第74話 そりゃ時の塔もビックリです
「ランディ、来るぞ!」
ルークの言葉に、ランディは意識を前上方に戻す――見上げるその視界に、降ってくる異形が映った。蜘蛛のような、無数の足を持った人型。真っ白なアラクネとでも呼べば良いだろうか……だが、目もなくスキンヘッドで、耳まで裂けた真っ赤な口は、魔獣よりも嫌悪感を抱かせる見た目だ。
胴体部分は大人程の大きさはある。それを支える蜘蛛の足を併せれば、ランディよりも頭一つ抜ける大きさだ。そんな巨体で数階の高さを降ってきたというのに、音もなく床に降り立った異形がその大きな口を開いた。
「―――――――」
異形が形容しがたい叫び声をあげ……たかと思えば、「やかましい」とランディの拳が異形を吹き飛ばした。
吹き飛び、周りを巻き込んで壁に突き刺さった異形。壁から吹き出すドス黒い体液……だが、異形が肉壁に吸収されるように取り込まれていく。
「気持ち悪いな。ンだありゃ?」
「塔のガーディアンと言ったところじゃろう」
顔をしかめるランディの前に、新たな異形が降り立った。
「悪趣味だな。とりあえず撮っとくか?」
マジックバッグから取り出した、カメラを構えるランディに、「言ってる場合か!」とルークが新たに落ちてきた二体を即座に斬り伏せた。
それでも無数に落ちてくる異形を、
ルークが斬り
ランディが撮影し
エリーが魔法で焼き払い
ランディが撮影する。
「ランディ、お前も手伝え!」
顔をしかめるルークに、「しゃーねーな」とランディが首を鳴らして拳を握りしめた。
「何か感覚が変だし、あんま乗り気じゃねーんだが……」
ランディの拳が唸りをあげ、一瞬で数体を吹き飛ばした。
ランディも参戦したことで、異形はその数を一気に減らし、ものの数分で一階に降りてきた異形は、全てが沈黙し残骸だけになっていた。
「まだまだ気配は感じるが……」
「どうやら上の階から下りてくる気配はないな」
ランディとルークが、吹き抜けの向こうに見える天井を睨みつける。恐らく四、五階は上だろうか。とにかくその間に現れた異形は、全部倒したという事でいいだろう。
「とりあえず、一旦落ち着いたってことでいいか?」
「そうだな」
「うむ」
ランディとエリーが頷いた事で、セシリアが大きく安堵のため息をついた。
「それにしても、どういう状況ですの?」
首を傾げるセシリアの疑問は無理もないだろう。塔が現れ、次元の壁を砕いたかと思えば、よく分からない場所に瞬間移動し、バケモノが落ちてきたのだ。混乱するなという方が無理がある。
そんなセシリアとルークに、ランディは外で固まっていた事を伝えるのだが、そうすると出てくるのは、もっともな疑問だ。
「何故お二人は無事でしたの?」
セシリアのもっともな疑問に、「さあ?」としか応えられないランディが、答えを求めるようにエリーを見た。
「……妾は次元の干渉なぞ、朝飯前の大魔法使いじゃぞ?」
呆れ顔のエリーだが、その理論だとランディが無事だという事実の説明にはならない。そんな三人の視線に、エリーが大きくため息をついて口を開いた。
「ランディは……竜の血のせいじゃろう」
「竜の――」
「――血?」
息ぴったりにランディを見るセシリアとルークだが、ランディからしたら「何だそれ?」とでも言いたい。己の身に起きている事だと言うのに、全然知らない話なのだ。
ただ黙って「知らない」と首を振るランディに、エリーが口を開いた。
「ランディの阿呆には、竜の血が宿っておる――」
そう切り出したエリーが説明するのは、先のヴォイドウォーカー戦で見せたあの変化だ。武器に宿っていた竜の血が、ランディの身体を宿主と選び、今ランディの中で少しずつ力を発揮しているという。
「そりゃまたすげえな」
苦笑いのルークだが、当のランディは面白くないと顔をしかめている。
「なるほど。最近身体が軽いと思ってたら」
