第72話 キャサリン&クリス〜報・連・相。これマジで大事〜

 クリスが屋上で闇ギルドのお友達と待機をしていた頃……


「えっとぉ、今回の謎は【新月の塔】って言うらしいですぅ」


 ……真夜中前の学園正門には、キャサリン達四人が集結していた。前回のエレメント事件を見事に解決したキャサリン達は、今回も意気揚々と七番目の不思議を解決するために、許可を取って真夜中の学園に乗り込んだのだ。


 ちなみに今回もお目付け役に暗部が二人いるのだが、彼らは今「尾行がないか」と周囲の索敵に出ている。前回の七不思議調査から凡そ一週間。王太子が夜中の学園で七不思議を解決した情報が、どこからか漏れたとも言い切れない。


 前回以上に王太子暗殺を狙う不逞の輩がいないか、警戒しなければならないのだ。その証拠にお目付け役以外にも、一部隊十人強の暗部がもしもの時に備えて、近くに待機しているくらいだ。


 つまり彼らも闇ギルドを警戒しているのだが……悲しいかなどちらも、お互いが気配を隠すことに長けたプロだ。ランディやハリスン、ルークのような、それこそ「察知出来ねば即死」レベルで鍛え上げられた察知能力でなければ、お互いの気配を完全に捉えるのは難しい。


 それはもちろんクリスも同様だ。後ろ暗い事をする上で、クリス自身も並の暗殺者以上に気配を殺す術は身につけている。故に暗部はわずかな気配にも敏感に、全く関係ない場所を現在捜索中というわけだ。


 更に暗部がこうして尾行を警戒し、周囲を確認している間に、闇ギルドの面々はその身を旧校舎へと隠してしまっている。お互いがお互いの存在に気づくよりも前に、両者の気配はゴーストやレイスによって更に分からなくなっていた。


 とにかく偶然が偶然を呼び、奇跡が重なり四人だと認識されてしまったキャサリン一行は……警戒中の暗部を待つ間、今回の謎について最後の確認の真っ最中である。


「新月にしか現れないから、【新月の塔】か。まずは、旧校舎の奥に行くんだろ?」


「はい。そこに隠された道を映し出す、アイテムがあるらしいんですぅ」


 街灯の下で、キャサリンがノートをパラパラと捲る。


「よし、今回は旧校舎だからな。ゴーストやレイスも出現する場所だ。気を引き締めていくぞ!」


 エドガーの号令で、全員が黒のフードを頭から被った頃、戻ってきた暗部の二人も合流し、夜の学園を抜けて旧校舎を目指して正門を――いや、地獄の門をくぐり抜けた。


 夜の学園を通り抜ける四人と護衛二人……「しばし、闇に紛れます」そういって護衛二人は、完全に闇と同化するように姿を消してしまった。


 妙な気配に、護衛の暗部二人は一度姿を隠して四人の周囲をもう一度警戒することにしたのだ。


 暗部が警戒する様子に、四人は誰とも言わず周囲を警戒しながら旧校舎までの道のりを歩いていた。端から見たら、コソコソしているように見えるだろうが、四人は大真面目に警戒しているわけだ。


 そうして何とかたどり着いた旧校舎を前に、全員が昼間とはまた違う雰囲気のそれを見上げていた。


「なんだかぁ、不気味ですねぇ」


 生ぬるい風が、キャサリンのフードを揺らし、端から桃色の髪の毛を靡かせた。


 真っ暗な中に、ボンヤリと佇む旧校舎は、近くにある街灯のせいではないだろう。遠くから漏れる寮の光や街灯と違い、淡く発光しているように見えるのは、ゴーストやレイスの影響なのだろうか。


 とにかく完全にお化け屋敷、の様相を呈している旧校舎を前に、今回ばかりはキャサリンも本気で及び腰である。


 そして、エドガーやダリオ、アーサーもキャサリンをからかうことはない。ゴーストやレイスなど、今までダンジョンで何度も遭遇した事があるが、こうして建物全体がボンヤリ輝く現象など、この場にいる誰もが経験したことがないのだ。


「これはすごいな。どうやら七番目は別格かもしれない」


 呟くエドガーに「ですね」とダリオも頷いていた。


「ひとまず、入ってみよーぜ。やばそうなら、戻ればいいし」


 一人あっけらかんとしているアーサーに、全員がいつもの調子を取り戻し、エドガーは闇に紛れている暗部へと視線を向けた。暗部としては止めたい気もあるのだろうが、渋々ながら頷くだけだ。


 妙な気配を感じつつも、それが旧校舎から発せられる気配のせいで、上手く感知できていないのだ。


「そうだな、では全員――」

「お待ち下さい!」


 エドガーの声を遮った暗部が見つめる先、手を挙げながら駆けてきたのは……


「クリス?」

「どうしてここに?」


 ……顔面蒼白のクリスだ。屋上で監視していたクリスだが、キャサリンのフードが風に攫われた時、見覚えのあるピンクの頭髪が目に入っていた。


 なぜここに……そう思ったのは一瞬だけ、とりあえず全員を止めねば、中で待つ闇ギルドの人間たちと鉢合わせてしまう。そうなれば、彼らはキャサリンやエドガーをターゲットだと勘違いして殺してしまいかねない。


 それだけはマズい、と急ぎ駆けてきたクリスであったのだが……


「何だよクリス。俺達が七不思議に挑戦してるって、誰に聞いたんだ?」


 ……病み上がりのクリスに肩を組むアーサーのせいで、続く言葉が紡げない。丁度痛めた脇腹側から組むものだから、痛みで言葉が引っ込んでしまったのだ。


「七不思議だし、アナベル嬢じゃないのか?」


 ダリオの言葉に全員が、「そっか」と納得する。確かにアナベルに七不思議の話は聞いたが、まさかエドガー達も調査しているだなんて聞いてはいない。


 必死に首を振るクリスだが、そのせいで羽織っている黒ローブのフードが揺れる。


「お、何だよ。お前も準備万端じゃん!」


 嬉しそうに微笑むアーサーが、クリスにフードを思い切り被せた。


「ちが――」

「久しぶりだからって照れんなって。お前も行くだろ?」


 有無も言わさぬアーサーが、クリスを引きずるように旧校舎の入口へ手をかけた。


「こ、この中は危ないんだって」


 口が避けても暗殺者がいるなどとは言えない。そんな事を言えば、何故知っているのか、から始まって今までの悪事や教会が企んでいる国家転覆の話題にまで触れる事になるからだ。


 だから、「危ないし、やめとこう」と普段真面目で大人しいフリをしている、クリスらしからぬ鬼気迫る表情で皆を止めようとするのだが……


「知ってるって。何でもスペクターまで出たらしいからな」


 ……絶妙に噛み合ってないのに、意味が通じてしまう。そんな二人の会話に、「大丈夫だぞ」とダリオまで参戦してはクリスに勝ち目はない。


「俺達、この前パワーアップしたばかりなんだ。スペクターくらい余裕だ」


 笑顔を見せるダリオに、「だから、ちが――」とクリスの言葉は続かない。なぜなら、「ヤバいな。時間が押してるぞ」エドガーの言う通り、既に時刻が予定を過ぎ、急がねば陰月の鏡を取って、校庭に照射する頃には、真夜中が過ぎている恐れが出てきたのだ。


 クリスの弁明は、「後で聞いてやるって」と力を込めたアーサーの腕でせき止められ、彼らは地獄への一歩を今まさに踏み出したのだ。






 暗い旧校舎の中を、七人が手探りで歩く。常に周囲をキョロキョロとするクリスが「お、おい……僕だぞ。攻撃するな」とか細い声で暗闇に話しかけているが、それをダリオに「しーっ」と咎められている。


「クリス、声を出すな」


 小声で叱られるクリスだが、クリス本人からしたらそれどころではない。既にこの中には三十は下らない刺客が入り込んでいるのだ。ゴーストやレイスなど今はどうでも良い。


 実際に、暗部の二人は「妙な気配がするな」と周囲を警戒しているのだが、残念ながらゴーストやレイスのせいで、その気配が追いにくいのが現状である。


 だからこそ、クリスはこうやって声を出して連中に計画中止を訴えているのだが、今のところその効果が出ていない。


 無理もない。暗殺者側も校舎の入り口付近で襲撃などかけるわけがない。入り口付近では、最悪逃げられる可能性もある。襲撃をかけるなら、色々と適した場所というものがあるのだが……それすら思いつかないクリスは、今もか細い声で「襲わないで」と繰り返しているのだ。


「お前、ゴーストにビビりすぎだろ」

「だ、だから違う――」


 とクリスが声を荒げそうになった頃、彼らの前にゴーストの群れが現れた。




 一方その頃、待機中の暗殺者達の中では、「ターゲットが増えている」という情報が駆け巡っていた。


「増えてるだぁ?」


 眉を寄せるリーダーに、「恐らく侯爵家の影かと」と暗部ではなく、同じような組織の人間だという誤情報が入った。


「流石に護衛くらいはつけるか……だが三人だろ?」

「はい」

「なら問題はねえ。全部まとめて殺しちまえ」


 そうしてお互いが上手く連絡を取り合えないまま、彼らにとっても最悪の状況に向けて、少しずつ事が進んでいく。





 もちろんそんな事などつゆ知らず……ゴーストを蹴散らしたキャサリン達は、周囲を警戒しながら、なんとか二階へとたどり着いていた。階段を登り切り、何故か封鎖されている三階への階段――ゲームあるある――を憎々しげに睨みつけ、別の階段を探そうと、拓けたホールのような場所に出た時、それは起こった。


