めムードで語っている。


 エリーの話では、時を渡る時にかかる負荷を、竜が持つ理すら捻じ曲げる力によって耐えるのだという。つまり竜の皮が最も重要かつ、メインの素材らしくそれがないとそもそも話にならないのだ。


「ここに来て竜か……」


 ルークが大きく肩を落とすのにも理由がある。そもそも竜は個体数が少なく、ここ最近は目撃すらされていない。


 仮に目撃情報があったとしても、竜を狩るのは至難の業だ。


 疲れを知らぬその身体。

 巨体からは考えられぬその速度。

 ブレスを吐けば、小さな街なら消し飛び

 爪を立てれば地面が割れる。

 天候はもちろん、重力すら操る神の化身。


 そう呼ばれるだけあって、その強さは理の外にあるとまで言われているのだ。


 そもそも見つからない。見つかっても強すぎる。そんな存在の皮を入手しろ、などと不可能に近い話である。


 全員に諦めムードが漂う中、ランディが高らかに笑い声を上げた。急に笑い出したランディに、全員が眉を寄せる……が、


「いいじゃねーか。丁度よ……」


 ニヤリと笑ったランディが、右手をエリーに突き出した。


「俺の中に、竜が眠ってるんだろ?」

「その血がの」


 頷くエリーを、ランディが真っ直ぐに見据える。


「出来るんだろ? 俺の中に眠る竜の血から、その存在を蘇らせる事が。……書いてあったぞ?」

「見たのか?」

「そりゃ、読めるからな」


 笑顔を見せるランディに、エリーが「ハァ」と大きなため息をついて表情を引き締めた。


「……出来る、が。危険すぎる」


 真剣なエリーが説明するのは、竜の血からその存在を作り出す反動だ。その血を全て回帰に使用するという事、即ち……ランディに宿った大いなる力を、捨てると同義である。


「竜の力を失ったお主に、竜が調伏出来るのか?」


「何度も言わせんな。出来るか……じゃねーんだよ。〝やる〟んだ。それしか道がねーならな」


 鼻を鳴らしたランディが、エリーを真っ直ぐに見据えて続ける。


「それにな……いつかは俺自身が、この血を叩き伏せて躾けないと駄目だろ」


「そこまで書いてあったのか?」


「いんや。これはただの勘だ……勘」


 首を振ったランディが言うのは、竜の血を身体に宿すということは、いずれ竜が自分の身体を乗っ取るかもしれないという事だ。竜が何の対価もなく力を貸すなどありえない。己の血や魂に見合うだけの肉体を作り出し、最終的には宿主に成り代わる、それが竜の血を宿すということ。


 それを防ぐには、竜の力を超えねばならない。それは、もちろん純粋な己の力だけで。


「いつかやるなら、早いほうが良い。どうせぶん殴りたくてウズウズしてたんだ」


 ニヤリと笑ったランディに、「……貴様はそういう男じゃったな」とエリーが呆れが隠せない大きなため息を返した。エリーとしては、正直止めたいところだろう。もう少し力を溜めてから……と思っていたが、ランディの成長が早ければ早いほど、竜の覚醒もまた早くなる。