握りしめるランディの拳は、わずかに震えている。無理もない。実力が上がってきたと思っていたら、単にお節介な竜が力を貸しているというのだ。与えられた力、借り物の力など、欲しくはないというランディの信条からしたら、不愉快極まりない事象でしかない。
「ランディ、今は貴様のこだわりに付き合う暇はないぞ?」
「わーってるよ」
ランディが口を尖らせる。確かにエリーの言う通り、今は駄々をこねている場合ではない、と理解してはいるのだ。理解はしているが……
(そのうちちゃんと躾けてやろう)
……腹の中で、出来るだけ近い内に、自分の中に棲み着いた馬鹿を躾ける方針を固めた。
もう決めた。
決めた以上はこれ以上こだわらない、と思考を切り替えるためにランディは大きく息を吐き出した。思考が一瞬で、塔の内部で響くうめき声を止める事を優先させる形になる。
「話を戻すが……ここは時が進んでる、と思って良いんだな?」
「そうじゃな。流石に妾達を撃退せねばならぬからな。塔の内部だけは動いているようじゃ」
満足そうに頷いたエリーが、外の時間が止まっているカラクリを説明する。どうやら無理やり次元を割って侵入した結果、時の塔の防衛機能が働き、次元全体の時を止めたらしい。
時の流れを川に例えると、次元は船とのことだ。時の止まった外の状態は、川の流れに乗っていた次元の船が、外敵を察知して緊急事態に対応するために、時の川に錨を下ろしたともで言うべきか。
「そうして流れに逆らい止まった次元が、こちらの世界じゃが……壊れた次元の壁で世界が繋がり、理を合わせる為に元の世界の時間まで止まっておる、という訳じゃ」
無理やり船同士を繋げたせいで、元の世界の次元もこちらが下ろした錨の影響を受けている。つまりこの次元同様、時の流れに逆らい止まってしまっている、という状態である。
「なるほど…」
頷くランディを、残りの三人が「分かってないな」とジト目で見つめている。
「良いんだよ。ここは動いてて、それ以外は止まってるって分かったら」
「身も蓋もないが、今はそれで十分じゃろう。事実、塔内部では妾達以外も活動できるからの」
エリーの言う通り、ここは今世界で唯一時が動いてる場所だ。
動き出したセシリアもルークも。
息を吹きかければ舞い上がるホコリも。
つつけば崩れ落ちる朽ちてボロボロになった何かの機材も。
どれもこれもがここだけは時が流れている事を知らせてくれている。
「妾達以外も……防衛のためのガーディアンも動けるのは厄介じゃがな」
エリーが続けるのは、塔に侵入する時に扉を破った時は、塔全体が危機を察知して内部の時間も一度は停止した、という話だ。塔自体は魔導科学の結晶、かつ上位次元の存在と言っても過言ではない。
三次元ではなく、時間軸をも行き来できる四次元の存在。それがこの【時の塔】の正体だ。故にその権能を持って、己の中でも時間軸を固定したのだが……侵入してきた異物はエリーやランディという規格外。固定された時間軸を、理の上を歩くものだから、結局時を動かす羽目になったのだという。
「なるほど……時をコントロールする。つまり写真の経年劣化実験が出来るな」
満足そうに頷くランディを、呆れ顔で見るのは三人だ。時を止める、戻す、進める。そういった事が可能な疑似生命体の中にあって、その活用方法が経年劣化実験とは……何ともランディらしいと言えるのだが、流石に今回ばかりは呆れが勝ったようだ。
「何だよその目は」
「いや、なんでもない」
「うむ」
「仕方ありませんわ」
何とも微妙な評価だが、「男は過去を振り返らねーんだよ」とランディは口を尖らせるだけだ。
それでもルーク、セシリア、そしてエリーに、今は中で待機中のリズですら、この期に及んで平常運転のランディに、少なからず元気づけられている。
未知へと挑むいい知れぬ不安も、ランディと一緒なら好奇心が勝るのだから不思議なものである。
「とりあえず、阿呆は放っておいて上を目指すぞ」
エリーの辛辣な言葉で、奥に見える扉を指さした。それはランディには見覚えがありすぎる装置――エレベーター――の入口だ。