 暗部の一人が慌ててエドガーの前に飛び出し、飛んできた何かを短刀で弾き飛ばした。乾いた音を立てて床に落ちたのは……


「投げナイフ? なんで――」

「殿下、我々から離れないで下さい」


 一人の暗部が苦々し気に呟いた瞬間、七人の周りに、無数の人影が一瞬にして現れた。


「れ、レイスですかぁ?」


 素っ頓狂な事を呟くキャサリンに、「いえ」と暗部の一人が首を振った。


「暗殺者、ですね」


 その言葉に、全員の身体に緊張が走った。誰も彼もが混乱の中言葉すら発することが出来ない。


 なぜ。

 誰の依頼で。

 どうしてここにいる事が。


 キャサリン一行の脳内は、絶賛混乱中だ。


 百歩譲って暗殺者の襲撃は分かる。暗部も警戒していたのだ。王太子がいる事も考えれば、こんなシチュエーションは絶好の機会かもしれない。


 だからこそ、エドガー達は今日の探索を、信頼できる人間以外には伝えていない。誰も知らないはずの彼らの行動が、筒抜けだった事に、全員が身内の犯行を疑い混乱を加速させている。


 ……本当は、誰も彼らの動向を把握していなかったせいで、この微妙な喜劇寄りの悲劇が起きているのだが。


 とにかくキャサリン達には分からない事だらけだが、唯一分かる事がある。それは戦わねばならない、という事。


 クリス以外の全員が、武器を片手に円陣を組む……


「ん? 影にしちゃぁ一人弱そうだが……まあいい――」


 暗殺者の中から現れたのは、闇ギルドのリーダーだ。その顔を見たクリスが、慌てて彼の前に進み出た。


「ぼ、僕だ。イレギュラーのせいで計画は失敗だ」


 急に早口で話しだしたクリスに、リーダーはもちろんのこと、キャサリン達も「計画?」と眉を寄せた。


「彼らはターゲットじゃない」


 焦るように早口が増すクリスに、「どういう事だ?」とリーダーが一歩詰め寄る。


「か、彼らは王太子とその学友だ」

「王太子ぃ? ってことは……」


 リーダーの視線が、護衛の二人へと注がれた。ずっと侯爵家の影だと思っていたが、どうやら相手は王国の暗部らしい。人数が限られている侯爵家の影ならば、他に護衛はいないと踏んでいたが、暗部で更に王太子がいるとなれば話は別だ。


 リーダーは近くに一個部隊は控えているであろう事を察した。


 その事実に、リーダーの顔が盛大に歪んでいく。


「テメエ、俺達を嵌めやがったな」


 わざわざ暗殺だ、ターゲットだ、と言っておきながら、蓋を開ければ暗部が囲む鳥籠に誘導されているのだ。もちろんクリスにはそんなつもりはない、不幸な事故だが状況的にリーダーからしたら、嵌められたと思っても無理はない。


 それが分かっているからこそ、クリスも焦って反論する、いや焦って反論してしまった。


「ちがっ、嵌めてない! ちゃんと暗殺してもらうつもりで――」

「暗殺?」

「クリス……」

「どういう事だよ」


 今度は背後から疑念に満ちた声が上がる羽目になった。


「違うんだ! そうじゃなくて……僕が狙ってたのは――」

「御託はいい。どうせ顔を合わせちまったんだ」


 リーダーの声に、暗殺者達が全員武器を構えた。


「まさか王太子を暗殺する日が来るとはな……だが、会っちまった以上、暗部の連中は俺達を返してはくれねえ。それならこちらも、暗部を生きて返せねえ。そして、それを知ったお前らもだ」


 リーダーが指示を出すようにゆっくりと右手を上げる。


「暗部二人に、学生が五人。こっちは手練れの暗殺者が三〇はいる。悪いが秒で終わらせて、速攻で逃げさせてもらうぞ」


 どちらに転んでも破滅。そんな状況に、クリスが「ま、待ってくれまだ――」と必死な声をあげた瞬間、窓の向こうに強大な魔力の奔流が現れた。広域殲滅魔法を彷彿とさせる程の強大な魔力に、全員が何事かと、窓の向こうに目を向けると……


 突如として窓を覆うほどの巨大な塔が出現した。


「な、何だあれは……」

「あれが【新月の塔】」

「な、何で? まだ陰月の鏡も――」


 全員の疑問に答えてくれる者はおらず、目の前の暗殺者達も同じ様にただ呆けて窓の外を眺めている。


 だが、次の瞬間――


 ズドン


 ――と、それこそ空間全てが揺れているかのような衝撃が全員を包みこんだ。あまりの衝撃に、窓が割れ、建物全体が大きく揺れ、誰も立っていられないとばかりにその場にしゃがみ込んだ。


「な、なんだ?」

「何が起きてる?」


 誰もが状況を上手く飲み込めないが、暗殺者側からしたら状況は完全に最悪だ。今の衝撃は、間違いなく暗部の部隊を引き寄せる事になる。つまり彼らに残された時間は、殆ど無いという事だ。


 慌てて立ち上がった暗殺者達が、再び武器を構えた。


「やっちまえ!」


 リーダーがその手を振り下ろした瞬間――時が、止まった。


 動き出しそうな暗殺者も。

 険しい表情のエドガー達も。

 困惑するキャサリンも。


 誰も彼もが、まるで彫刻のように、固まって動かなくなっていた。

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