 ならば今を回避したとしても、近い将来竜と相まみえることは変わらないだろう。


 それも場合によっては学園や、街中で。それを考えれば、今この場所、瞬間というのも運命なのかもしれない。しかもランディの中で力を蓄えた竜だ。その強さは計り知れない。


 だが今なら……まだ目覚めたての今ならば、であれば……未熟な自分たちでも相手に出来る可能性がある。そう、だ。


 この場には幸いランディだけでなく、ルークもエリーもいる。戦力的には十分だ。


 そう考えれば、逆に言えば今を逃せば、危険性が上がる未来しかない。


 もう一度大きくため息をついたエリーが、「相わかった」と虚空から杖を取り出した。


「足りぬ分は――」

「あの気持ち悪いやつらから、だな」


 黙って頷いたエリーが、大扉の向こうへと歩きだした。





 扉の向こうに広がる折り重なる死骸を前に、「十分じゃろう」とエリーが頷いた。


「一つだけ条件がある」

「なんだ?」

「助太刀を受け入れろ……それほどの相手じゃ」


 そう言いながら、エリーが虚空から幾つかの小瓶を手渡した。それはエリーとリズが調合したポーションだ。


「……分かった。俺一人じゃ届かねーなら、受け入れる」


 悔しそうに、だがポーションを受け取ったランディに、「では、やるぞ」とエリーが呟き、杖を宙に浮かばせた。浮いた杖がランディの背後へと回り込む。


 エリーと杖が同時に魔力を帯びて、ランディを包みこんだ。


『永遠の苦痛に蠢く影よ 血と鋼の檻に絡みきし者よ

 己を喰らい尽くし 無限の輪廻に沈む

 鋼鉄の蛇 絡まり合いし鎖を断ち切り 混濁から還る

 結合せし魂 いま分かたれん! 魂魄隔絶ソウル・アイソレーション』  


 エリーの詠唱に呼応するように、ランディの身体からハッキリと力が抜けていく……ここ最近自分を包んでいた全能感は薄れ、馴染み深い感覚が戻ってきた。


「いいね……懐かしいぜ」


 ニヤリと笑ったランディの目の前で、赤黒い何かがボコボコと動いている。同時に周囲の異形から、小さな軌跡が赤黒い何かに伸びていき……少しずつそれが大きくなっていく。


 それに合わせて、エリーがランディに「行くぞ」と声をかけた。


竜神召喚サモン・ドラゴン!』


 周囲の異形が吸い寄せられるように、中央の液体へと集まる。それだけではとどまらず、肉壁の一部すら吸収した液体がボタボタと音を立てて、床に落ちて染み込んでいく……かと思えば、床がヒビ割れたように裂け、それを突き破って巨大な足が現れたのだ。


 バリバリと音を立てて床を、いや次元の壁を破って出てくる存在。


 真っ赤な鱗に、巨大な二本の角。四つの足はどっしりとその巨体を支え、大きな羽を広げた竜が、ランディ達を前に咆哮を上げた。


 ビリビリと震える空気に、セシリアが思わず青い顔で尻もちをついた。


「こ、こんなの……」


 人間が相手にして良い存在ではない。そう言いたげなセシリアを、エリーの魔法が包みこんだ。それは先程写真の経年劣化試験をした魔法に良く似ているが、中のセシリアに変化はない。


「簡易的な次元結界じゃ。直撃でもなければ、攻撃を防ぐじゃろう」


 エリーが苦い顔で竜を睨みつけている。目覚めたて、しかも混ざった血を抑え込むのにリソースを割く、完全体とは言い難い竜。それでもこの圧倒的な存在感だ。


「……いざとなれば、妾も参戦せねば、な」


 そう言ったエリーが杖で床を一突き……部屋全体が大きく広がり、さらに壁を次元の膜が覆い尽くす。時の塔にアクセス出来るようになったからこその芸当だが、竜の攻撃をどれだけ耐えれるかは不明だ。塔は一応上位次元の疑似生命体である。上手く竜の攻撃も無効化出来るはずではあるが……


「ランディ――」

「わーってるよ」


 首を鳴らしたランディが、竜を前に準備運動を始める。塔を壊してしまえば、そもそも時渡りは出来ない。かと言って、塔の外に出てはあちらの世界に影響を与えかねない。


 ここでブチのめさねばならない。


 準備運動が終わったランディが、竜と睨み合うようにその巨体を見上げた。


『不遜なる小さき――』

「一つ聞きたい」


 竜の口上を遮ったランディに、竜がわずかに眉を寄せた。


「黙って俺から出ていく気はあるか? あと、その皮をチョロっと工面する気も……」


 真っ直ぐ睨みつけるランディに、『フン』と竜が鼻を鳴らした。


『欲しければ、超えてみよ。それこそが今、この場の正義――』


 大気を震わす竜の声に、「オーケーだ」とランディが首を鳴らして口角を上げた。


「お前は敵って事が分かりゃ、そんでいい……」


『愚かなる、小さき――』


 竜が口を開いた瞬間、ランディは構わずその拳を竜の胸辺りに叩きつけた。


 ズドン


 と響く音が空気を揺らすが、竜に特段変化は見られない。

 逆に竜がその右前足を、未だ宙を浮くランディに向けて振り抜いた。


 お返しとばかりに繰り出された猫パンチ。

 それを受け止めたランディが吹き飛ぶ。


 次元の壁にランディが当たり、塔全体が大きく揺れる。


 もうもうと上がる煙を突き破り、ランディが再び肉薄。

 駆けるランディに、竜がその尾を振り抜いた。


 宙でぶつかる両者。

 拮抗していた力だが、最後は押し負けるようにランディが再び吹き飛ばされた。


 二度、三度バウンドしたランディが、バク転の要領で起き上がる。


「チッ、流石に重てーな」


 片方の鼻を塞いだランディが、「フン」と思い切り鼻から息を吐き出せば、床の上に音を立てて鼻血が撒き散らされた。


「ランディ! 馬鹿、お前……なんで真正面から殴ってんだよ」


 隣に並んだルークが盛大に眉を吊り上げているのだが……「ンな事言ってもよ」とランディが口を尖らせて続ける。


「今、俺のコマンドは〝殴る〟、〝蹴る〟くらいで、後は……〝ジャイアントスイング〟くらいしかねーからな」


 そう言いながら目を輝かせるランディは、絶対あの尻尾を掴んでぶん回したいと思っている。


「い、意味がわかんねえけどよ。とりあえず俺にも手伝わせろ」


 剣を構えたルークに「足、引っ張んなよ」とランディがニヤリと笑った。


「お前みたいに考えなしじゃねえからな……まずは角か、爪を狙う――」


 ルークがそう口にした瞬間、目の前の竜の気配が大きく膨らみ、そして竜がその巨体で宙に飛び上がった……「まずい、ブレスじゃ」エリーの言葉とほぼ同時に、竜がその大きな口から広範囲に渡るブレスを吐き出した。


 高速かつ広範囲のブレスに、避けても態勢が悪くなる、とランディとルークがその場で全身を魔力で覆う。……二人が出来る全力の防護壁だが、関係ないと言いたげにブレスが二人を覆い尽くした。


 全てを焼き尽くすかの如きブレスが収まるとほぼ同時、竜がランディのいた場所に向けて突進。


 ブレスの残滓から現れた、わずかに焦げたランディ達。

 その二つの人影に向けて、竜が前足を振り下ろした。


 迫る巨大な足に、「チッ」とランディが顔を歪めて、ルークを蹴飛ばし腕をクロスさせて迎え撃つ。


 ズシン


 と塔全体が再び揺れ、ランディの足元では次元の壁にわずかにヒビが入った。


 竜の攻撃を何とか受けきったランディだが、その全身は震え、ところどころ血が溢れ……るランディに向けて、竜が至近距離でその顎門を開く。


「おいおいおい……せっかちだな」


 コンパクトに纏められたブレスが、ランディに襲いかかる。


 ブレスの直撃でランディが吹き飛び、地面を跳ねて転がっていく。


「ランディ!」


 悲痛な叫びは、リズかエリーかどちらのものか。二人の視線の先でゴロゴロと転がったランディが、それでも手をついてヨロヨロと起き上がり、エリーに渡されたポーションを飲み干した。


「――ってぇな……。この蜥蜴野郎が」


 またもや破れた上着――今回は学生服じゃない――を破り捨てたランディが、「ようやく身体が馴染んできたぜ」と竜を前にゆっくりと腰を下ろした。


『頑丈な男よ……それでこそ、我が肉体にふさわしい』


 ニヤリと邪悪な笑いを見せる竜に、ランディが「誰が……」と呟いてその姿を消した。


 ドン


 と弾けた音と同時に、ランディの拳が竜の土手っ腹に突き刺さった。

 先ほどとは違い、わずかにたわむ竜の首。

 それでも竜が首を振り回すように、ランディを押し返す。


 吹き飛んだランディを、ルークがキャッチして両足で床を滑る。


「余計なことしやがって」

「そりゃ俺のセリフだ」


 鼻を鳴らすルークが、「さっきも言ったが、角を落とす……」とランディを投げるように放して竜を睨みつけた。


「角? なんでまた……」

「角があれば、エリザベス嬢ににはしてもらえるだろ」


 ルークがランディに向き直った。


「動きを止めてくれ。俺が絶対に角を斬る」

「……任せるぞ」


 出来るのか? などと野暮な事は聞かない。ルークがやると言うなら、絶対に出来るのだ。この男は、ルーカス・ハイランドという男は、そんな男だとランディは知っている。


 だから。だからこそ――


「行くぞ。あの蜥蜴をボコす」

「二人でドラゴンスレイヤーだな」


 ――お互いが竜を睨みつけたまま、拳を上下に打ち付け、突き合わせた。拳が離れた瞬間ランディが姿を消し、ルークが剣を構えて魔力を練り上げていく。


 速度だけなら、ランディは竜に対してアドバンテージを持っている。とは言え速度だけだ。


 あんな巨体を止める。

 正直ノープランだが、そんなもの今までだってそうだった。


 一瞬で竜の足元に出現したランディが、左拳を思い切り振り抜き……「トン」と竜の足へと当てた。


 あの変異巨大種ヴァリオンを内部から吹き飛ばしたあの一撃。


 ヴァリオンよりも分厚く堅い鱗と皮を浸透し、衝撃が竜の足を激しく震わせ跳ね飛ばした。


『なっ――』


 初めて聞こえた竜の驚いたような声に、「まだまだぁ」とランディが跳ね上がった足を蹴って竜の目線まで飛び上がった。


 竜の眼前に迫るランディ。

 拳を握りしめるランディに、竜がその顎門を大きく広げ――


「ルーーーーク!」


 ランディが叫んだのとほぼ同時、竜が宙を浮くランディへ向けてブレスを放った。横向きの竜、ブレスを吐くために止まったままの頭……


「上等!」


 ニヤリと笑ったルークがその姿を消して、「崩山!」と竜の角に全力での一撃をブチかました。


 竜の頭上で真っ白な光が輝き……同時に竜が初めて苦しそうな咆哮を上げた。

 落ちてくる巨大な角とランディ。

 そして……宙に浮いたままのルーク目掛けて吐き出されるブレス。


 それを受けたルークに、竜がダメ押しの尻尾を叩きつけた。


 勢いよく飛ぶルークが、地面をゴロゴロと転がる。


 あらぬ方向に曲がった手足に、セシリアが「ルーク!」と叫びながら駆け寄る。

 その背後で全身から煙を上げるランディが、エリーに向けて、「頼む」と巨大な竜の角を放り投げていた。


「だ、大丈夫です……何とか、生きてますので」


 苦笑いのルークに、セシリアが「もう、馬鹿ですわ!」と涙目になりながらその身体にポーションを振りかけ、別のポーションを口に突っ込んだ。


「お、お嬢様……竜が来ます。離れて――」

「なりません。私だけここで逃げるなど」


 ゆっくりと迫る竜を前に、セシリアがルークを庇うように覆いかぶさった。


 二人に迫る竜……その背後から。


「おいこら蜥蜴野郎。テメェの相手はこっちだろ」


 不遜な声が響き渡った。セシリアですら感じられる強大な気配に、思わず竜やルークとともにそちらに目を向ければ、巨大な剣を担ぐランディの姿があった。


 剣と呼んでいいのだろうか。

 角を削り出し、剣の形にしただけにしか見えない、無骨で大きな黒い塊。


 だがそれを担ぐランディの顔には、ありありと自信が浮かんでいる。


「来いよ、蜥蜴野郎。ようやく全開だ……ぶっ潰してやるよ」


 ニヤリと笑うランディに、「やっちまえ」とルークがボロボロの姿のまま同じ様に笑う。その笑顔にセシリアは何故か、既に勝ちを確信している自分に気がついていた。

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