「使えるのか?」
眉を寄せるランディの質問は、こんな警戒真っ只中にエレベーターなど使えるのか、と言う類のものだが、「任せておけ」とエリーはニヤリと笑うだけだ。
そうしてたどり着いたエレベーターの入口は、疑似生命体にしてはいやに金属チックな見た目をしていた。もちろん固く閉ざされたまま、開く素振りはない。脇に見える、上を示す三角のボタンを押しても、ウンともスンとも言わないのだ。
「どうする? 階段か?」
背後に見える非常階段を親指でさすランディに、「まあ待て」とエリーがランディに、〝やれ〟と言わんばかりの顔でエレベーターの入口を顎でしゃくった。
「いいけど、動かすのは無理だぞ?」
眉を寄せたランディが、それでも縦に割れる隙間に両手の指をねじ込み……いとも簡単にその扉をこじ開けてしまった。
中にあるのは、ランディにも見覚えのあるエレベーターそのまま箱だ……もちろん、動力は通っていないように、真っ暗なのだが。
「よし、全員乗り込むのじゃ」
満足そうに先頭を行くエリーに、不思議そうな顔のままルークやセシリア、そしてランディも続く。そうして全員乗り込んだ後、エリーが虚空から一本の杖を取り出した。
「お、ようやく完成したのか?」
「うむ。何とかの」
エリーが取り出したのは、教会の地下神殿から掻っ払ってきたあの杖である。一度分解し、触媒たる血が不足していたので作り直せなかった杖は、ようやく十分な量の血を集める事に成功したようだ。
「小僧、ここに穴を開けい」
床を指すエリーに、「は、はあ」とルークが微妙な表情で床の一部を小さく切り取った。
エリーがその中に杖を放り込み、そして深呼吸とともに魔力を練り始めた。
「動力がなければ……作ればいいのじゃ」
エリーが悪い顔で笑った瞬間――グンッ――と急激なGがランディ達を襲った。
「おま、これって――」
「杖を操作し、下から箱ごと押し上げておるのじゃ」
高らかに笑うエリーの「さっすが、妾」と自画自賛が止まらない。とは言え、それに関してはランディをしても流石の一言である。
(まさか、杖をこう使うとは……)
杖の目的は、魔法の補助だとばかり思っていたランディだが、古代の叡智からしたら杖など己の手足以上に扱えてようやく半人前というレベルだ。
「生命体の中に、こうして人工物を作ったのが運の尽きよ」
カラカラと笑うエリーが言うには、このエレベーターは巨大な塔の内部を行き来するために、完全に後から人が増設したものらしい。故に、動力を切るくらいしか塔側にも対策が出来ないのだが……
「普通、動力を切ったら大丈夫だろ」
「何を言う。道がなければ作れば良い。貴様の方針じゃろう」
ニヤリと笑うエリーに、「一本取られたよ」とランディもため息が止まらない。
「こんな高い塔を、馬鹿みたいに登っておられんからな」
上を睨むエリーの瞳には、まだ見ぬ最上階が映っているのだろう。そんなエリーの様子に、思い出したようにセシリアが口を開いた。
「そう言えば、なぜエレオノーラ様はこの塔に?」
ランディは経年劣化の魔法が欲しいのと、単純に楽しそうだという興味。ルークももちろん何だかんだで興味からついてきたし、セシリアも古代の叡智への興味だ。
だがエリーだけはその理由がハッキリとしていない。それを思い出したセシリアの言葉に、「確かに」と頷いたランディがエリーに視線を向けた。
「妾か?」
意味深な顔で笑ったエリーが、表情を一転して続ける。
「時渡りの魔法……それで過去に行ってみようと思っての。身体がどこにあるかのヒントくらいにはなるじゃろ」
真剣なエリーの声は、間違いなくその瞬間だけ、うるさく響くエレベーターの駆動音をランディ達の耳から消していた。だから……
「過去に……戻れる……のか」
……だから、ルークの後悔が滲む呟きも、ランディの耳に届いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます