第75話 格好いい技名は、男のロマン

 景気よく塔を駆け上るエレベーター……その内部で、ランディはふとあることに気がついた。


「これって、どうやって止まるんだ?」


 今どの辺りを走っているのか、分からないどころか、止まり方が分からないのだ。


「知らぬ。一番上についたら、止まるじゃろう」


 そう笑うエリーだが、普通のエレベーターと違って、ブレーキなどない。つまり止まる時はそれ即ち……それに思い至ったランディが、「ルーク!」と叫んだ瞬間、ルークも理解したようにセシリアを庇うように抱きしめ、ランディもエリーを抱きかかえた。


「や、やめんか! 何を――」


 エリーが赤ら顔で声を上げた瞬間、四人を信じられない程の衝撃が襲った。


 ひしゃげるエレベーターの箱。

 衝撃と慣性に従い、真上に叩きつけられるランディとルーク。


 普通の人間なら即死だろうが、そこはそれ。バケモノ二人には「ッつ――」と少々強めの打撲程度だ。そしてもちろん二人が抱えた女子二人は、無傷というクッション性も発揮している。


「ランディ!」

「応よ!」


 背中を強打したはずの二人は、それぞれセシリアとエリーを抱えたまま、床に降り立ち、同時に目の前へ向けて思い切り飛び蹴りを食らわした。


 壁をぶち破り、何かの肉を破り、その体液を置き去りに飛び出した二人の視界には……


「蜘蛛の次は蛾かよ!」


 ……無数の異形が映っていた。どうやらエレベーターの最終駅を通り過ぎ、天井よりも更に上に埋め込まれていた駆動部分まで上がったらしい。


 その証拠に、眼下に広がるのは、巨大な扉とその前のホールのような空間だ。上りすぎたせいで、床まで距離があるのが状況を悪くしている。なんせ、足場がない、エリーを抱えたまま、という完全にいい的でしかないのだ。


「エリー!」

「て、照れちゃって、引っ込んじゃいました」


 腕の中ではいつの間に変わったのか、リズが同じ様に顔を赤らめたまま声を上ずらせた。


「あンの耳年増ぁ」


 笑顔が歪むランディだが、そうも言っていられない。空中で、そしてリズを抱えたまま自分たちを取り囲む蛾の異形。せめて牽制にでもなれば、とリズに魔法での迎撃を指示した。


 状況を飲み込んだリズが、頷き、自由落下の浮遊感の中、二人の周囲に巨大な竜巻を発生させた。


「攻防一体です」


 リズの言う通り、向かってくる異形を弾き飛ばし、そして羽を切り刻んで地面に落としている。同じ様にルークの側でも竜巻が彼らを包みこんでいる。


 ルークの魔法かセシリアの魔法か……威力を見るに、ルークではなさそうだが、上手く異形の猛攻を退ける程度は出来ているようだ。


「セシリア嬢もやるな」

「毎日ルークと訓練しているらしいですよ」


 リズが微笑んだのとほぼ同時、ランディ達は地面に降り立った。轟々と音を立てて舞い上がる竜巻も、やがて小さくなり……弱まる風の中、ランディが腕をストレッチしながら正面を睨みつけた。目の前には大量の蜘蛛や人面蟷螂が、風の収まるのを今か今かと待ち構えている。


「リズ、飛んでるのは任せるぞ!」

「はい!」


 完全に役割分担を決め、竜巻が消えた瞬間ランディが床を駆ける。


 助走の勢いそのまま、ランディが異形の群れに突っ込んだ。

 目の前で両手の鎌を振りかぶる人面蟷螂。

 振り下ろされる鎌をランディの両手がキャッチ。

 と同時にランディが跳ぶ。

 鎌を引きながらの飛び膝蹴り。

 突き刺さった左膝が、巨大な人面蟷螂の頭部を吹き飛ばした。


 グラリ、と傾く蟷螂……からランディが両手の鎌をもぎ取る。


 空中に浮いたまま、右手の鎌を投擲。

 ヒュンと風切音を響かせ、投げられた鎌が数匹の異形を切り裂き、最後には蜘蛛の土手っ腹に突き刺さった。


 着地と同時に、ランディが今度は左手の鎌を投擲。


 縦に回転して飛ぶ鎌が、数匹の蜘蛛の足を刈り取った。

 ガクンとバランスを崩した蜘蛛の顔面に、ランディがインパクトをずらした拳を叩き込む。


 パンチというより、押し出すような拳が蜘蛛を吹き飛ばし、後続を数体巻き込んだ。


 わずかに拓けた前方。

 散らばる蜘蛛の足。

 低い姿勢で走るランディが、すくい上げるように蜘蛛の足を回収……からの跳躍。

 宙で回転したランディが、蜘蛛の足を苦無のように投げつけた。


 狙い違わず全てが異形の脳天を貫き、着地したランディの周りで数体の異形が崩れ落ちるように倒れた。


「ったく……剣が折れたのが痛えな」


 苦笑いのランディが、それでも再び異形の群れへと突っ込んでいく。






 ランディと少し離れた場所で、ルークは剣を片手に異形の群れに突っ込んでいた。

 こちらもセシリアに空を飛ぶ異形を任せ、地面に広がる無数の異形を相手中だ。


 加速したルークの姿が消える。

 異形の間を縫うようにルークの残像が駆け抜け……

 現れたルークが、虚空で剣を一振り。


 それが合図だったかのように、十を超える異形から血が吹き出しその場に倒れた。


 だがルークは丁度異形達のど真ん中。

 格好の的だと数体の蜘蛛が四方八方から飛びかかり……

 ルークがその場で回転。


 まるで竜巻のような剣閃が、飛びかかった蜘蛛を全て切り刻み吹き飛ばす。


 回転を止めたルークが、そのまま剣を横に薙ぐ……と、剣閃が一瞬で数体の異形を真っ二つに切り裂いた。


 それでも止まらぬ異形を前に、ルークが剣を霞に構える。


「……邪魔だ」


 そう呟いたルークの突進が、直線上にいる異形を全て蒸発させてしまった。


 突きを放ったルークの背中側に、一つの気配が降り立つ。それは突きに巻き込まれないように空中へ緊急回避していたランディだ。


「危ねーだろ」

「このくらいで死ぬタマじゃねえだろ」


 背中合わせで笑い、お互いが目の前の異形を叩き潰して斬り捨てたその時、


「おい、ルーク。そういやお前、〝風巻〟とか〝烈風陣〟とか、技名にこだわってたな」


 背中越しに笑顔を見せるランディに、ルークが「な゙」と言葉を詰まらせた。


「い、いつの話をしてるんだ!」

「はぁ? つい最近まで『聞けランディ。格好いい技名を思いついた』って言ってたじゃねーか」


 口を尖らせ異形を叩き伏せたランディに、「わー! あー!」とルークが顔を赤らめ宙を跳ぶ大量の蛾に、巨大な火球を放り投げた。慌てていても、ちゃんとセシリアをフォローする一撃だが、この状況でも余裕の二人だからこその芸当だろう。


「だからよルーク。俺のパンチにもカッコいい技名考えてくれよ。得意だろ」

「と、得意じゃねえし!」


 早口でまくし立てたルークの剣が、一瞬で敵を切り裂いた。


「それ! たしか龍尾閃とか言ったろ? そんなやつ」


 振り返ったランディに、「前を見ろ! それともう黙れ!」とルークが口を尖らせ、また新たな異形を斬り捨てた。


「そうだ。お前の全力斬りに確か〝崩山〟ってあっただろ。あれ、くれ――」

「うるせえランディ」


 ルークがランディを睨みながら、向かってくる異形をノールックで斬り刻む。そうしてチラリと振り返るのは、セシリアとリズの方だ。既に殆どの異形がランディ達に集中しているのだが、セシリアとリズは今も交互に攻防一体の竜巻で異形を押し返している。


 こちらに気を割いていない。いや竜巻で声は聞こえていない……それを確認したルークが、またもノールックで蜘蛛を斬り刻み、ランディに詰め寄った。


「いいか。お前のあれは、技じゃねえ。強いて言うなら全力の、そう……〝すごーいパンチ〟だ。俺の芸術的な技と一緒にすんな」

「なぁーにが芸術だ。この厨二野郎が……」


 こちらもこちらで、異形をノールックで叩き潰すランディ。ちなみにルークに〝厨二〟はもちろん通じていない。通じていないが、なんとなく侮辱されていることくらいは分かっている。


「馬鹿が。お前のあれはただ全力で殴ってるだけだろ」


 眉を寄せるルークが、背後に向けて剣を突き立てる。

 ルークの真後ろで蟷螂が悲鳴を上げ


「お前のも力任せに斬るだけじゃねーか」


 ランディの裏拳が、真後ろで飛び上がった蜘蛛を吹き飛ばした。


「お前のと一緒にすんな。俺の崩山はな――」

「いーや、一緒だね」

「違う」

「違わねー」


 睨み合った二人がほぼ同時に「「チッ」」と背中合わせに。


「どっちが正しいか、久々に勝負で決めるとしようか」


 背中越しに笑みを見せるルークに、ランディもニヤリと笑う。


「ケッ、俺に勝てると思ってんのか?」

「剣も持たねえのに、余裕だな――」


 背中越しに笑った二人がその姿を消した。

 それと同時に、二箇所で異形が破裂するように吹き飛んだ。





 ランディとルークの活躍を、リズとセシリアは遠くから眺めていた。宙を往く敵を……と初めこそ蛾の担当だったのだが、二人が暴れすぎるものだから、今は二人にほとんどの攻撃が集中しているのだ。


 時折はぐれて来る異形に、魔法をぶち当てるだけの簡単な仕事は、二人に観戦という選択を与えていた。


「ルーク様も、やはりお強いですね」

「そうですわね」


 誇らしげにルークを見るセシリアの顔に、リズは乙女の表情を見ている。だがそれを指摘するのは無粋というものだろう、とまた二人の活躍に目を向けた。


 あれだけいた異形も、気がつけば死骸の方が多くなり、数が少なくなればランディとルークの勢いは更に増していく。


「そう言えば、二人共思い切り背中をぶつけてたはずですが――」

「リザ……あの二人に常識は通用しませんわ」


 呆れるセシリアの言う通り、背中を強打して、宙に放り出され――飛び出したのだが――完全にピンチかと思えた状況は、気がつけば蹂躙に変わっている。


『時の塔としても不本意じゃろうな』


 頭に響くエリーの声に、リズも苦笑いで頷くしか出来ない。異形一体一体は、リズやセシリアの魔法でも柔らかい羽にダメージが通る程度の強さだ。それでも間違いなく魔獣で言えばBランクはあるだろう。


 その群れが、たった二人に蹂躙される……恐らく誰も信じてくれないだろう現象なのに、リズもセシリアもそれが当たり前のように受け入れられるのだ。そう考えれば自分たちの基準も大きく変わったものだ、とリズはまた苦笑いを浮かべた。


 リズが自分の認識のズレを自覚した頃、最後の一匹がランディの拳で消し飛び……


「俺の勝ちだろ」

「馬鹿か俺のほうが十体は多いぞ」


 ……今まで暴れていたのが嘘のように、元気な二人が言い合いを見せていた。


「いーや、俺のほうが――」

「俺が――」


 と言い合いを見せる二人が、リズとセシリアのもとに戻ってくるのだが……


「ランディ」

「ルーク」


 ……ジト目の女子二人の目には、良く分からない体液まみれの二人が映っている。無理もない。【時の塔】の肉壁を破り、その後は肉弾戦で異形を屠りまくったのだ。返り血や何やがついていても仕方がない。


 だが、その状態で近づかれるのを許せるかどうかは、また別だろう。


 大きくため息をついたリズが、エリーと入れ替わり……エリーの指パッチン一つでランディとルークの頭上から滝のような水が降ってきた。


 綺麗になったが、びしょ濡れの二人を、セシリアが優しく温風で乾かしてくれる……


「流石お嬢様。お優しい」

「エリー、こーゆー所だぞ」


 口を尖らせるランディに「知らぬ」とエリーが鼻を鳴らして、エレベーターがあった方を振り返り、手をかざした。エリーの手が淡く光り……その光に呼応するように、ランディ達がぶち破った大穴から杖がユラユラと飛んで来る。


「便利だな」

「この程度、朝飯前じゃ」


 笑ったエリーが杖を虚空へとしまい込み、奥に見えている大きな扉へと向かっていく。いかにもな扉は、恐らくここが中枢なのだろう。


「ほれ、仕事じゃぞ。ランディ!」

「偉そうにするな、耳年増が」


 口を尖らせながらも、ランディが固く閉ざされた扉を無理やりこじ開け、全員がその中に足を踏み入れた。



 巨大な扉の中は、まるで船の操舵室のような部屋だった。


 今までの肉壁と違い、唯一前方がガラス張りのように向こうの景色が見える部屋は、どこか開放感も感じられる不思議だ。といっても、広がるのは紫雲に覆われた暗い空なのだが……。


 とにかく無数の機器が存在する部屋において、最も目を引くの中央に鎮座する巨大な楕円形の置物だろう。人の背丈より大きな楕円形の存在は、巨大な鏡だと言われても納得できそうな見た目だが、残念ながらその中央はまるで虚空のように何も映してはいない。


 そんな楕円形の謎物体を横目に、エリーは一人周囲をくまなく探索中だ。元現代人のランディからしても、ここの機器は馴染み深いものであるのだが……見たことがあるのと、触って使えるのとは別である。


 唯一分かるのは、モニターらしき場所に出ている『緊急事態』という日本語くらいか。


(多分、防衛機構のせいで全部ロックがかかってるんだろうけど……)


 流石に無理やり来すぎたか、と頬を掻くランディの耳に「あった……」とエリーが一枚のカードキーのようなものを拾い上げていた。


「聞いていた通りじゃな」


 笑顔のエリーがカードキーを楕円形の物体の下に差した……瞬間、建物が上げていた唸り声が止み、モニターには『お帰りなさい』の文字が表示されて消えていった。


「お前、何だよそれ?」

「なに……旧い知人の残したものじゃ」


 少し懐かしそうに瞳を細めたエリーの前で、続くランディの質問を拒否するように楕円形の物体が光りだした。


「さぁて……叡智とやらとご対面といこうかの――」


 四人の前で中央の虚空が白く染まり、そこに幾つかの文字が映し出された。

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